やまけんの出張食い倒れ日記

長いもの新品種「和ねんじょ幕別一号」を絶品のたまり醤油漬けにして食べた!すんげー旨いよ!

食い倒れ帯広編が世に出たのは、JA幕別町という農協の岡坂さんとノムさんがいたおかげであることは、過去ログをみていただければ分かるとおりだ。

で、十勝平野の中でも重要な生産拠点である幕別町では、大根、ジャガイモ、そして長いもが多く作付けをされている。

彼らに連れられ管内のだだっぴろい畑を見せてもらうと、地平線まで続くかと思われる柵(さく)と、それに緑のツル性作物がからみついている様に圧倒される。

「やまちゃん、これが長いも畑だよ。」

長いもは、いうまでもなくとろろなどに使われる芋だが、こんなに組織的に巨大な面積で作られているのを観たことはない。帯広の他には青森が大産地として知られるが、市場での評価は、僕がきく限りでは帯広産の品質が圧倒的に良いと言うことだ。

「あったりめぇだよ、土が違うし、俺たち農協職員が日夜研究して生産者さんと一緒につくってるからな!」

とノムさんが吠える。

ところでナガイモとヤマイモ、ヤマノイモ、ヤマトイモ、ジネンジョ、これらはすべて別のものであるということはご存じだろうか?一番ネットリしているのはジネンジョ(自然薯)だ。山に自生する自然薯は細く長く、折れやすいために高価である。これを摺り下ろすと粘質度が高く、割り箸一本で摺り下ろしたとろろが全部持ち上がってしまうくらいだ。その代わり、こうした自然薯を畑で栽培すると、収穫後には肥料分がすっからかんになってしまうため、土地を休ませる必要がある。

ナガイモはそこまでハードな芋ではない。スパッと包丁を入れると切り口は瑞々しく、摺り下ろすと適度なトロ味と水分量で食べやすい。ただし、あまり良くない品になると水っぽいだけで味もなにもないものになる。

このナガイモにも色んな品種があるらしいのだが、なんと数万本に一本の割合で見つかる、不思議なナガイモがあるのだ!僕はそれをJA幕別の選果場で見せてもらったことがある。

洗浄された芋がラインに流れてくるのを、女性が選別している。それを観ていた岡坂さんがふっと動き、一本のナガイモをとり上げたのだ。まじまじとそれを眺めた後に僕にそれを差し出す。

「やまちゃん、これ、他の芋と違うんだよ。何が違うか分かる?」

僕はじーっとそれを見つめた。色が淡いのか?形が妙なのか?違う、、、目線をすこし引いて全体を観た時にそれが分かった。

「ああああああああああ  がないじゃないですか!」

「そうなんだよ、こいつにはがないんだよ、、、3万本に一本くらいの割合で混ざってるのに気づいてね。もしかすっと新しい品種かと思って集めて、これを培養しているんだ。」

野菜も自然の中で交配・交雑を繰り返しているから、時にこのような新品種が産まれることがあるのだ。そうした場合、培養が可能なように、とにかくその個体を集める。幸いなことに、芋類はその芋本体があれば、そこから芽を出して繁殖させることが可能だ。しかも分割して植え付けができるので増やすことができる。ちなみにこれが、その新品種を繁殖している実験圃場だ。もちろん場所は極秘である。

「一昨年は100本くらいしか取れなかったんだけど、今年は3000本くらいには成るかなぁと思ってるんだ。」

3000本とは言っても、5キロ箱にしてみれば500箱程度にしかならない量である。なんと貴重な芋なんだろう!

「やまちゃん、この芋をどう売るかっていう企画を考えてみてくれよ。パッケージとかさ、いろいろ考えてるんだけど俺たちじゃ良いアイデアでなくてさ。」

もちろんだ!ということで、実は昨年、自腹で帯広に飛んで、いろいろと企画を提案してきた。それが来年以降実を結ぶかどうか、楽しみなところである。
で、昨年末、嬉しいことにこの貴重な数百ケース分の1箱が僕のオフィスに届いたのである!

農林水産省からも新品種として認められ、見事に品種登録が成った!これはJA幕別が産んだ新しいナガイモなのである!

名前は「和稔じょ」(わねんじょ)。幕別一号とあるが、てことは二号以降も発見されているんだろうか。気になるところである。

さて先ほどから伏せ字にしてある、この品種の特徴である「」とは何だか想像が付くだろうか、、、ではその本体を観てみよう。

箱には白いおがくずが敷き詰められ、その中に三本の和ねんじょが横たわっている。この綺麗なおがくずを手に入れるために、彼らはさんざん木工所を探したそうだ。

そしてこれがその本体表面である。ちなみに下の方についているのがおがくず。ではこれをみて、「がない」がおわかりにならないかな、、、

そう、この和稔じょには毛がないのである。毛というか、ヒゲ根といわれる細い根がまったく出ていないのである!

そのため、昨年の段階では岡坂さんノムさんはこれを「毛無し」と呼んでいた。考えてみれば、ヤマイモ類は、主に株の上部にある吸収根で土中の栄養分を摂取するので、ひょろりと生えているヒゲ根の存在は二次的な栄養摂取手段であるはずだ。そう考えると、この和稔じょは、「あたしの吸収根は肥料吸収能力が高いから、ひげ根なんて美しくないモノは必要無いのヨ、プン!」というような誇りを持った新品種なのではないかと思われるのである!なーんて 専門的見地からはきっと違うでしょうが、、、

で、この和稔じょに毛がないということはいかなる付加価値を生むのか。

「なぜかこの和稔じょは、皮にも渋みとかが無くて、洗ってそのまま摺り下ろしていいんだよ!味にえぐみも全く出ないし、摺り下ろしたとろろも綺麗なんだよ。」

そうか、ひげ根がないから、綺麗に摺り下ろせるのである!

「それとなヤマちゃん、味は普通の芋と全然違うんだよ!なんていうのかなぁ、、、糖度が高いんだ。で、少し梨っぽいフルーツ系の味を感じるんだよ!」
うおおおおおおおおお
それは興味深い!
おそらくいままでこれをお読みの方も、「ナガイモが堪まらなく好き!」というようなナガイモマニアもしくはナガイモフェチはそう居ないだろう。ナガイモ産地あてクイズをしても答えられるひとはそういるまい。しかし、この和稔じょは味がまったく違うというのだ!

さっそく僕も食べてみた。菜切り包丁でスパンと両断し切り口を観ると、果肉がみっちりと詰まっている。水分がジワッと滲み出てくる。

この画像だと表面にシミがついているようにみえるだろうが、送られてきてからすぐに撮影せず保存して3週間後くらいに撮影したので、ちょっとシミが出てしまったというわけだ。届いた瞬間のは、先のように美しい染みひとつない外観だ!で、こうして染みが少し出たものでも、皮付きで摺り下ろしているのに、とろろはこんな純白度になるのだ!不思議!!

醤油も何も入れずに啜ってみる。おおおお確かに甘みを感じる!これははっきりとわかる甘みだ!そして岡坂さんの梨のような風味とは言い得て妙である。本当にフルーティ、上品な味わいである!

調味料として少し醤油を垂らして掻き混ぜる。

よく見られるとろろの風貌になるが、その味、フルーティな香りは変わらない!これは素晴らしい品種の誕生である。

僕だけ食べて感想を言ってもしょうがない。プロにも食べてもらおうと思い、まずは家の近くにある、このblogでも数回登場している八百屋「八百周」のおっちゃんに4分の1に切ったモノをもっていった。実は僕たちはこういう物々交換をよくしているのだ。

「ヤマちゃん、こいつぁ旨いね!芋のキメの細かさが全然違うんだよ!うちのは青森産を扱ってるけど、これはモノが違うねぇ、、、」

やっぱりそうか!

そしてもう一人プロに味見してもらうことにした。ナガイモの食べ方といえばとろろが一番だろうが、千切りにして酢みそをかけ、ぬた和えにしたりもいい。しかし、このシャクシャクとした食感を味わうのに一番いいのは、大ぶりの角切りにして醤油と酒の割り下に漬け、片栗粉をまぶして竜田揚げにしたりすることだ。そして、これに匹敵する旨い食べ方が、たまり醤油漬けである。

「いやぁ ナガイモって漬け物にすると旨いんですよ!」

というのを教えてくれたのは、規模は小さいながらも非常に素晴らしい漬け物を作るメーカ、「べにふじ」の石川専務である。

石川さんは、前の会社で取引でお世話になって以来のダチである。

「石川さん、あの旨いヤマイモのたまり漬けに、新品種を使ってみない?」

「え、毛がないの?面白そうですね、やりますよぜひ!」

こういう実験はプロに頼むに限る。彼のところでも通常は青森産を使うようだが、これで試していただこう。年末に芋を一本送り、年明けに試食しようということになった。

「ナガイモの漬け物はね、まず酢漬けにしてから調味液に漬けるんです。」

「べにふじ」は、いまどきまっとうな漬け物を目指すメーカである。これまで漬け物とは、本来的には日持ちしない野菜を発酵の力で長持ちさせ、あまつさえ栄養価まで高めてしまうという保存食であった。発酵が進むにつれ芳香を漂わせ飴色に変化していくその様態から、「古漬け」、「本漬け」と呼ばれた。これがタクワンや奈良漬け、野沢菜、高菜漬けなどである。

しかし食生活の変化から、時代は浅漬け一辺倒になっていく。野菜を発酵させず、短期間調味液に漬けて出すそれは、野菜の副次的な商品だ。発酵した漬け物よりフレッシュ感はあるわけで、それを好むのもわかるけれども、浅漬け一辺倒の現状は僕から観れば「味覚の幼児化」に繋がっていると思う。発酵で生成されるアミノ酸類の複雑な旨味と香りは、美味しいと感じるまでに経験を要する味だ。その経験をすっ飛ばして敬遠し、野菜の塩まぶしといった浅漬けに偏重してしまうのは問題だ。

「本当は僕たち漬け物屋も浅漬けじゃなくて本漬けを食べてもらいたいんですけどね、、、美味しい商品を地道に作っていくしかないですね!」

さてそんなべにふじさんのラインナップでも「ヤマイモの溜まり漬け」は最高峰の旨さである。その調味液にぜひ和稔じょを使ってもらおうではないか。ということで彼がじっこんにしている新宿の居酒屋にて、試食会を開催したのである。

「たまり醤油漬けの調味液を変えたの2つ、それに梅酢漬け、そして米ぬか液漬けを作ってみました。」

おおおおおおおお
おもしろいじゃん!

米ぬか液というのは、最近できた新技術で作られた米ぬか成分の抽出物で、この液体に漬けると、通常より発酵が進み、ぬかの香りと風味がきっちりつくのだそうである。つまり短時間で旨いぬか漬けができるということだ。

まずは溜まり漬けをいただく。

いったん酢漬けにしたヤマイモをたまり醤油の調味液に漬け、何日で引き上げるかで食感が変わってくる。今回は初めての芋なので、二種つくってもらったのだ。綺麗なきめの細かい肌。歯を立てるとシャクリと割れ、たまり醤油の芳香が立つ中から酸味がつんと立ち上ってくる。果肉がとろりとしながらジューシーで、シャクシャクといいながらとろけていく感じだ!

「旨い!旨いじゃないのこれ!」

「うん、あきらかに通常のナガイモと違いますよ!たしかに甘いし、食感も普通のより軽くていい。風味もあって、実に美味しいですよ。」

そう、特有の風味はたまり醤油の香りに消されることなく、むしろ引き立っているのである!

「梅酢も旨いと思いますよ!」

美しいピンク色に染まった梅酢漬けをシャクリとやると、酸味と綺麗な香りが立つ!予想できる味だが実に上品!これはお茶うけにしたいと思う味である。
そして期待のぬか液漬けだ!これだと芋の美しい白い肌が視覚的にも楽しめる。歯を立てると、口の中で炸裂しジュルリととろけ出すなか、あのぬか漬けの風味が立ち上る!

「うおっ これ旨いじゃん! すっごい乙な味だよ。」

「そうですね、これだと綺麗だし、味も染みるし、ご飯にあう良い漬け物になりますよ!」

本当だ!このぬか液漬け、実に最高な味である。

いやしかし恐れ入った! 「和稔じょ」は、とろろにしても千切りにしても旨いが、漬け物にするとその風味ときめ細かい食感が凄まじく引き立つ!

「年間3000本かぁ、、、これが一般的に手に入るようになればいいんですけどね、、、」

それまではかなり時間がかかりそうだ。JA幕別ではこの和稔じょを正式にはまだ出荷していない。サンプル出荷ということで、限られた関係者にしか出していないのである。あるスーパーのお歳暮商品としては限定で出したのだが。このような新品種は、安売りできるものではない。産地としては売り方を慎重にせざるを得ないのである。

それでもいつか、和稔じょをつかった加工食品、とくに漬け物を世に出してみたいな、そんな風に思うのであった。

「石川君さ、和稔じょはまあちょっと待つとして、ホンモノ志向の漬け物を商品開発してみようよ!」

「おっいいですね!スーパーにはなかなか新しい商品の提案が通りませんから。僕はこれからは消費者の方に直接、面白いオリジナル漬け物商品を提案していきたいんですよ!」

素晴らしいではないか!

よし、なんばんの粕漬けの次は、本格漬け物もやってみようではないか。原料となる青果物もこだわって、漬け方にもこだわって、最高のご飯の友となる漬け物を作る!よし、これは年内にやろう。

そんな意欲をかき立てるにふさわしい、実に逸品なナガイモ「和稔じょ」であった。みなさんも食べたいでしょ?スーパーにいって「和稔じょが欲しい!」って言ってみてください。目を白黒されるだけかもしれないけどね、、、