やまけんの出張食い倒れ日記

食い倒れ三段活用 六本木巡礼の夜、絶品トマト料理と北イタリア料理、そしてバンコクで打ち留める

 食い倒れの基本は「3」だ。何のことか?それはハシゴの数である。大体出張先で気合いを入れて食べる時には、3軒廻るのだ。しかし、東京しかも六本木でそれをやることになるとは思っていなかった、、、


 仕事できゅうりを20数本囓り、水腹で苦しくなりながら急いで六本木に向かった。六本木は数店、好きで廻る店があるのだが、今日は大先輩に手引きして頂くのだ。

「やまけんちゃん、いい店、連れてってあげるよ。」

A内さんは、農産物流通業界での大・大先輩である。有機・特別栽培農産物の流通ネットワークとしては知らぬ人のいない大地を守る会にずっと勤めていた人で、色々とお世話になった、、、無化学肥料の旨いラッキョウを5Kg手配していただいたりとかね。現在は、独立して農産物流通のコーディネータをしておられる。

「ま、こないだやまけんちゃんのやってる仕事を訊いてわかったんだけど、同じような仕事なんだよ。」

いやこんな大先輩と「同じ仕事」だなどとは、おこがましくて自分からはとても言えない。A内さんは、僕の大好きな赤身牛肉「短角牛」の産地を育て上げてきた人だ。全国の産地を練り歩いてきた、生産者からの人望の厚い方なのだ。

六本木交差点で待ち合わせると、A内さんのご友人であるKさんにご紹介いただいた。

「このKさんはね、ヤバイ仕事たくさんしてるから。あまり突っ込まない方がいいけど、旨い店知ってるんだよぉ」

と微笑を含みながら仰る。A内さんはいつもチノパンにシャツの硬めの格好だが、Kさんは夜の街徘徊自由人的スタイルである。程なく、A内さんの前の職場の部下で、僕も一緒に仕事をしたことのあるOちゃんが到着、店へと向かう。六本木の「裏」側へと歩いていくと、家賃が35000円の木造アパートとかが建ち並ぶ一角がある。その中に小さく店主の名字を掲げた小ぶりな割烹店がある。

「あのね、ここは、日記には名前を出しちゃダメだよ。俺たち行けなくなっちゃうとヤだからさ。」

了解した。木戸をくぐると、カウンターが8席、テーブルが2つだけの、店主の気が行き届く範囲でしか仕事をしない店だ。

品書きをみると、おまかせは6000円、8000円、10000円と分かれている。長細い経木に書かれた品書きは、一見地味だ。鰺の南蛮漬けやさつまあげ、がんもどき、鰆西京漬けなどのオーソドックスなものしか並んでいない。
しかし、

「やまけんちゃん、ここはね、ぜーんぶイチから大将が自分で作ってるものばかりなんだよ。ちりめんじゃこは自分で炊いてるし、ほんとに凄いんだ。」

とKさんがおっしゃる。

大将が新潟出身と言うことで越の初梅の燗をもらい、ゆるりと始める。
■3点盛り イカ、中トロ、鱧(ハモ)の湯引き

 特に六本木界隈で旨い魚介を食べたいとは思っていなかったが旨い!イカは絶妙な甘さである。そして中トロ。寿司屋ではなく日本料理の引き方で供されているが、存外に味が乗っている。
 中でも梅肉の添えられたハモが絶品だった。臭みのあるハモに出会うとがっかりするが、ここのは典雅な香りがする。

「やまけんちゃん、ここの梅肉の梅干し、大将が漬けてるんだよ。」

それなら信頼できる!調味液に漬け込んで味を出している梅干しが多い中、まっとうな梅干しの酸っぱさを感じた。


そして、季節外の嬉しい一品が出てきたのだ!

■松茸の焼き浸し

 ひゃあああマツタケである。大将が向こうの方で他の客と話している中で「中国」というのが出てきたので中国産だと思うが、この時期にこんなにブリブリ感のあるマツタケ食えるならどこでもいいゾ!

噛みしめてみると、茸類特有のあの繊維がブリンと噛み切れ、マツタケ香がほんのりと口中に灯る。すかさず初梅の熱燗をやると、福が拡がった。この焼き浸しの汁がまた旨い。ダシも醤油も素晴らしい。

「何か食べたいの、ある?」

とつけ台の上にのせられた大皿をみていくと、野菜鉢に賀茂ナスらしきものが。賀茂ナス、焼きなすは最近のアタリだからと思い、賀茂ナスの田楽を所望する。これがまさに絶品だった。

■賀茂茄子の田楽

 田楽ミソといえばぽったりとした赤みその甘いものか、白みそベースのこれも甘いものが多い。しかしここは、肉みそだ!いわゆる鶏ミソである。木の匙で果肉と鶏ミソをすくい口に運ぶ。

油を吸ってトロリ感を十二分に発揮している賀茂ナスと、濃厚な鶏ミソの甘さ、旨さが溜まらない!もうがまんできん

「ご飯くださ~い!」

「なんだよもうご飯か?」

しょうがないのである。これは是非飯を食いたい。

「うちのはね、甘いだけじゃなくて、鶏みその方が旨いと思うから、こうして出してるんだよ。鶏肉だけじゃなくて鴨肉を半分入れてる。その方がコクが出るんだよね。」

なるほど!カモ茄子だけにカモ肉であった。ご飯との相性も抜群であまりにも旨い田楽であった!

そして次ぎに、極めつけの一品が出てきてしまったのだ。

「ここのトマトを食べたらさぁ、、、他では食べらんなくなるよ。」

とK氏が仰る。そのトマトとは、、、

■冷やしトマト

 一見、湯むきしたトマトの半割に、トマト果汁のソースをかけているだけのような面持ちである。器も中身もひんやり冷えている。

しかし!

匙を入れると、中から挽肉ベースの丸(ガン)が覗くではないか!トマトにも絶妙に火が入っており、匙がすっと通る。これを口に運ぶと、ヒンヤリ感の後にほのかな酸味と甘み、そして丸のしめやかな、しかし十分に形の整った旨味が伝わった。

「おおおおおおおおお こいつは初めてです! 旨い!」

なんとも旨いトマト料理である!
これは僕が出会ったトマト料理の中でもトップランクに入る旨さだ。感動した!久々に興奮してしまった。

他のお客さんに出している大将の手元をみると、トマトを仕込むタッパーが出てきた。どうもヘタから下をくりぬいたトマトに丸を仕込み、その一つ一つをガーゼにくるんで結び、煮崩れせぬようにしてからだし汁で煮込んでいるらしい。オーダーが入るとガーゼを解き、トマト出汁を張っている。この上からかけている出汁がまた出色のできばえで、上質なトマトジュースに出汁を割っているよう、しかし徹底した裏ごしがかかっていて、滑らかで上品だ。

ちょっとこれは脱帽である。

「ここの大将は赤坂の○○○って料亭のトップをやってたんだよ。で、独立したってわけ。」

「このトマト料理はね、その店のオリジナルだったんですが、私がもうすこし手を入れてもっとオリジナルにしました。丸には鴨を使ってます。こういうのを家庭で作る時、大抵は鶏肉でやっちゃうでしょ?そうすると味が抜けて美味しくないんだよね。」

と、大事なポイントをポンポンと言ってしまう大将。でも、材料がわかったところで作れるもんじゃないのであった。

 野菜の仕事をやっていると、よく「美味しい野菜料理が食べられる店を教えて!」と言われるのだが、そんな店はあまりない。旨い野菜を食べたければ家で料理するのが一番の近道だ。しかし、この店のトマトは、誰もが問答無用で押し黙ってしまう絶品だ。A内さんとK氏がにやにやしながら、貪り食う僕をみている。いや、本当に参りました。

■ニシンの甘露煮、満願寺唐辛子のやいたん

 先日、しんのすけ家のパーティでにじますの甘露煮を食べて以来、甘い甘露煮は食べつけないな、と思っていたが、この店のニシンはまさに甘さがなく、フンワリした食感にドライな味付けで非常に旨い!
 身欠きニシンでこんなに旨いのは初めて食べたかも知れない。

満願寺は上火で焼いたのを、削り節と仕込み醤油をかけていただく。

実に甘い。「収穫晩期なので、少し辛みが出てるね」とA内さん。野菜の仕事をしているメンツで飲むと、どうしても全ての素材を吟味してしまうのだが、それが面白い。

「さ、やまけんちゃん、〆は鯛茶漬けだな!ここのはうめーんだ!」

と、大将がすり鉢でゴマをあたりはじめる。鯛の切り身をダブダブと入れて、練り込まれて出てきたのがこの鉢だ!

■鯛茶漬け

「この鯛で一杯やってから、ご飯にかけて茶漬けを食うんだよ。ホラ、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜて!」

とKさんが仰るようにすると、濃厚なゴマの香ばしさと鯛の風味が絶妙で、ドンブリご飯でこれを食べたくなる。

これに、大きな急須に熱々に入ったほうじ茶を注ぎ、蓋をしてしばし待つ。この、茶碗やドンブリに蓋をするという感覚が、最高だ!それを取るときのドキドキ感。とるぞっ!

ほのかに白く熱が通った鯛の切り身が悩ましい。たまらず啜り混む。ブワッと拡がるゴマの香りに、ほうじ茶の香りが深く切り込んでくる!

「だぁああああ 旨いですよぉ~」

何も言うことはない。

この前に実は豚の角煮とご飯一膳を食べているのだが、さらにもうひと皿、ジャコ飯をいただく。これで本日のご飯はすべてなくなってしまった。

「こんなに食べる人がくることは想定してないからサ!」

とカッカッときさくに笑う大将。その大将が炊きあげるジャコ飯がこれだ。

「ここのジャコはね、小さいんだよ!この小ささが肝なんだよ!」

とK氏が仰るのはビタリと当たっていた。この細かなジャコが上品に旨い。醤油で甘辛に炊かれているが、数粒落とされた山椒の実の佃煮と木の芽のツンとした香りと相まって最高だ!

いや、脱帽です。
六本木はやはり大人の街なんだな、、、

「それなりの値段がするから、毎週は来られないけどね、でもいいでしょう、こんなに素晴らしい仕事をする板前さんの店に来るってのは。」
本当にそうだ!なんと本日はA内さんがお会計を持って下さる。今度は自腹で来よう。

またもや出た満面の旨かったやまけんスマイル。まさか東京でこうなるとは思っていなかった。残念ながら店の名前や場所は出せないが、本当にいい店は裏にあるということだけは、間違いないと思ったのであった。

そして六本木の夜は続くのである。

(続く)