やまけんの出張食い倒れ日記

報告とお詫び

いきなりのオフ会延期と説明不足で、ご心配をおかけしました。

実は先先週末に父が亡くなりました。癌だったのですが、原発点が分からず、治療しようがないということで自宅療養していました。あと2ヶ月くらいはもつだろうか、と家族は思っていたのですが、訪問のお医者さんと母、妹がいるところでスーッと息を吐いたあと、それきり戻ってこなかったそうです。最期の方はかなりの痛みもあったようですが、やすらかに逝ったとのことで、よかったと思います。

このブログにも何度か書いたことがあると思いますが、父は百貨店の三越に勤務していました。それも食料品売場!の担当が長かったのです。父が在職中、ユーハイムのケーキや井泉(まい泉ではなく)のカツサンドを土産に買ってきてくれた時のこと、その味を僕は克明に思い出すことができます。

退職後は一念発起して社会保険労務士の資格をとりました。我が一族でこういう地道な努力ができるのは父だけでしたので、尊敬してしまいます。並行して、大学時代に熱中していた合気道に復帰、またサイクリングクラブに属して、ロードバイクも始めました。合気道のために四股を1000回踏むなどしていたようで、僕などよりもよほど健康な体力を持っていたと思います。

ただし超ヘビースモーカーだったこと、酒もよく呑んでいたこと、そしてわりと偏食だった時代もあったので(肉なら肉しかたべない、、、など)、身体がいつしかむしばまれていたのでしょう。

父は自分の稼ぎをほとんど子供のために使っていたように思います。私も考えてみれば高校の自由の森学園も私立、1年間遊び回って予備校に入れてもらい、慶應にAOで受かったはいいが高い授業料。それなのに院にまで行ってしまい、ずいぶん使わせてしまいました。それに妹も加わるので、まあ父はあまり趣味にお金をかけられなかったでしょう。気の毒なことをしました、、、その分、子供二人とも意外性のある人生を送るのを愉しくみてはいたと思いますが。

意外だったのは、病床で父が「洗礼を受けようかな」と言い出したこと。我が家は父方も母方もプロテスタント同士の見合い結婚で、とくに父の父つまり祖父はかなり厳格なクリスチャンだった。東中野にあった祖父の家にいくと、サイダーを飲ませてくれるのが楽しみだったけれども、いつも話が「この世はもうすぐ神様が再臨して、終わるんだよ」ということを延々と聞かされて辟易したのを思い出す。あれさえなければなぁ(笑)
※ちなみに僕はキリスト教徒になる道を選びませんでした。

でも協会に礼拝にいくときに、父が列席するのをみたことが無い。家族全員で正月礼拝に行くときくらいしか、教会にいるのをみたことがない。それなのに洗礼を受けたいと言い出したので、みんなビックリしたわけです。

しかし、その1週間後に亡くなってしまったので、それも叶わなかった。だから葬儀はもちろんキリスト教式で、東松山教会の牧師先生に来ていただいて執り行いました。

最期まで父が心配していたのは、母と妹のこと。二人になると「お前(私)は大丈夫だろうけど、清子と母さんがな、、、」と言っていました。なにかやり残したことはあるかと聞いたら「なにもない」と。本当に私と正反対で、欲のない、すっきりした人でした。

そういうわけで、先週はバタバタとしていて、何も手に着かず。また、オフ会を楽しみにしていただいていた方々にも、急な話でご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありませんでした。

そういうわけで、これから社会復帰です。今日から金曜日まで札幌にいます。では、今後ともよろしくお願いいたします。