やまけんの出張食い倒れ日記

二戸との出会い、そしてこの美しい生き物に惹かれた訳 その2 ちょっとお勉強パートが長いけど、後半に焼き肉ショット満載どす。

さて、
僕がオーナーになるのは短角牛のメス牛である。なんと、二戸の短角牛では、メスは肉用にまわされることはなく、ひたすら子牛を産む役目を負うことになる。そしてこのメス牛が順調にいけば9~10産してくれるという。子供が生まれたら、通常はその子を市場に出荷する。もしくは自分で肥育農家に委託して、自分用の肉にしてもいい(食べきれないけどね)。

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つまり、素牛(もとうし、と読みます)の購入代金と、各種の手続きの代金、そして日々の餌代、管理代金を合わせた額が支出。そして産まれた子牛を販売して得られるのが収入。収入が支出を上回れば、生産農家に利益が出るわけである。この辺の具体的な数字もおいおい開示していきたい。ま、ハッキリ言って一頭のオーナーになるくらいでは、利益は数回の東京~二戸間往復運賃程度である。

でも、短角のオーナーになるというのは、そんなお金では測れない価値がある、と僕は思うのだ。

「えーそれでは。牛を飼う、というときに、避けて通ることが出来ないいくつかの制度や決まり事があります。」

このくだり、
牛を家畜として飼うということがどういうことなのかを知るのにはちょうどよい話なので、ここに来るまでの間に杉澤さんと交わしたメールやりとりも踏まえてまとめてみよう。

今回必要となる論点は下記の4つだ。

1.牛の登録登記について
 牛の登録登記とは、牛の住民票になるわけですが、現在は大清水牧野の組合長の名義で登録されておりますが、これをやまけんさんの名義に登録します。これによって、やまけんさんの所有する牛が誕生します。


→つまり、日本における家畜としての登録は僕の名義でできそうだということだ。


2.個体識別情報について
 牛には全国でその牛にしかない、10桁の番号がつきます。これを個体識別番号といいます。インターネット上にその情報公開データベースがあり、検索するとその牛の様々な情報が閲覧出来るシステムです。日本で産まれた肉牛は全てこのデータベースに登録することが必要となります。
 ただし、大清水牧野のオーナー牛制度は、牛舎を所有しない方が牛を所有する特殊な制度であるため、個人の名前では登録出来ないということになっているようです。しかし、飼養管理者である大清水牧野名義であれば、登録は可能となります。


→個体識別情報とは、牛肉トレーサビリティ法で記録と表示が義務づけられた10ケタの番号のことだ。スーパーでパック入りの牛肉を買うとき、国産の牛であれば必ずどこかにこの10ケタの番号が付いているはずだ。
 個体識別番号はインターネット上でも検索できるようになっており、ここで検索したら僕の情報が出てくる!という風にしたかったのだけど、ここには所有者ではなく直接の飼養管理者を登録しなければならないらしい。残念!


3.共済制度について
 共済制度とは、牛の保険制度です。牛が怪我をした場合や、事故等により死亡した場合等に摘要されるものです。これに加入できないと怪我の治療に要した経費は自己負担となりますし、死亡した場合の保証は無しとなってしまいます。
 これに関しては飼養管理者である大清水牧野として加入できる見込みです。


→生き物や植物を扱う農林水産業では共済制度が非常に重要になる。とくに牛はそのライフサイクルの中で医者にかかることが非常に多く、その全てを普通に個人負担で支払っていたら大変なことになってしまうのだ。


4.安定基金制度について
 安定基金制度とは、子牛市場で平均販売価格が国の基準より安かった場合、販売者に対して支給される補給金制度です。これには国や県の補助金が使われているのですが、他県の方への摘要は出来ないという回答が、関係機関からありました。このため、何らかの原因により価格が下落した場合であってもの保証は無しとなります。これについては、大清水牧野で加入ということは出来ないため、ご了承願うこととなります。


→今回の重要なポイントはここだ。
安定基金に加入できないということで、子牛の市場価格が変動し、格安になってしまった場合、加入農家であればいくばくかの損失補填を受けることが出来るが、僕は損失をそのまま受け止めるしかない。投資信託が元本割れしてしまうのと同じようなものだ。


このように制約は多々あれども、おおもとといえる登録を僕の名前ですることができるならばOK!である。損失が出たときにモロにそれを被ることになる、、、結構です。僕はこのオーナー制度を通じて、日本で牛を飼うこととはどんなことか、を体感したいと思っている。そこには数々の喜びがあると思うのだけど、一方で悲しみ・苦しみも多々あることだろう。それらの一切合切をひっくるめて負いたいと思っているのだ。

「あ、でもまだ決まったわけではないんですよね?」

「はい、まあ何とか大丈夫とは思うんですけど、、、ちょっと待ってて下さいネ、調整しますから。」


P7050039.jpg実はこの時、杉澤さんからこういう提案を受けた。

「やまけんさん、実際には僕が登録をして、僕の口座にやまけんさんが各種の経費を振り込むという、代理人形式での、いってみればバーチャルなオーナーということになってもいいですか?それならば共済、安定供給基金も問題なく加入できますし、組合内部でも問題はまったく無くなって、話が早いんです。」

なるほど、そういう手はある。
けれども僕は聴いた瞬間から、それはないな、と思っていた。

バーチャルなオーナー、では正直、自分が牛の生命を預かっているという実感がわいてこないのではないか。むしろ、価格安定の補償などを持たず、ヒリヒリするような感覚で出荷を決心したり、実際に市場価格の乱高下の影響で損をするくらいじゃなければ、自分の中に畜産に対する主体的なスタンスが出来ないじゃないか。そう思ったのである。

「杉澤さん、安定基金に入れなくても、自前でオーナーになる道を選びたいと思います」

「そうですか、わかりました。じゃあ、なんとか組合内部でOKとなるように頑張ります。」

と、力強く頷く杉澤さん。

「私個人としては、ヤマケンさんがオーナーになってくれるのは大歓迎です。岩手県は短角の最大の産地ですが、黒毛和牛の人気に押されて、その頭数はどんどん減少しています。広大な牧野を維持していくためには、空きスペースをつくるより、ちゃんと牛がいて育つことが何より必要です。
 でも、どこの誰でもいいという訳にはいきません。和牛商法ではないかと思われる人もいるかも知れません。また、安定基金の問題などをちゃんと理解していただき、リスクがあることをわかってもやりたい、という人でないと我々も飼養管理を受託できません。
 その点、ヤマケンさんは短角の特性を理解した上でオーナーになりたいと仰ってる。これは有益な新しい試みだと思います。私も真剣に、組合の皆さんに話してみますから!」

そう言って、力強く笑ってくれたのだ。杉澤氏、かなりのナイスガイである。

P7050037.jpg続いて二戸の振興局のお二人からは、牛肉トレーサビリティ法での個体識別番号の詳細についてレクチャーをしていただいた。
とにかく農林水産業の中でも、牛という大型畜種については非常にいろんな機関が関係しているのである。


ちなみに、このテーマで僕がこれから書くエントリを読む際に、予め了承して欲しいことがある。それは、このオーナー制度はどこでもやっているわけではない、ということ
また、県外人であり非農家である僕がこのようにオーナーになるというのは、現状ではかなり特別な例であるということだ。

上記1~4に記した各種制度については、杉澤さんが関係機関にすべて打診をし、公式見解をもらいつつ調整した結果である。ただし一般の人が同様に制度を活用できたり、飼養管理を委託できるかということは現在では未明であることを、ご理解いただきたい。

逆に言えば、僕がこのオーナー制度で問題を起こさずにやっていけたら、オーナー制度の一般への門戸も開かれるかもしれない。そんな、いいモデルケースになれるように頑張ろうと思う次第だ。

「さあて じゃあ短角牛を食べに行きますか!」

ざぶざぶの雨を避けながら車に乗り、ふもとまで降りる。浄法寺まで20分、浄法寺から二戸まで30分程度で、二戸駅近くにある奇跡の焼肉店「短角亭」へ。

■短角亭
〒028-6103 岩手県二戸市石切所字荷渡56-2
(二戸市合同庁舎から徒歩1分 )
電話番号 0195-23-0829
営業時間 11:00~22:00
http://www.yamacho-meat.com/eat/index.html

日本全国を見ても、短角牛に特化した焼肉店はここしかないだろう。
しかも、通常メニューには掲載されていないが、運がよければ短角の内臓肉を食べることが出来る店なのである。しかも、都内の焼肉店の単価から比べると、凄まじく激安、、、 焼き肉好きの皆さん、東北新幹線で東京~二戸間往復を負担する価値は絶対にあると思いますヨ!

短角牛の肩ロース!
赤身中心とはいうが、もちろんサシも入るのである。

これはハラミ。
短角のハラミなんてそうそう食べられないのですぞ。


出た!世にも貴重な短角のモツである。

上からギアラ、ホルモン、レバー。実は写真には撮らなかったけど、タンがまた最高なのである。
そしてこれがまた珍しい、ハツもと。

心臓の脇の大動脈、つまり血管である。
凄まじく心地よい歯応え。モツ臭さは皆無。軟骨のハード版という感じだろうか。


これら短角にベストマッチなのが、浄法寺地区の特産であるヤマブドウで醸造した「浄法寺ワイン」。杉澤さんが持ち込んでくれた。
このマークは、浄法寺にある天台寺の住職に就いていた瀬戸内寂聴さんの手によるものだ。

こちらは白。白いヤマブドウはないのでこれは違う国産品種だが、リースリングっぽい爽やかな甘さが食前にいい。肉をバンバンたべる食中は、ヤマブドウを原料にした赤がいい。

予想では、失礼ながら大した酒質ではないだろうと思っていた。
間違っていた! この濃厚な山の風味、短角牛の肉質とベストマッチである! 余り本数がないようだが、もし二戸に訪れることがあれば試してみて欲しい。ただし、短角亭には常備されているわけではないと思うので、ご注意を。

センマイはきちんと皮を剥いて白センマイに。変な臭みナシ。

とにかく短角牛の内臓は手に入りにくい。
これについては後日詳述したいが、牛の流通とは極めて複雑怪奇なのである。
だから、この短角亭でも、予め頼んでおいたとしても入らない場合がある。

岩手で焼き肉の〆といえば、そりゃ冷麺でしょう。こちらのは盛岡冷麺をベースにしているから、韓国のガッチリとしたコシのある麺とはちがい、プルンとした麺である。

もちろんビビンパにはユッケを。赤身肉のもも肉を叩いたのがたっぷり載ってくる。


ああ、素晴らしき肉に埋もれた一夜であった。
あとは杉澤さんに組合内部の意見をとりまとめていただき、僕を短角牛オーナーとして受け入れていただけるように祈るばかりなのである。

そして約1ヶ月後、またもや二戸を訪れることになったのである。

(つづく)