やまけんの出張食い倒れ日記

「農業ビジネス」はくそくらえだ。 その3

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ずいぶんと間が空いてしまったけれども、このテーマについて今しばらく書きたい。

先日、母校の学部の授業に招かれて、日本の食に関する講義をしてきた。以前、母校の工学部で授業をしたときは、みな死んだ魚のような眼をしている連中ばかりだったが、今回の商学部の学生達はなかなかに活きた眼をした子達で、ちょっと明るい気分になった。

で、講義が終わってから、数人の学生が質問をしにきてくれた。その中の一人の女の子が、「農業ビジネスに興味があるんです」という。

「ふうん、でも農業はビジネスにはならないよ。」

と言うと、彼女はこう切り返してきた。

「でも、会社運営して、大規模化して効率化していけば、大丈夫なんじゃないですか。」

あ、やっぱりここでも、その辺の駄マスコミや経済人が流布している通説いや俗説が信奉されているのだな、、、と思い、暗澹たる気持ちになった。とりあえず彼女には参考文献を教えて、それを読んだ上で質問したいことがあったら連絡してね、といっておいたのだけども、果たして彼女から質問はくるだろうか。楽しみだ。

さて
僕は農業ビジネスという言葉が大嫌いだ。そこには、「いままで産業として成立していなかった農業という暗黒大陸を、俺たちがきちんとビジネスに仕立ててやるぜ」というような驕りを感じるからだ。

驕り、というだけではおとなしすぎるかも知れない。はっきり言ってしまえば無知であるし、もしかしてその人間が確信犯にやろうとしているならば、悪だと言えるからだ

農業は、いろんなところで期待されているようなビジネスには成り得ないものだ。その理由は下記に示すとおり。

 

1. 農産物価格が安すぎて収支が合わない
そもそも90年代後半から、農産物の価格が安くなりすぎてしまった。中国などからの輸入食品をベースに食品価格が設定されるようになったからだ。今、輸入食品の安全性が云々されているにも関わらず、国産品をベースにした食品価格に戻すという動きはない。「安全じゃないとイヤだけど、値段は安くなきゃ買わない」というわがままな消費者ばかり居て、その消費者に対して安値を武器に販売している小売・外食事業者しかいないのに、農業が儲かるはずがないのである。

 

2. 天候に代表される気象条件に左右されるため、計画通りに進まない
昨今のビジネスでは短期的に収益を出すことが求められる。経営計画があり、それに沿って運用されることが望ましい。でも、その時点で農業には合わない。農業は依然として気象という複雑系に左右されるからである。
「天候が悪かったから計画通りに栽培ができませんでした。」または、「天候がよくて栽培はうまくいったが、全国で豊作だったので、相場が安くなり、期待していた収益が出ませんでした。」ということが当たり前なのである。
だから、天候に左右されない施設栽培にしようという企業は多い。閉鎖系の植物工場を作って、一年中葉物野菜を作ります、という新規参入企業のニュースがけっこう耳に入ってくる。でも、残念ながら植物工場で生産された野菜で、美味しいものに出会ったことがない。
ある僕の友人のバイヤーが
「やまけん、先日うちの近くで新規参入してきた会社が植物工場でみず菜を作って持ってきたんだけどね。『一束で450円で販売します!』なんて馬鹿な値段(高い)つけてきたんだよ!つきあいがあるから一回は置いてあげるけど、絶対に売れるわけない。食べ物を舐めすぎてるよ」
という話をしていた。机上の計算だけをして農業ビジネスを組み立てようとするからこういうことになるのである。

 

3. 大規模化・効率化はこれ以上難しい
さて、先の学生さんの質問にもあったが、企業化して大規模化や効率化をしていけば、農業がビジネスとして成り立つのではないかという話がよくされている。これを頭から否定する気はない。僕の識っている人にも、関東で20haの稲作をしている人や、東北で大規模な園芸品目の運営をしている農園がある。
しかし、それらは簡単に企業がポンと参入して実現できるようなものではない。まず、「大規模化」なんてそんなに簡単にはできない。日本の農地は戦後、マッカーサーによって農地解放され、それまで小作人だった農民にも小さな面積がばらばらと分け与えられた。それによって、まとまりのない、飛び地主体の農地が日本のベースとなってしまった。
じゃあ、これを集約して大規模化しようということだが、、、仮にとある区画の農地の権利者全員から合意をもらって、土地を一本化できたとする。しかし、それが平地であるということは滅多にない。この日本は元来、起伏に富んだ地形の国なのだ。
「大規模化・効率化」というからには、区画を一枚の畑なり田圃にして、それが例えば10ha程度の面積になっている。そうすると大型機械を走らせて、効率的な農業運営ができる。それは確かだろう。
しかし、その前提として、その10ha程度の面積が平らでなければならない。畑作ならそんなこともないけれども、稲作であれば湛水をするわけで、水平がでてなければならない。そうなったときに、大規模化に伴う土木工事の予算は、10haを平準化する場合、数千万円から、ヘタすると億単位になっちゃうのではないだろうか。
実はもう70~80年代に、こうした大規模な畑地灌漑事業はすでに行われた。もちろん膨大な国家予算を投入して、、、だ。いまの日本の田圃や畑の一枚あたりの面積は小さい、などと言われているが、それでもその灌漑事業前と比べると大規模化しているのである。では、これ以上の大規模灌漑事業を、この日本で行うだけの国家予算て、あったっけ?国家事業としてはもうこれ以降、農地にかけるものは少ないはずだ。だとすれば、参入しようとしている企業が投資してやることになる。本当にできるかぁ?ということだ。

 

ずいぶん端折ったので、つっこみどころはあると思うが、農業ビジネスなんか成立しないと僕が言っている理由の代表的な問題は上記のとおりだ。

このなかで一番大きな理由はなんといっても1なのである。農産物が安すぎる。価格を生産者が決めることができない。だから、農業ビジネスなんてのをやるまえに、農産物を高く売ることができる飲食店や小売店を成立させて欲しい。そうすれば、それにあった生産を行う農場を運営するということができるわけだから。

生産側、流通側から入ってこようとしている企業は、一歩ふみとどまって考えるべきである。

ところで、日経新聞などの経済マスコミや経済諮問会議で、株式会社が農地を取得できるように規制緩和を進めるという議論が、あたかも既成事実のように語られている。けれども、非常にこれは危険だと思う。

僕には、そういっている経済人・財界人が本当に農業を発展させるために、そんなことを言っているようには思えないからである。それについては後日書こう。

そういえば、僕がこのタイトルで記事を書き始めてから、「おいおいやまけん、そんなこと書いて、農業ビジネスやろうとしているところから仕事が来なくなったらどうするの?」という声を何回も聴いている(笑)

当初から読んでもらえればわかると思うのだけど、、、きちんとしたビジョンで農業に取り組むつもりのある企業さんには、もちろんきちんと応対している(数件、連絡が無くなったところがあるのは事実だ)。むしろ、「もっと詳しく聞きたい」というようにレスポンスしてくれる企業の方が多いかもしれない。でも、「ぜひ情報交換を」と言いながら、まったく情報も何も持ってこずに話だけ聴こうとする輩が多いというのも、また事実だが。