やまけんの出張食い倒れ日記

静岡駅周辺の旨いもん 「堪三」

 SAVAさんからリクエストがあったので、静岡駅周辺の旨い店をお教えしよう。ちなみにSAVAさんは、高知県出身のカメラウーマンでありアーティストであり、よくわからない楽しいねーちゃんである。

 静岡県は、お茶の仕事や畜産関連でいきまくっているので、知っている店は多い。ただしその多くは山の中だったりするのだが、、、そんな中、駅から歩いていける距離に素晴らしい店がある。ちょっと値は張るが、その価値がある店だ。ぜひ参考にして欲しい。
 以下は過去に書いた記事で、まだ日の目を見ていなかったものだ。ちょうどよいのでここに収録したい。

やまけんの出張食い倒れ日記

「静岡伝説の職人の店で襟を正した。の巻」

 ずいぶん久しぶりになってしまった。ここのところ大変な繁忙だったのである。途中になっている九州編などちょい面倒で更新していないのだが、、、しかし!超絶美味いもんに出会ってしまった時にはついつい書いてしまう!本日も大変な店に出会ってしまったのである。
 読者の皆様からは「どうでもいいけど場所とかきちんと書いといてくれないと、出張とか行ってもわからない」というお声をいただいている。ので、今回はきっちりと記しましょう。

 この出張食い倒れ日記でも数回、静岡の旨い店を紹介しているが、そういうところを元々私が知っていたわけではない。私の静岡での導師は、おそらく日本最高レベルのお茶メーカーである「葉桐」の専務である。この葉桐との付き合いを書き出すと5万字くらいかかるので辞めておくが、とにかく茶も一流なら、食にかける情熱と旨い店を嗅ぎ出す嗅覚も超一流なのがこの専務なのだ。その専務が言う。
「やまけん君、いい店があるから、次に仕事で静岡に来る時は前日の夜からおいで!」
わざわざ携帯にかけてきてくれるのだからこれはただ事ではない。超繁忙のスケジュールを力技でこじ開け、静岡に前泊をしてその専務と落ち合ったのであった。
 静岡駅に19時に着き、市内繁華街のはずれの道を5分ほど歩くと、夏場には敬遠したくなるアンコウ鍋の店があり、その横に小さな、趣味のいい玄関口を持つ店があった。

牛味 「堪三」(かんざん)
静岡市昭和町10-9
054-273-3773
18:00~20:00(夜のみ営業)

 薄藍色の暖簾をくぐるり店内に入ると、10名程度が座れるL字ウンターと6人がけくらいの奥座敷のみの小さな店である。すでに7割方埋まっているカウンターに腰をかけると、ごま油の香りとパチパチと油がはぜる音が聞こえてくる。
 実はこの店が何を売りにしている店なのか、この時点では全く知らなかったのだ。
「牛味って書いてあったけど、天ぷらやなのだろうか???」
と専務に聞くとニヤッと笑い、「俺もここで何が出てくるのか、いつもわからないんだ。とにかくお任せなの。」とのこと。

 店の大将は50前後。眼光するどいが良く笑ってくれる北川さんと、女性が一人。僕はビール、専務は迷わず「お茶!」。なんとこの店の厨房にはこの葉桐の専務が書いた「お茶の入れ方十ヶ条」が貼ってあるのだそうだ。店の女性の煎れた煎茶を飲ませてもらったが、確かに上手に煎れてあった!
 突き出しはカニときゅうりの三杯酢だが、オレンジの何ともいえない味の珍味がまぶされている。大将に聞くと「柿。」柿を粗くおろしたものを加えているのだ。絶妙な味の突き出しで、もう一鉢頼もうとしたら刺身が出てきてしまった。静岡らしく新鮮そのものの鰯と鯛、中トロ。私は食べるペースが速いのだが、刺身を楽しんでいるうちにすぐ天ぷら用の和紙をひいた皿がでた。まずはオクラ、みょうがと夏の旬味が揚がり、旨味たっぷりのさいまきエビが添えられる。ちなみに、天ぷらで美味しい海老はやっぱりさいまきだなぁと思う。そしてそのむこうではなんと客前にある火鉢の網の上に、生きアワビがどさっと載せられた。俺の手前の鉢には松茸がどっさりと炙られている。やがて火のとおりがころあいとなった段階で、甘く火の入ったアワビの切り身と肝(これがめっぽう旨い)、そして松茸の盛り合わせにすだちが添えられてきた。この段階ですでにしみじみと幸せを噛み締める俺だった、、、

 しかし!!! ここまではほんの序の口だったのダ!

 実はこの大将、この「食い倒れ日記静岡とんかつ編」で軽く触れた、清水市の伝説の名店「かつ好」が一時期新業態店として出店していた牛舌の炭火焼店の板前を勤めた方だったのである。この牛タン店は実は今でもある。が、そこで出される料理の味は、北川さんの在籍時からすると比べることさえ罪だという。とにかくこの北川さんの技の最大の発揮ポイントは、、、やはり肉!なのである。

 そう、北川さんが焼き始めたのはまぎれもない牛舌。市販の薄いスライスではなく、ふっくらと厚みをもたせたタンである。炭火に脂が落ちて炎が上がり、タンをさっと舐める。旨そうな焦げ目を十分につけた後、皿に盛ってくれる。その芳醇な香りにしばし、我を忘れる。この香りは、低温冷蔵庫で2週間以上熟成させないと出ない香りだ。口に運び、一噛みするとほぼ抵抗なく繊維が割れ、ゴージャスな肉汁が染み出てくる。そしてあの香りだ。牛肉は香りで食べるものだ。そして香りは脂から立ち上る。旨いなぁ、、、
 と、北川さんがすき焼き鍋を用意している。マツタケと牛肉、糸こんにゃくという豪勢なすき焼きだ。うーむこれも食いたいと思っていると、北川さんが「これは向こうのだよ」と、カウンターの対面にいるお客さんグループを目で指して、微笑する。後ろ髪を引かれていると、僕ら用の牛肉を出す。やたらとサシの入ったロース肉だ。牛の格付け上、A4は確実に獲っている上肉だ。これを厚めに切り分け、やおら網で焼く。そして、あの香りがやってくる。供された肉をいただく。これも見事に熟成されたロースだ。とろりと溶けていくあの感覚。そして甘味と香り。牛肉のもつ複雑な味の組成が、分解されていくのだ。
 この後ご飯と香の物、フルーツが出て、北川さんとしばし歓談す。気さくな人だが、仕事には厳しい。仲居の女性は3人いるそうだが、そうとうに厳しくしているらしい。葉桐の専務はそれをいつも観ている。もちろんいじめではない。理由を述べながら怒る。だから、女性はみな、辞めない。今日いる女性はお腹に赤ちゃんができているそうだが、「ぎりぎりまで働かせてください」と言っているそうだ。

 これだけの店が、なぜ話題にならないのだろうか?非常に不思議。静岡名店の1店。都内で1万円以上の飯を食べるくらいなら、ここにきて食事をしてみてはどうだろうか。感動することは間違いない。