長島農園の勝美君から、毎度のことながら大量の野菜とメールが届いた。まずは観て頂こう。
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ヤマケンとの対話をしていく中でまず、私なりにながしま農園の成り立ちを説明させて下さい。
ながしま農園は口伝では今から約800年ぐらい前の鎌倉時代に、ここ三浦半島の北下浦地区に定着したようで前の藁葺きの家は築250年はかるく経っていたようです。
ながしま農園が現在の栽培形態を取ったのは昭和40年頃からです。戦前はこの地域で一番の石高のある稲作農家で、三浦半島で唯一文献として残っている二期作をした農家とされています。
その後の日本の高度成長期に伴って日本人の食文化が変化し、農業の生産性が向上することで農業がだんだんと成り立ちにくくなり、石高の多い稲作農家ほどきつい減反を迫られるようになりました。
初めの頃は米から転作した畑で自給野菜を生産し、その余剰分を直売などで販売するという、ごく小規模の野菜農家だったのです。それがだんだんと減反する畑が増えて、今のように年間を通して約120品目に及ぶ野菜や加工品を作る農家になりました。

ながしま農園は正に少量他品目、何故この様な能率の悪い生産形態になるかというとそれは一言で「自分で食べたいから」なのです。

ここでのポイントはやはり「食卓をイメージして畑に作付けする」ということです。ながしま農園の畑は、大きなテーブルのようにいろいろな野菜達が並んでいます。常に気をつけているのは、バランスと組み合わせ。自分の家の食卓に上る野菜の頻度を考えて作付けをし、前回に何を植えたかでその野菜の後に植える相性の良い野菜をジグソーパズルのように埋めていくという作型です。

でもやっぱり芽が出てきた頃には その野菜で何を料理しようか想像をしている自分がいるのです。
これは、農家にとっては実は逆転の発想と言えるかも知れません。つまり、本物のボルシチが食べたいと思うと、ふつう日本では手に入らない野菜(たとえばビーツなど)を作ってしまうわけです。
ながしま農園はこんな農園です。まずは自己紹介として。
※下線、強調はやまけんによります。
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このメールとともに白菜2玉が送られてきた。色々考えた末、漬け物にすることにした。

白菜を4つ割りにして、重量の3%の塩を葉の間に振り、ニンニク片と昆布、鷹の爪を挟む。容器と重しをどうしようか苦慮したが、白菜自体はゴミ袋に入れて、それをデカ寸胴に仕込み、上から一回り小さい寸胴に水を満たして重しとした。

正月前に乳酸発酵するだろう。楽しみだ、、、
冬、これから彼の農場は静かな季節を迎える。時間もできるだろうから、農場の四季についてあますところなく語ってもらおうではないか。本編、シリーズ化する。