やまけんの出張食い倒れ日記

ジビエの快楽に酔いしれる その1 三浦・横須賀の地域密着凄腕フレンチ 「シエラザード」

 出張の合間だが、毎年の儀式を行う。それはこの時期最高に美味しくなるジビエの賞味だ。ジビエでは鴨が一番好きなのだが、鹿も好き。ウズラも癖があると言うけど好き。ウサギ大好き。とにかく冬のジビエと赤ワインは、毎年の儀式だ。野生のパワーをいただくことで、自分の内なる魂に活を入れるという感じなのだ。その際に生じるエネルギーは、なにもジビエ本体だけから発するものではない。そこにシェフの技巧と魂が乗じられることによって、ジビエが「料理」に昇華するのだ。そうして生まれた一皿を味わうためには自分の体調も完全に整えて、真剣に皿と対峙するというのが、客の立場に求められる姿勢だろう。そうしてこそ、ジビエを味わう感動を十二分に堪能できるのだ。

 そんな至福の時を、この冬すでに2回迎えてしまった。今回はその2店を紹介させて頂きたい。


2004年1月18日

 ご存じだろうか。首都圏でも有数の旨い物極楽地帯が三浦半島であることを

 私の友人である山口さんがやっている三浦半島まるかじり クック&ダインというインターネットショップを覗いてみればお分かりの通り、通が唸る、マニアが喜ぶ旨いアイテムがぞろりと並んでいるのだ。農産物について言えば、キャベツと大根の大産地であることが有名だ。極めて豊穣な三浦の台地の土壌で育てられた三浦大根は、煮物に最高の一品である。この三浦・横須賀地域において何か食べたいと思うのであれば、先のクック&ダインにも登場する長島農園の野菜をお薦めする。元々クック&ダインに長島農園を紹介したのは僕だったりするのダ!
けどその辺の話は、このエントリでは長くなるのでまたいつか紹介することにしよう。

 で、三浦から山一つ超えた横須賀に居るわけだ。横須賀といえば港町というイメージだろうが、内側に入れば山と農地が街道沿いに点在している。YRP野比という駅からYRP(横須賀リサーチパーク)に向かう途中に、長島農園がある。現在跡取りとしてメインに働く勝美君は僕の1つ下の31才。見た目はおとなしそうだが、実はドイツ人の美人嫁さんをぶんどったどう猛な豪傑だ。

 本日は、この長島農園に、雑誌「農耕と園芸」の連載企画の一環として気象ロボットを設置しにきたのだ。気象ロボットは、北海道の素晴らしき気象情報企業であるアグリウェザー社の横山社長さんが進呈して下さったのだ。この会社が本当に素晴らしくて、通常は250万円くらいする気象ロボットを、同等の精度で40万円以下で販売できるような商品を開発したのだ。それを一台長島農園に設置して下さるという。なんともありがたい。下の画像がその設置風景だ。
baket.jpg
 この気象ロボット関連の顛末については連載でも書くし、紙面に書けないことはblogでも書いていこうと思うので、興味のある方は連絡して下さい。

 さて、アグリウェザー社の横山社長さんには、せっかく北海道から出てきて頂いたので、地元の美味しいものをご馳走したい。実は長島農園のある「長沢」という地区からすぐのところに絶品のフレンチを出すレストランがある。店は小さいが、これは本当にビックリするくらいの凄腕シェフの料理が楽しめるのだ。

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■シエラザード
http://www.sceherazade.com/
(↑今このWeb見たけど、なんとぶっきらぼうなページなんだろう。店の外観や地図さえ載っていないゾ。もったいない。)

神奈川県横須賀市長沢6-29-1
046-849-6649
月曜日定休

ランチ:1800円~
ディナー:4000円~

cierazard.jpg

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 道路沿いに畑や住宅、学校などが点在する中、ひょっこりと欧風の店構えのシエラザードがある。欧風なのは当たり前で、実はマダムの森川さんは、国籍をオーストリアに移している。つまりヨーロッパの人なんである。このマダムと、新進気鋭の伊崎 至シェフがタッグを組んで営んでいるのが、この店である。

madamshef.jpg

 テーブル4客に広めのカウンターの店内は、調度も美しく落ち着いた雰囲気だ。マダムのセンスだろうが、落ち着いたゴージャスさを気持ちよく味わえる。今日はもちろんかぶりつきでカウンターに座らせて頂く。長島君を通じて、我々仕様にスペシャルランチをオーダーして頂いているので、楽しみだ、、、
 ただし、僕から長島君経由で鴨を所望していたのだが、一連の鳥インフルエンザの騒ぎで鴨が出荷できない状態になっているらしく「どうしても手に入らない」ということだった。今回はやっとの思いで入手できた鹿を食べさせてくれるという。鹿も勿論大好きだから全く問題はないのであった。

 ボディのずっしりした赤ワインをとり、ブーケを楽しんでいると、一皿目が運ばれてきた。
hotate-siera.jpg

 北海道のホタテと長島農園の野菜を合わせた一皿。と言えば簡単だが、、、ホタテの鮮度は最高。シェフがさっき、オーブンに入れる寸前に殻から身を外しているのが見えたのだ。野菜は二種のカリフラワーと菜花だ。ホタテからのスープだけではなく、おそらくフィメ・ド・ポワソンだろうか、滋味溢れるスープで汁気の多い一皿に仕立てている。そしてこれを、北海道から来た(笑)横山さんが食べて唸っている。
「うーむ、、、美味しいですねぇ、、、北海道でもこんなに美味しい料理はそうそう、、、」
この一品、見事なホタテの分厚い貝柱も素晴らしいが、それ以上に肝やヒモといった、付き物が実に旨い。肝のほくほくとした食感と深く濃い味わい、そして柱以上に旨味の濃いヒモを、長島農園の野菜と堪能。とくにあまり出回っていないグリーンのカリフラワーを、絶妙のトロトロ加減に火を通してソースに仕立てているのが憎いのである。

そして、三浦・横須賀地域ならではの一皿が運ばれてくる。

daikonkani.jpg

 神奈川が世界に誇る大根品種である「三浦大根」をコンソメで煮、中をくり抜いて蟹のフィリングを詰め、上にオランデーズ系のソースをかけてグリルし焦げ目をつけたものだ。まずその美しいフォルムにため息が出る。
 三浦大根は、一般的な青首とは違って、大根の真ん中が太くなっている品種。従って、引っ張って抜こうとするとその真ん中部分がつかえて抜きにくいので、この三浦以外では生産されていない。しかし、年末から2月にかけて旨くなるこの大根は煮物にした時に最高のパフォーマンスを発揮する。みっちりと密に詰まった果肉と細胞組織は、スープを吸ってもまったく崩れず、絶妙の柔らかさとホッコリシャックリとした食感を抱き合わせで魅せてくれるのだ。
 その三浦大根の絶妙な旨さを味わうにピッタリな料理だ。この大根を割ると、こうなる↓
daikonkani2.jpg

どうダ!?

 もう、最高のプレゼンテーションである。コンソメを十分に吸った大根に甘い蟹のフィリングを載せ、カスタード然としたソースを塗っていただく。これこそ「滋味」というべき味なのだ。噛んだ瞬間にトロリと崩れる、その絶妙な食感と、蟹の香り。そこに濃厚さを与えるソースのコンビネーションは、本当に素晴らしい。
 ただ、僕はこの土台となる大根にもう少しコクのあるスープを合わせた方が好きかも知れない。フォンドボーだとおごり過ぎかも知れないが。大根は、素直にスープの特性を反映する。コンソメだとお澄まし風の上品な大根が味わえるが、イノシン酸中心の旨味だけでは少し平板かとも思った。何らかの形でグルタミン酸系の旨味や油分を合わせると、また違う味空間になるだろうと思った。いや、これは単に好みの問題なんだが。うん、また食ってみたい。

 さて
 この時点で大技が出てくる。ウサギとフォアグラである。

usagi.jpg

 ウサギの部位はなんて言うかわからないが、筋繊維のまっただ中と思われる切り身と、長島農園の蕪(カブ)、その下にソテーされたフォアグラが敷いてあり、最後にほうれん草のソテーが全体の土台となっている。これに濃いめの赤ワインソースがかけて供されている。ソースの濃度、味と香りの立ち方、共に最高である。シェフのお若さからか、強い前進力を感じるソースなのである。ウサギの淡泊にしてきめ細かい味わいと、対照的に濃厚なフォアグラ。爽やかなカブの甘さと香り、そしてほうれん草のトロ味が素晴らしい。一点、ウサギ肉が少し冷めていたことだけが気になったが総体として実に素晴らしい!実に冬の恵みと言える一皿だ。一同、しばし無言で咀嚼し続ける。

 そう、このシエラザード、農産物流通を生業としている僕がみても、実に皿から感じ取れる季節感が自然だ。それは、極めて単純にして恵まれた理由で、その時期その場所で獲れるものを使って料理をしているからだと思う。年間に120品目を作付けする長島農園が近くにあるので、シェフも農園に通い、その時期に収穫できる野菜を受け取ってメニューを組み立てている。また三浦横須賀が漁港町であることは言うまでもない。長井漁港までひとっ走りの立地であり、最高のものが手に入りやすいわけだ。これ以上に自然を表現できる方法はない。さっきから、今一番旨いと思う食材が出てきている。この店がこの立地にあるから出来ることの一つではないだろうか。

 さて、皿は進む。この段階でウサギとフォアグラが出てきて、次はどうなるのかと思ったら、ビックリしたことに大技が出てきた。
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 黒アワビである。この美しさにしばし圧倒される。僕はアワビについては生ではなく蒸しか煮たものが好きだ。そしてここのアワビは、どうやら蒸してある。カウンターからつぶさに観察できる調理場には、中華に使われる蒸籠(せいろ)が積んであるのだ。旨味を素材から逃さず柔らかな火を入れていく最高の技術である蒸しで供されたアワビに、ネットリと絡まる濃厚なブールブランソースが素晴らしい合わせ技である。モッチリムッチリとしたアワビの食感は絶妙だ。どれくらい火を通したらこんな魅惑的な食感になるんだろうか。本当に素晴らしい。これがメインと言い切ってしまっても十分に満足してしまう一皿だ。

 しかし、メインは別にあるのだった。そう、鹿である。この美しいプレゼンテーションを見て欲しい。僕はこの凝縮された世界観を崩したくなく、見ほれてしまった。デジカメの枚数もこの皿が一番多い。
shikastaek.jpg

「業者が、鴨がどうしても手に入らないから鹿で、というのでそうしたけど、なかなかいい肉でした。」

という通り、すばらしい熟成加減の鹿だった。蝦夷鹿は何回もいただいているが、今回の鹿は深いワイン色のレア部に、芳醇旨口なトロリとした味わいが乗っている。ソースサルミには、

「もう昨日から鹿の骨をローストして、フォンにとっていたものを使ってます。本当はもっと時間をかけて煮出したかったんだけど、入手自体が遅かったから、時間切れ。」

というが、実に旨かったですよ!いやビックリである。本当にこのシェフのソースの尖り加減は僕好みだ。そして、付け合わせを見て欲しい。スペイン風オムレツときんぴらゴボウである。醤油は使っていないだろうけど、、、これは実に正解。この時期最も旨い食材はゴボウとニンジンと大根とほうれん草。ここではゴボウとニンジン、それを鹿肉に合わせるとは最高な相性だ。油によって香りと味わいが引き出され、素材の色が滲み出ている。これとソースサルミ、肉のコンビネーションが全く持って素晴らしい。今度はきちんと時間をかけて準備できる時に、また食べさせて欲しいと強く願う。
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 デザートをいただきながらマダムとシェフとお話。マダムが実に面白い人生を送ってこられた方で、思わず欧州話に聞き入ってしまう。
 デザートも二品。プリンとアイスクリームとパイだ。もう、満腹の一言である。

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 このような凄まじいコースをいただき(しかも昼から!)、ワインも一本空けて、勘定書はビックリするほどの安さだった。けど、おそらくは長島農園を意識して頂いた特別価格だろうと思うので、ここでは控えさせて頂こう。でも、おそらく確実に都心で食べるよりは安いと思うゾ。

 最後にシェフが言っていた。

「本当はねぇ、やっぱり東京で勝負したくなってきましたよ。もうちょっと力をつけて、出てみようかなって感じです。」

マダムも言う。

「そうよぉ だってそうじゃなきゃつまらないもの。」

でも!

 この三浦・横須賀という地域に店があるということは、素晴らしい重要なポイントになっていると思う。東京進出の際にも、ぜひこの地物の仕入ルートは手放さずにやって言って頂きたいと切に願うのであった。

 こうして今年初めてのジビエの楽しみが過ぎていったのである。

(更にこの項、続く、、、)