やまけんの出張食い倒れ日記

GW明けに国会審議される「種苗法の一部を改正する法律案」についての議論は、「登録品種か否か」を前提に読み直すべきではないか。「農家の自家採種の権利をぜーんぶ禁止にする」とはどこにも書いていないし、匂わせもない。

shubyoho-1

女優の柴崎コウさんがTwitterで「新型コロナの水面下で、『種苗法』改正が行われようとしています。自家採取禁止。このままでは日本の農家さんが窮地に立たされてしまいます。これは、他人事ではありません。自分たちの食卓に直結することです」と呟いたこと、そしてそれを数紙の新聞がとりあげたことで「種苗法という法律で何かよくないことが起ころうとしているのかもしれない」と感じている人も多いかもしれない。

このブログではしばらくこの問題について書いてこなかった。それは、この法案に反対する人達がなにをそんなに問題視しているのかがよく理解できなかったからだ。その声を挙げている人達の主張を読んだり、講演動画を観たりするのに時間がかかった。そして、農水省の関係者や種苗メーカーなど関係者さんにも「ここんとこどうなの?」と尋ねたりした。

その上で整理がついてきたので書くが、今回の種苗法改正案はすんなり通すべきもの。反対派の人達は「この法案を通すと、拡大解釈でこういうことが起こる可能性がある!」という流れで批判や法案撤回を求めているようにみえるのだが、そうした危機は種苗法とは別の法律や、または都道府県の制度で担保されるべきことが多いのではないだろうかと思う。

品種ってなんだろう

今回の種苗法の改正案については「登録品種」と「一般品種」に分けるところからはじめなければならない。冒頭の表は農林水産省が説明用に作成している表で、一般の人もアクセスできる。

■種苗法の一部を改正する法律案について https://www.maff.go.jp/j/shokusan/shubyoho.html

冒頭の表で説明されているのは、右上部分の赤い枠内の「登録品種については育成者の権利があるので、今後は自家増殖は勝手にしてはいけなくなりますよ」ということ。そして、左側の青い枠(主な一般品種)は現在も、そして種苗法改正後も自家増殖してかまわないということだ。

お米やトマト、イチゴといった農産物には品種というものがある。コシヒカリとゆめぴりかは誰が食べても違う種類の米だとわかると思うが、その違いを生み出しているのが品種だ。品種を開発することを育種という。育種は、異なる性質を持つもの同士を掛け合わせるなどの方法で、よりよい性質をもつ品種を得るという行為だ。

たとえば、甘いが小さいトマトと、甘くはないが大きいトマトがある。この二つを掛け合わせると甘くて大きいトマトができるかもしれない。もちろんそう簡単な話ではなく、甘くなくて小さいトマトができる可能性もある。これまで米や野菜に果実、草木に花、家畜などの世界において、気の遠くなるような努力のもと、人の願いに応じた品種が生み出されてきた。

誰が育種をしてきたかといえば、さまざまだ。民間の一農家が、自分の畑で突発的に発生した、他とは違う個性を持つ株を見つけ、それを選抜して品種にしたものもある。国や都道府県などの試験研究機関が国民生活、または管轄内の生産者のために意図を持って膨大な組み合わせを試しながら掛け合わせを行い、育種することもある。近代以降は民間企業が種苗を生産することも多くなっている。

登録品種と一般品種、音楽の著作権にたとえれば

こうした歴史の中で、すぐれた品種を作った人の権利をきちんとしようという流れができた。それが品種登録という制度だ。植物は、適切な方法を知っていれば、よい種を手に入れた者が同じ性質を持った子孫を増やすことが可能だ。でもそうすると、苦労をして品種改良を成し遂げた育成者が報われない。

適切なたとえになるかはわからないが、音楽の著作権を考えてみるといい。音楽はそれを作詞・作曲した人や、演奏した人が権利を持っている。いまや音楽はデジタルデータであるため、コピーすることが可能だが、ふつう楽曲は対価を支払わねばデジタルデータも手に入らないし、ましてやそのデータを他人に販売するなどの商売をすることは禁じられている。コロナ騒動のなか、にわかに動画対応することになって「俺もYouTuberになろうかな」と思った人もいるかもしれないが、自分の好きな歌手の曲をBGMにかけてはいけない。その辺はみなさんわかってますよね。

音楽を生み出した人には、音楽が商用に使われる際になんらかの使用料が入るようにしてあげないと、優れた音楽を作っていこうという動機自体が無くなってしまう。よいものには対価を払わなければならないのは当然だ。

種苗も同じことで、登録品種についてはその育成権利者が利用料を徴収できたり、条件をつけて利用許諾したりする権利があり、報われる仕組みになっている。といっても育成者権には、権利を主張できる期間が定められている。これも何回か改正されているが、平成17年6月以降に登録されたものは、米や野菜など一年生作物は最長25年、果樹など永年性作物は最長30年だ。

「それだけ長けりゃいいじゃん」と思われるかもしれないが、僕の識る限り新品種が十分に広まるのにかかる時間は長く、少なくとも5年、もしかすると10年以上。だってジャガイモの世界ではいまだに50年前に登録された男爵薯が主流で、比較的最近かな?と思われているであろうキタアカリでも昭和63年登録だからもう32年前!最近ようやく全国的に認知されたインカのめざめは平成13年の登録。つまり認知が広がるのに15~20年かかっているということだ。こうなると、育成者権でがっぽり儲けるなんてのはなかなか難しいと思う。

以上の仕組みで登録され、育成権者がいるものが登録品種である。

一方で、一般品種というのがある。ここにはいろんなものが含まれるが、重要なのは、昔から地域内で栽培され続けてきた伝統品種・在来品種と呼ばれているものだ。これらは制度上、そもそも新品種ではないので登録できない(農林水産省に確認しました)。他にも試験研究機関などが創り出した品種ではあるが、登録する道を選ばなかったものもある。品種登録はかなり大変な手続きなので、登録したかったけどできなかったというのは、民間・公的機関に限らずけっこうあるはずだ。

先の音楽でいえば、アマチュアで音楽を楽しむ人が「著作権フリーです、ご自由にお使い下さい」とする音楽もある。また、古くから歌い継がれてきた民謡などは、著作権がすでに消滅しているものとされ、フリーとなる。一般品種はそうしたものと考えればいいかもしれない。

つまり、登録品種は育成者の権利がはっきりしているもの、一般品種は著作権フリーのものと考えると、なんとなく今回の話しが理解しやすいのではないだろうか。

種苗法は登録品種についての話しだけで、一般品種は対象外

さて、今回の種苗法に反対をする人達が問題視しているキーワードに「自家増殖禁止」というのがある。ここで禁止されているのは、さきの音楽の例で言えば、演奏データを自分の手元にコピーし、商売することだ。

先の登録品種の説明を読んだ人であれば「育成者の権利が残っているなら、自家増殖を禁止されるのも仕方がない」と理解できるだろう。そしてもっとも重要なことなので何度も書くが、登録されていない一般品種や、育成者権の期限が切れて登録が失効した品種は、ばんばん自由に自家増殖してよい。

もうすでに多くの人達が指摘していることだが、この法律は登録品種についての自家増殖を限定しているのであって、一般品種についてはそんなことはまったく書いていない。農水省もちゃんと書いてます。

cap000142

出典:農林水産省「植物新品種の保護をめぐる状況」10P

それどころか、、、驚いたことに、これまでの種苗法では登録品種であっても、自家増殖が認められることがあった。しかも、そうやってできた種や苗を他の農家や業者に販売することはダメだが、収穫物を市場や小売店に売ることはOKとされていた!

cap000141

出典:同上

これって出血大サービスじゃないか? 育成権者からしたら「それを許可する・しないを判断する権利を奪わないでくれよ!」と思っているのではないだろうか。それで、この辺については今回の法案で、下記のようにメスが入った。

第三育成者権の効力が及ぶ範囲の例外を定める自家増殖に係る規定の廃止

育成者権の効力が及ぶ範囲の例外である、農業者が譲渡された登録品種等の種苗を用いて収穫物を得、その収穫物を自己の農業経営において更に種苗として用いる自家増殖には育成者権の効力が及ばないとする規定を削ることとすること。(旧第二十一条第二項及び第三項関係)

わかりにくいので読まなくても構いません。上図のように登録品種を自家増殖したものについては、やっぱり権利者の効力が及ぶことにする、つまり勝手にしちゃいけないよということだ。こうすることで、海外へ勝手に優れた品種を持って行かれ、商売に使われてしまうことを防ぎやすくなるとのことだ。

これって当然のことではないですか?

それなのに、このことについて「農家が自由に在来品種を自家採種する権利が剥奪される」「家庭菜園も自由にできなくなる」「自家増殖禁止反対!」という論を展開している人達がいる。その多くは、その論だけを聞いて誤解している人達だと思える。

「こういう法律は、そのうちどんどん対象が拡大されていく恐れがある、、、」という論調でお話しをされている人もいる。けれども、登録品種についての条文で、一般品種にも対象を拡大するっていうのは「拡大」程度のことではなく、誰のものかわからないものの権利を創造するという、とてつもない方向転換なので、法律の起案をする段階でもっと大きな騒ぎになるでしょう。本当にそうなった時は、僕も大きな声を挙げて反対する側に廻るつもりだ。

つい先日、マスク着用のうえ握手しない、2メートル以上は近づかないという状況で、農林水産省の方にお会いする機会があった。その際に種苗法について「こういうこと言ってる人いますけどどうなんですかね」と振った。そうしたら、瞬間的に「ああ、それなぁ~」という顔をして、

「あのですね、われわれ、種の権利を守っていこう、海外に勝手に持っていかれたりしないように守っていこうと思って法律を改正を進めているんですが、あらぬ方向から疑義をかけられて、、、しかも間違った内容です。読めばわかるのに!」

と、泣かんばかりであった。

そう、みんな読みましょう。久松農園の久松達央くん、農家の立場からズバッと書いてくれています。

群馬県で有機・特別栽培の野菜や食品を生産するグリーンリーフの澤浦さんも。

そして、種苗の育種をしている人からも、貴重な声が挙がっています。

農家の権利からみるか、種を育種する人の権利からみるかで見方は変わる

この法案について心配をしている人達にもさまざまな立場の人がいる。元農水副大臣を務められた山田正彦さんには好感を抱いているし、印鑰(いんやく)智哉さんはこれまた大好きなフェアトレード貿易のパイオニア企業であるオルタートレード・ジャパンにいた方で、オルタナティブな食についての巨大な知恵の持ち主だと思っている。Yahoo!ニュースに掲載された松平尚也さんは京大農学部を出て自ら有機農業を営む方で、小規模農家の存在意義を主張する素晴らしい若手だと思う。農文協の「現代農業」は農業界の少年ジャンプ、週刊文春として声を挙げ続けて欲しいとも思う。

ただ、今回の種苗法については、進めていいんじゃないの?というのが正直な感想だ。

なんどもいうけどこの法案は「登録品種について」のものなのであって、その他みんなが「これも自家増殖しちゃいけないの?」と思っているものの多くは、今回の法案の対象にならない一般品種なのだから。

なかには「いままで登録品種ではないと思って地域一帯で自家増殖して作付けしていたものが、じつは登録品種だったので戸惑っている」という牧歌的な悩みが出てくるかもしれない。けれども、現代的にはそれはアウト!でしょう。ちゃんと権利に付帯する料金を払うか、育成権者に打診して「なんとかまけてくれ」と相談するなどすればよいのです。当たり前だけど、農家だからということでなんでも許されるわけじゃない。

そもそもこの話しを「農民の権利が!」という文脈で見るから今回の騒動が起きる。種を作っている人から見れば「なんでこの法案に文句をつけるんですか!」という話になる。

じっさい、とある野菜品目でトップブランドを誇る種苗会社の社長さんにオンライン会議で話しを聞いた。

「みなさんおかしいです。今回の法律ができることで、海外で好き勝手に日本の種や苗を植えて商売する動きを制しやすくなる。それが目的の法律です。品種を育成するにはとてつもない金額がかかる。それが、勝手に増殖されて売られてしまう。種をつくっている人達のことを考えてもらえないなら、品種の発展はなくなります。」

と言っておられた。名前も出したいところだが、そこは固辞された。そうだね、逆恨みした農家が「もう種を買わないっ」て言われたら困るもんね。

ここ10年くらいでメジャーなサツマイモ品種になった安納芋(あんのういも)をご存じだろう。鹿児島県の種子島が誇るこの安納芋、じつは有力品種である「安納紅」は、鹿児島県農業開発総合センターが平成10年に登録した品種で、この母本となる品種を代々受け継いできた種子島の農家だけが使えるものとして、種子島の名物として独占生産をしていた。ところが、平成10年の段階では育成者権は15年しかなかったため、平成25年で権利は失効した。かくして安納芋は誰でも生産できるものとなって県外にも広まっている。

この場合、どの立場からみるかによって結果が変わる。種子島の農家からすれば「15年しか権利を守れないせいで、種子島の利益に貢献する安納紅をよその人も作れるようになってしまった!」となるだろう。他産地からすれば「いままで安納芋のブランドを高めてくれてありがとう、俺たちも参入するよ!」となるはずだ。消費者にとっては「いや安納芋といえばやっぱり種子島でしょう。他は許せん!」という人もいれば「美味しければどこのでもいい」、「他産地が作るようになればもっと安くてに入る」という人もいるだろう。

あなたなら今回の種苗法について、どの立場に立ちますか? 僕は、農家の権利を守るのと同様に、種を作る者の権利も守ってあげた方がいいと考える。

自家採種をしている農家ご自身が、しかも農文協の誌面上でこう書いておられる。公開されているので読みましょう。

■在来品種、登録切れ品種の採種は自由だ 林重孝
http://www.ruralnet.or.jp/s_igi/image/gn1806_02.pdf

「話を戻すと、農家の自家採種を制限する品目が拡大されたといってもあくまでも登録品種の自家採種禁止であって、自家採種そのものが禁止されたわけではない。すべての品種で自家採種禁止ととられるのが一番困る。」

文句を言うなら最低限、まず法律の条文を読んでからにしましょう。

概要:種苗法の一部を改正する法律案について
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/shubyoho.html

法案:第201回国会(令和2年 常会)提出法律案
https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/index.html

GW後の国会での審議がつつがなく進むことを祈っています。