やまけんの出張食い倒れ日記

1月8日付け朝日新聞の記事「農業参入なお窮屈」という記事の不思議。正しいことを書いていないゾ。TPP推進派からの圧力で書いたのかもしれないけど、おかしい話だねぇ。

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いやーこの週末、色んな識者と意見交換をしたのだけれども、朝日新聞もおかしな記事を書くね。明らかに間違っていることが多数!記名記事で、和気真也記者と多賀谷克彦記者の名前が書いてあるが、マズイでしょう、この記事。

下記、いろいろ書くけど、明らかに事実と違うことが記事になっている話、は最後に書いておく。

 

■記事の概略

最初に記事の概略を示す。名古屋のホテルで朝刊サービスでもらった紙面を開くと、表題のような記事が5面に書かれていたのだ。

副題は「農地は貸借『本腰入れにくい』」とある。リードの文章にも「菅内閣の政策課題に、農地法の見直しが浮上してきた」とある。よくある「農地法ががんじがらめで新規参入できない」の話である。

引き合いに出しているのは人材派遣のパソナグループの事業で農業を始めた人の談話。自宅周辺のガラスハウスが放置されているのでやろうとおもったら、農業参入には50アール以上の土地を借りねばならないと言う原則があり、ハウスが14アールだったので「途方に暮れた」そうだ。そこに「道を開いた」のはパソナで、周りの畑とハウスを一緒に借りてくれたので農業ができるようになった、と。

パソナの南部社長も「企業は農地を取得できず、農業生産法人の議決権の過半数を持てないのはおかしい」という。さらに「経営権がもてないので、本腰を入れにくい」と発言しているようだ。

そして菅直人首相は5日のテレビ番組で「もっと規制を緩和する」と発言したそうだ。

さて、何も知らないひとからみればこの記事はそのまんますんなりと、「既存の規制が、意欲的に農業に新規参入しようとする企業や人を不当に阻害している。規制緩和は歓迎」と読むだろう。

 

■農業は土地を購入しなくてもできますが?

ずーっと前からこういう議論はあるけれども、明らかにオカシイ。まずパソナの南部社長は「企業が農地を取得できないのがおかしい」と言っているが、では企業が農地を取得した場合、どんなメリットがあるのですか?ないでしょう、、、何も。現にいま、日本で大規模に米や青果物の生産をしている団体のほとんどが、規模拡大を借地で行っていて、農地は買っていない。つまり、純粋に農業をやりたいという時に、農地が貸借によるものであっても何も足を引っ張るものではない。

先の事例で、ハウスを借りようと思ったけれども、、、というくだりがまたおかしい。

農家認定には50アールの土地が必要だが、借りようとしているハウスは14アールしかなくて「途方に暮れた」という。正直、そんなことで途方に暮れるなら農業やるなよ、と思う。まずそもそもおかしいのだが、露地栽培ではなく施設園芸であれば、50アール以下でも認定されるケースがほとんどだ。それにもし無理なら、何とか頑張って50アール分の資金を捻出して借りることでしょう。10アールあたり年額で10万もしないはず(だと思う)。その金策ができないということであれば、それは単なる準備不足です。

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ただし、農家認定に重要なのは農業経験の有無や、実際に経営をしていけるのかという計画があるかということ。その土地の農業委員会はそうした総合的な判断をして認定の可否を決める。この農業委員会は、なかなか新規参入を認めないということは確かだ。けれども、ちゃんと当該地域の農業関係者に根回しをして口添えしてもらえれば、何とか道は開けるはず。その手順をきちんと踏んだのだろうか?怪しいものだ。

極論からいえば、「農家としての認定がなくても農業はできる」なのだから。つまり14アールのハウスを自分で賃料を払って借り受けて、施設園芸してしまえばいい。農家としての税制優遇等は受けられないかもしれないが、それでもやりたいならやればいいではないですか。

※注 ゴメン、↑勢いで書いちゃったけど、もともと農地とされている土地を、農家認定受けてない人が賃借するのは農地法違反でした。「ヤミ小作」になるのでお薦めはできません。

で、パソナ南部氏や他産業の連中が言っている「企業が農地を取得したい」の理由は何なのか。推測ですが、それはつまりこの記事でも書いている「農地転用」を企業自身がやりたいからではないだろうか?その点は後段に。

 

■なんのために企業は農業法人の議決権を欲しいのか?

また「議決権を持てないのはおかしい」とも言っている。確かに現状の制度では、株式会社は議決権を1/4しか持てないことになっている。何故か。それは、

「農業法人においては、農業関係者を主体とした経営を維持し、農業関係者以外の者の意思で経営が支配されることのないようにするため、(株式会社等の議決権は)1/4に制限されている」

ということだ。さてここでパソナ南部氏に問いたいのは、じゃああなた方、農外の企業が、出資した農業法人に対して何を議決したいのですか?ということだ。普通、議決権があろうとなかろうと、農業法人の目的は「生産と販売」が円滑に行われるようにするということだろう。それを行うのに過半数の議決権が必要なの?それとも、法人で実務についている農業関係者が望まないことをさせようとしているわけですか?

ご丁寧なことにその横には「農水省はこれ以上の規制緩和に反対」。だがその裏では「農地転用で農地をマンションなどの用途に高く売りたい」と考える農家の思惑がある、とする。つまり農地が流動化しない仕組みなのは、がめつい農家と農業委員会の既得権益を守るためであるという論調だ。

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でもねぇ、、、 じゃあ、農外の株式会社に議決権と農地の所有を認めた場合、それで「いいこと」って起こるんでしょうか?僕からみれば、生産組織として前へ進んでいくための推進力になるのではなくて「撤退するときの力」にしかならないと思うんだけど。宅地等に転用可能な土地を持っていれば、いかようにも使えるもんね。

あのねぇ、本当にみんな誤解しているけれども、金にあくどい個人農家が農地を持っているのと、もっと金にあくどい企業が農地を持ってるのとではどちらが危ないと思ってるの?企業の方が断然、危ないでしょう。株式会社とは、定款に則したビジネスで株主の利益のためになしうることを淡々となす主体だ。農業が儲からないとあらば、保有している資産を利益最大化して売却することをなんら妨げるものではない。

じゃあ個人農家はどうか。少なくとも転用期待と呼ばれるものはもっていても、それは彼が抜きうる伝家の宝刀であって、抜くのは最後の最後だ。後がないからね。それに「先祖代々」という(これはウソだけどね)意識や、地域の相互監視の目もある。だから現状、まだ農地がこんなに残っているわけだ。

 

■さて、事実と明らかに違う記事が朝日新聞に掲載されていること。

そして決定打。「海外に出る動き」として、宮崎県の新福青果の新福社長が写真入りで掲載され、なんと「中国沿岸部に50ヘクタールを借りて小松菜やほうれん草の生産を始めた」とある。そして「日本は時代遅れの法律で現代農業をやれと言う。このままだと志のある企業は、農地を確保しやすい海外へ出て行かざるを得ない」と発言した、とのこと。

発言内容がどうかはしらんが、確実なことが一つある。

新福青果は中国沿岸部で50ヘクタールを借りて農業をしてなどいません。

これは各所から確認済みの確定情報。どういう取材してるんだ朝日新聞。裏をとらずにこんなデカイ記事載せるなよ。

実はこの記事が出てから宮崎県内の農業関係者も皆ビックリで、新福さんに問い合わせ殺到。しかし当の新福青果の社長自身は「ん、こんな取材、いつあったっけかなぁ?」と首をかしげているそうだ。つまり、ずいぶん時点が古い。しかもこんな文脈で掲載されると、あたかも「新福社長は既存の日本農業に嫌気がさして、中国進出している」と見えるけれども、そんなに単純な話ではないよ。

この辺は、詳細な情報はちょっと待ってくれと言う筋があるので詳しくは書かないが、とにかく朝日新聞の記事に書いてあることは間違いです。

 

■マスコミの論調が信じられないこの頃だ。

Don"t Trust Over 30 という言葉はヒッピー達が掲げた「30代以上の奴らの言葉なんて信じるな!」というスローガンだけど、こんにちのマスコミの論調は本当に危険だ。朝日新聞には生活部などに僕が非常に信頼する記者さんがいる。あの日経新聞にだって、素晴らしき論者は居る。のに、こんなことになってしまう。今の日本は経済を復興させるために何でもやるぞ体制になっているからだろうか、必要以上の規制緩和を容認するムードを醸成しようとしている。

とある関係者のため息混じりの言葉。

超超超残念すぎる朝日新聞、私も拝見しました。「企業の農業参入による・・・」の農地法改正部分、パソナやその他、知ったかぶりのエセ専門家が政府に提言し、戦略のない政治家が物事を判断し、阿呆な記者が記事にする、、、一体どうなってしまうのでしょう?私の仕事の専門は農地法ですが、TPPなどと同じで、よく判らない人同士で何もかも決めしまうことに物凄い恐さを覚えます。

「農地が購入できないから本腰入れられない」・・・爆笑でした。

爆笑されてますよ、朝日新聞。今度はちゃんと、まともなことを書いてね。

16:21 追記
いまさっき、朝日ではない某大手紙の記者さんが別件で来社されたので、この記事を読んでもらった。詳しく説明するまもなく、「うーん、、、なんか、よく読むとエピソードと結論が微妙に連関していないような気が、、、」とのこと。やっぱりそうだよね。