やまけんの出張食い倒れ日記

極上休日 長島農園での一時と野菜についての対話

さて三浦での壮絶な食い倒れから一夜明けると、天使のような可愛らしい小悪魔が僕を起しにやってきた。泊めてもらっている長島農園の勝美君の息子だ。

「やまけんのおじちゃん!」

と呼ぶのを、

「お兄ちゃんと呼ぶんだよ」

と諭しながら一緒に遊ぶ。

父さんである勝美君が僕の一つ下だからお兄さんも何もないのだが。

「じゃあ、やまけんが持って帰る用の野菜を獲りに行こうか。」

と、母屋の下にある、葉物畑と作業所に降りる。これからの季節は畑からだんだん緑が消えていく時期だ。

大根、ホウレンソウ、白菜、葱などの一部葉物が越冬する中で、実のものは消えていく。茄子・トマトなどの夏野菜が今では通年で食卓に上るが、全てハウス栽培ものである。それが悪いわけではないが、夏野菜は身体を冷やすための機能を持っている。それを冬に沢山食べるのはバランスを崩すので、これからの季節はゴボウや人参などの根菜類と、ホウレンソウ、春菊、小松菜などの葉野菜、そして結球野菜を中心に食べていくといい。それが身体を暖め、人体のホメオスタシスを保つエネルギーになるのだ。

「面白いのを植えたんですよ。」

と言って勝美君が人参を抜く。

通常より細めの人参は、どうやら西洋品種である。

「そう、フレンチのシェフが植えてくれって種を下さった品種なんだけどね。これがすごく味が濃くなるんだよね!」

今日本で通常手に入る人参は西洋品種である。和人参は、京人参といわれている真っ赤なヤツだが、今日栽培量は少ない。ヨーロッパの品種は、大陸性ということもあってか、かなり香りが強いのが特徴だ。洗って食べると、確かに強い香りと高い糖度を感じる。それ以上に雑味成分の少なさに驚く。人参は香りや甘さだけではなく、雑味をどれほど感じるかで栽培段階の技術が知れる。ほとんどを化学肥料で作ったり、有機質肥料の品質が悪いと生で食べられたものではない。

と、勝美君の親父さんが軽トラで下ってきた。

「よぉ ヤマケン、来てたのかぁ、朝飯食ったなら手伝えや。」

と笑いかけてくれる。軽トラには三浦大根が積んであった。

三浦大根はその名の通り三浦の特産品種だ。青首とは違い、一本の中ほどの部分がこんもりと太る品種で、青首と比べて抜くのが結構大変なため、最近では作付けが減っている。

本来は1メートル程度まででかくなる品種なのだが、長島農園ではメインが小売なので、一般家庭用に小型に作っているようだ。一般にはナマス用として有名だが、この三浦大根は煮ると肉質がみっちりとして香りが強く、細胞組織の官能的な崩れ方がして、凄まじく旨い。一本を持って帰ることにした。

「白菜ももっていくでしょ?」

無論である。少し離れたところにある1反ほどの白菜・ブロッコリー畑に行く。

まだ霜が降りていないこの暖冬で、巻きが若干甘いかと思われたが、すぼまりを握ってみると悪くない充実度合いだ。

「これくらいの暖冬だと病気も発生しやすくなるし、通常なら殺菌剤をばらまいているところだけどうちはやらない。だからこんな風に菌がついて溶けちゃってる株も少しあるけど、ほんの少しだけで周りには伝播しないでしょ」

という彼の言の通り、たまに軟腐(なんぷ)と呼ばれる状態になっている株があるが、ごくわずかだ。土壌バランスを保つことで作物の抵抗力を向上させることに成功している。彼の土作りに関する知見は僕の志向とは少し違うのだけど、こと彼自身の置かれた横須賀の農地環境では絶対的な信頼性がある。

母屋への帰り道、フェンスに干した大根の列があった。

これは漬物用大根品種。一般には販売されない漬物用大根の特徴は、細く長く、肩の部分(葉の付け根、上部)と同じ太さが先の方まで持続していることだ。これは風乾する時に水分が抜けやすくするためだ。三浦大根のような中太りの品種では、水が抜けるのに時間がかかり、かつ水分抜けのバランスが悪いのだ。

「完全に水が抜けたら、3本くらい送りましょうか?」

「いやいや、それじゃタダの干し大根じゃん。麹で漬けてたくあんになってから送ってよ。」

「何いってんの!まだあの極上の酒粕があるんでしょ?大根の粕漬けをやりなよ!」

そうかそうだそういう手があった!島根の銘酒「扶桑鶴」の大吟醸に使われた練り粕がまだあるので、粕漬けし放題なのであった!そういうことならばと大根送ってもらうことをお願いする。

この後、裏の湿地帯に行き、しいたけのホダ木を見て回る。湿気も適度で、かなりコンディションのいいしいたけが顔を覗かせている。型がいいのをそのまま囓ると、生の菌茸類特有のシコッとしてフカッとした歯触りと、シイタケの強い香りが口中に拡がる。

これをスライスして酸の効いたドレッシングで和えると最高なのだ。

「お土産用にはヒラタケがありますよ。」

と一杯のヒラタケももらい、長島家を後にする。結局、三浦大根、白菜、西洋人参、長ネギ(ホワイトスター)、ヒラタケを米袋に詰め、超重量荷物になってしまった。京急線の途中で会えそうな友人に分けてやれば少し軽くなるだろうと連絡をするが繋がらない。結局重量物を担いで家に帰った。

さっそく白菜を割くと、中から何とも言えぬイエローの中心部が。

白菜の旨いのは、なんと言ってもこのイエローの中心部だ。まだ日光に当たっていない軟白されたそれは、黄ニラのような丸い香りがある。昆布を一枚いれた鍋でさっと湯がいて皿に取り、ポン酢で食べる。

ヒラタケは鞄に詰めていたので変形してしまった。

鋳鉄製のスキレットを熱してベーコンの油を出し、ニンニクの香りを出してからヒラタケを入れる。塩・胡椒に少量のバジルペーストを加えてバルサミコを垂らす。

茸をこうして脱水し、旨味を凝縮する炒めものは大好きだ。勝美君のヒラタケは旨味が多く、食感もシコシコ感が強く実によい。

もうお気づきだろうけど、これは昨晩の暴食を中和するための野菜三昧だ。解毒、解毒。食べ物から採ったダメージは食べ物で癒す。最終的には断食をするのが僕の方法だ。


さて
ここまで長島農園の風景を出しているのは意味があって、今後、勝美君と野菜に関する対話的なエントリをしていこうと思う。無論、勝美君だけではなく、僕が親しくする素晴らしい農家の方達の声を少しずつ、このblogでも公開していきたいと思うのだ。

なぜかということを解説するまでもないだろう。読んでくださっている皆さんの大半が、農の現場を知らない。食べ物を理解するということは、素材レベルにまで遡ってなんぼだと思う。台風や輸入問題やいろんな事件が起こった今年だったが、農の大切さを少しでも記憶に留めて欲しいので、これから地道にそうした活動を、blogを通じて始めていきたいと思う。

これ、姉妹blogである「俺と畑とインターネット」とどちらかで不定期にやります。まずはこのエントリを受けて、最近の勝美君の畑事情を本人からアップしてもらうことにしよう。

勝美君、農家にとって冬とは、「越冬」という重要なフェーズだと思うけど、今年は暖冬が続いているようで勝手が違うようだね。三浦大根や白菜などのコンディションはどうなのだろう?世間一般からすれば「暖かいほうがいいんじゃないの?」と思われがちだけど、その辺を中心に、これからの冬の季節の野菜作りについて書いてくれませんか。(メールでくれたらアップするよ)

では、では。