やまけんの出張食い倒れ日記

お茶の季節がやってくる

01chakan.jpg あまりここでは書いてこなかったが、僕は日本茶についても仕事をしてきた。そのせいか、あまりに口がおごってしまい、飲んでいるお茶は10グラム1000円以上するものばかりだ。でも、だいたい5グラムで1煎のスバラシイ体験が出来ると思えば、ちょっとこだわったコーヒーを飲むのと同じ程度の話である。日本では不思議なことに、日本茶の価値が低い。これは非常に不思議な話だ。実は、日本茶とは、日本人がその本質を最も知らない飲み物なのではないかと思う。

 静岡県静岡市に葉桐という製茶会社がある。お茶(煎茶)は生産農家が茶葉を作り、4月以降それを収穫し、荒茶とよばれる段階まで生産者が仕上げて、問屋に納品される。問屋で最終的な工程を経て、消費者が飲める姿になり、販売されるのである。葉桐はその最終段階に位置する会社だが、日本で唯一と言って良い、トップレベルの煎茶商品を輩出するメーカである。
 僕は大学院生の頃、ふとしたことからこの会社の顧問(!)になり、社員さんに指導をした。僕が静岡県によく足を運ぶのはこれがおおもとのきっかけだ。当然、最高級のお茶をたくさんいただくことになり、口がおごってしまったのである。当時大学院にいた同期生は、僕のお茶をたくさん飲んでいるはずだ。あの頃は煎れるのが下手だったが、、、

 その葉桐から、茶が届いた。もちろんまだ新茶には早すぎるので、昨年度のお茶であるが、お茶については完全に密封をして冷温保管されているので、鮮度は問題ない。それどころか、最適な条件下で保存されれば、酸化することなく熟成がすすみ、古酒と同じように味わいが深くなる。これはまだまだ知られていないことだ。
 で、今回届いた茶はこれだ。

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ちょっと見でわかると思うが、安い深蒸し茶のように粉々になっているのではなく、濃緑の太い針のような茶である。こうした茶を「伸び」という。これに対応するのが「蒸し」で、ようするに深蒸し茶のことだ。
 昨今、プロモーションのせいで「深蒸し茶が旨い」と喧伝されているが、深蒸しとは蒸し時間を長くすることである。ただし適切なタイミングを超えて蒸しすぎると、茶葉の香りや味は損なわれやすい(と僕は思っている)。そして悪いことに、茶葉の品質が悪いことを隠すために深蒸しにし、色が濃く出るようにした茶も多いのだ。なお誤解のないように言っておくが、旨い深蒸しもある。高いレベルの茶葉で中蒸し程度の蒸し加減にしたものには旨い茶が多い。でも個人的にはそういうのにはあまり出会うことがないのが残念だ。

 僕は圧倒的に伸び茶のファンである。自分では絶対に伸びのお茶しか買わない。そして、僕が買うお茶は、生産者さんも決まっていることが多い。それは静岡の安部川上流域で生産をしている築地勝美さんだ。その茶作りについては、僕が昔つくったコンテンツがあるので、関心があれば見て欲しい。

 伸びのお茶は、湯冷ましをして煎れるとうまく出る。急須(万古焼きがお奨めだ)に一回、たぎった湯を注ぎ、十分に温まったら湯飲みに移す。湯飲みはお猪口(ちょこ)より少し大きめくらいの、小さなものがいいだろう。伸びのお茶は、がぶがぶ飲むものではないからだ。それは飲めばわかる。で、その湯を捨てて、再度急須に湯を注ぎ、湯飲み1杯分を計る。その間に空いた急須に5g程度の茶を入れる。ここに、湯飲みの湯を注ぐのだが、湯飲みの端を触り、「ビリっ」とこない程度の温度まで70度くらいさめていることを確認して入れよう。これが重要だ。お茶には苦み成分のタンニンがあり、高い温度だとそれが溶出する。逆に70度くらいだと、タンニンが押さえられて旨み成分のアミノ酸が出るのだ。

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 さて後はじっくり待つだけだ。このとき急須を回したり振ったりする流儀もあるが、僕の茶の師匠である葉桐清一郎社長からは

「味がいやらしくなるから、しない」

と言われている。ま、好きずきだろう。で、茶葉がうるんで開いてきて、色づいてきたら、小さな湯飲みに最後の一滴まで振り絞る(←これが重要)。

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 そうして出た茶は、淡い色で、深蒸し茶に慣れた人には物足りないかもしれない。しかし、口に含んでみると、深蒸し茶の何倍も、何十倍も濃い旨みに驚くこと間違いない。こうして出された茶にはイノシン酸が大量に溶出しており、さながらダシを飲んでいる気分になるのだ。そしてその旨みが去った後、喉の奥から香り成分が戻り香として漂ってくる。
、、、これが至福の時なのだ。

 ちなみにこうして出した茶は、2煎くらいで使命を終える。

「感動できる茶は2煎までだよ。」

2回煎れたら茶葉を捨ててしまうということだ。事実、1煎目と2煎目の差でさえ、はっきりしている。

 今日送られてきた茶は、葉桐の若手お茶コーディネータである高橋ちゃんが、

「このお茶がなんだか当ててみてください!」

と送ってきたものだ。おそらく、茶葉の繊細さ、味の濃さ、さわやかさからいうと、
「とうべっとうのミル芽茶」
ではないかと思う。とうべっとうというのは先の生産者、築地勝美さんの茶畑の中でも一番よい茶がとれる山の斜面のことだ。答えは如何に?

 葉桐は卸なので、茶を個人で買うことは原則できない。しかし、新茶の季節になったら限定で個人向け販売をしてくれる。たまには茶に1000円以上出して旨いものを飲みたいという人のために、ここでもその際には告知することにしよう。

 ああ、それと、オフ会でも恥ずかしながら、私の手前でよければ振る舞うことにしましょう。