やまけんの出張食い倒れ日記

スーパー種雄牛「忠富士」陽性・殺処分 悲しいことだがもう、「特例中の特例」は認めない方がいいかもしれない。 僕は真剣に、熊本あかうしの無事を案ずる。

残念なことに、宮崎県が有する黒毛和種の種雄牛のエース格の一頭である忠富士から陽性反応が出て、殺処分となった。獣医師数人と意見交換をしたが、どの人も所見としては「隔離する前に感染していたのだろう」と。潜伏期間があるので、すぐさま発症するとは限らないのである。それが、今回の口蹄疫が人の心をこうまでかき乱す性質なのだ。

しかし、こうなったのであれば、残る5頭の安否が気になるところではあるけれども、これはもう殺処分しかないのではないだろうか、と思う。 え? なんで? と言われるかもしれないけれども、もうコトは最悪の事態を考えながら進むべきで、隣県を巻き込む可能性がでてきたということだ。

その場合、僕が恐れるのは熊本県にいる褐毛和種(通称 肥後あかうし)の安否である。

えー いまから書くことは絶対に誤解しないで欲しいのですが、、、

今の時点では、隔離避難した他のスーパー種雄牛は、特例中の特例として毎日経過をみることとして、殺処分はしないということになっているらしい。しかし、、、それはかなりヤバイ橋のような気はする。もし忠富士が隔離の前に感染していたとしたら、他の牛にも潜伏している可能性があるからだ。

僕の大好きな養豚のブリーダーKさんから、こんなメールが来ていた。

スーパー種牛感染は本当に残念です。

が、しかし、あれ(隔離を許したこと)は重大なルール違反。
家畜伝染病予防法違反で告発されるべきだと思う。

宮崎の宝だから超法規だということは
種は違えど、ブリーダーとしてよーーーくわかるが
今回、超法規でやるべき重大なことがほかにいっぱいあったはずだ。

んー 全ては結果が出ないとわからないことだけれども、現在進行形の口蹄疫渦のなかで、他地域で戦々恐々としている人たちから見れば「頼むから、疑わしきは殺処分してくれ」という気持ちだろう。

ちなみによく「宮崎牛」と呼ばれているけれども、これは品種の名前ではなくブランド名だ。品種は黒毛和種。黒毛和牛と呼ばれるアレだ。

宮崎牛の系譜が一時とぎれたとしても、それは黒毛和種という牛の一流派の途絶であり、他地域から系統を導入して育成をしていけば再興も可能だ。もちろんその道のりは極めて厳しいし、これまでかけてきた労力を考えるとむなしくなるわけだけれども。

しかし、熊本県にいる褐毛和種(熊本種)に関しては、ほぼ熊本県内にいる個体で全てなのだ。だからもし熊本に飛び火したりした場合、貴重な褐毛和種(←ちなみに”あかげわしゅ”と呼びます)の熊本種がいなくなるということなのである。

image

誤解しないでね、というのは「褐毛が大事だから黒毛である宮崎牛は無くなってもいい」などと言っているわけではないですよ。ただし、和牛品種の一つの県ブランドが無くなることと、ある品種自体が無くなってしまうということを比べた場合、後者の方が意味的な重要度が高いのではないか、ということだ。

 

■「和牛」には4種類あるのです。実は黒毛和種は最も頭数の多い和牛品種なのです。

このブログには何度も書いていることだけれども、「和牛」には4種類ある。黒毛和牛のことを和牛というのです、という輩がいっぱいいる(特に流通業界)けど、事実は違う。

黒毛和種
褐毛和種(熊本種と高知種の二種が存在する)
短角和種
無角和種

この4種が和牛品種である。どの品種も日本にある程度の昔からいたり、高麗などから渡来してきた在来種をベースに、明治~昭和初期にかけて海外から輸入した肉用品種を交配して、肉用として優れた系統を選抜してきた結果に成立したものだ。

そういう意味では、完全に日本の純血在来牛です、というものは「和牛」の中にはない。わずかに見島牛と口之島牛という在来種が残っているだけだ。

しかし、どの牛も日本ならではの特質を持つ牛で、それぞれ全く肉質が違う。さて、なんで褐毛和種の熊本種を僕が心配するかというと、次の表を見て欲しい。

 

○品種別種雄牛の頭数(単位:頭)

  黒毛和種 褐毛和種 無角和種 日本短角種 アンガス種 ヘレフォード種 シャロレー種 その他
H20年 1885 119 1 116 45 5 1 33

※中央畜産会調査資料より抜粋

これは割とレアな資料なのだが、、、 ご覧いただければお分かりの通り、黒毛和種の種雄牛は1885頭。それも全国各県に散らばっている。それに対して褐毛和種は119頭。そのうち、熊本種の種雄牛は、熊本県に67頭。岩手と秋田の家畜改良事業団のセンターに4頭いるだけである。つまり、品種絶滅のリスクが半端じゃなく高いのである。
最もご覧の通り、もっとも品種絶滅の危機に貧しているのは無角和種であるわけだが、、、これは山口県にいる。

 

ついでに、肉牛の現場を知ってもらうために、日本で育てられている肥育牛(精液をとる種雄牛や、母となる繁殖牛を除き、肉用に育てられている牛のことです)の直近の数を見て欲しい。

 

○品種別肥育牛の頭数(単位:頭)

  黒毛和種 褐毛和種 無角和種 日本短角種 アンガス種 ヘレフォード種 交雑種 その他 ホルスタイン種
H20 8,12,127 11,869 161 3,342 1,048 51 512,147 19,458 422,203

パーセンテージでグラフで見ると、ビックリしますよ。ほら。

image

なーんと、45%が黒毛和種なのであります。褐毛和種はたったの1%。 そしてエクセル2007でふつうにグラフ化したら、われらが短角とか無角とかは「0%」になっちまった。小数点以下を表示する方法がわからんのでこれでご勘弁ください。こういう状態だから、牛肉の業界の人たちまでが「和牛と言ったらそれは黒毛のこと」と言ってしまうわけだ。

僕が真剣に褐毛和種の熊本種の心配をするわけがわかってもらえただろうか。さきの養豚ブリーダーの声のように、宮崎県のスーパー種雄牛は、残念だが全頭殺処分するしかないのではないか、と思う。もちろん、最もよいのは「感染していませんでした!」という知らせなのだが、、、

 

■ブランド牛ってなんなのさ?という問いに対して

さて、一昨日のTBSラジオの朝の番組で、僕がブランド牛について説明するのを聴いてくれた方もいると思う。先に書いたように、「宮崎牛」というのはなにかということや、宮崎の子牛が本州に渡って、松阪牛や米沢牛といったブランド牛になって出荷されるということが、一般の人にはなんのことやらわかりにくいらしい。

たとえ話をすると、ある人を表すときに「どこでうまれたの?」・「いまどこに住んでるの?」・「あなたの肩書きは?」という三点を聴けば、極めて大枠的ではあるけれども見えてくるものがある。最後の「肩書き」には、例えば「○○物産に務めてます」とか「錦糸町で居酒屋やってます」とか、いろいろあるだろう。

この最後の「肩書き」がブランドだと思えば佳いんじゃないかと思う。

つまり肉牛のブランドは、あまり出生地やどこで子牛時代を過ごしたかについてはあまり問われないことが多い(もちろん、厳密に問うところもあるにはある)ということだ。米沢牛や前沢牛、飛騨牛などを検索して、地元の生産者団体が作った「定義」をみてみればわかるが、一定期間を当地内で肥育していること、というのは謳っているけれども、それ以前のことは書いていない。どこからどんな血統の黒毛和種を買ってきてもよいということなのだ。

肉牛農家には二種類ある。よい血統の種雄牛の精液を買ってきて、雌牛に人工授精して子牛を産ませてそれを出荷するのが「繁殖農家」。その子牛を買って、太らせて肉牛に仕上げて出荷するのが「肥育農家」だ。 もちろん、繁殖と肥育を一貫してやっている経営もあるが、多くの場合は分かれている。

そして、宮崎県や鹿児島県といった南九州の畜産県には歴史的に繁殖農家が多く、子牛市場に出荷される子牛の頭数は全国トップ2なのである。したがって、宮崎の子牛は全国に買われていき、立派に「○○牛」になって育っていくのである。愛媛県で生まれ落ちた僕が埼玉県で育ち、いま東京にいて仕事をしているということと同じことなのです。

口蹄疫でこんな事態になることは本当に悲しいことですが、世間の関心が高くなっているこの時期に、畜産のことをもっと知ってもらうことが、僕にできる後方支援かなと思います。

ということで そろそろ眠りたいと思います。現場の皆さん、本当にお疲れ様です。