やまけんの出張食い倒れ日記

高騰する牛肉市場と生産者と消費者と。朝からテレビの報道番組対応でちょっとムカッとくる。この世は消費者のためにあるわけじゃないでしょう。生産者も流通業者もひっくるめてよい時代にならないと。

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明日5日のテレ朝の某朝の番組が、高騰する牛肉市場の特集だそうで、昨年末に取材依頼が来て対応した。

昨年から牛肉の高騰がとまらない。これだけ世の中に牛肉ブームが来ているのだから、日本の産地でも生産意欲が沸いて牛がたくさん供給され、価格が下がるのではないかと思っている人が多いだろう。しかし現実的にはその逆で、これから牛肉はどんどん価格が高騰してくる状況だ。

これまで何度も書いてきたけれども、肉になる牛を飼う生産者には、経営形態が下記の3パターンある。

①繁殖農家:母牛をもっていて、子牛を産ませて市場に出荷する
②肥育農家:子牛を市場で購入し、太らせて出荷する
③一貫農家:①と②を双方自分の経営内で行う

というものだ。いま起こっているのはこのうち、①の繁殖農家が少なくなっていて、子牛の頭数が少なくなり、高騰しているということ。子牛が高いということは②の肥育農家が仕入れる値段が高くなり、販売する価格も高くなるということだ。

なぜ繁殖農家が減っているか。昨年、高知県で土佐あかうしの繁殖経営をする生産者の長老ともいえる方が、相場の高騰で「ありがたいことに今が春です」とおっしゃっていた。ならば繁殖農家は有望ということで増えるのではないか、と思うかもしれないが、実際には逆の状況で、離農する繁殖農家が多くなっている。

繁殖農家はもともと高齢者が多く、しかもその経営規模は軒並み小さい。一家に一頭とか、多くても20頭というような零細繁殖農家が多いのだ。そういう人達にとって、いまの好景気は「いままでの借金を払って、なおかつ退職金が残る」という状況である。まさに、彼らにとってはいい辞め時なのだ。

では繁殖農家が減少する中、新たにこの有望市場に参入したい人や企業がいるのではないか、と考える人もいるだろう。しかしそれもなかなか簡単ではない。

まったく農外の立場にいるなら、まず農家の認定を取得しなければならない。これが難しいことはご存じだろう。そして、初期投資がかかる。畜産は、家畜が暮らす畜舎がなければできない。また頭数が多ければ餌を混ぜたり給餌するための設備も必要だ。そうしたことを考えると数千万円以上の初期投資が必要になることもある。

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最大の問題は、ゼロから始めた場合、牛がお金になるのが早くても2年以上かかるということだ。というのは、繁殖経営というのはまず、子を産んでくれる母牛が必要だ。メス牛が妊娠可能になるまで、生まれてからおよそ14ヶ月かかる。妊娠するとそこから10ヶ月ほどかけて子牛が産まれる。そして生まれたての子牛を市場に出荷することはほとんど無く、半年くらい育ててから市場に出して販売することが多い。だから、最初の母となる子牛をどの時点で購入するかにもよるが、まあだいたい2年かけてようやくお金になる子牛販売が可能になる。もちろんこれは、全ての条件がうまくいったらという話だ。

こんなに投資回収に時間がかかる産業にそうそうゼロからお金を突っ込もうという農家はいないのである。

では、③の経営形態、繁殖と肥育を一貫経営する農家はどうか。いま最も収益性がよいとされているのがこのスタイルで、自分のところで子を産ませて肥育するので、これほどよい話はない。みんなそれでやればいいじゃん、と思う人も多いだろう。

しかし、繁殖と肥育はまったく違う行為なのだ。メス牛に人工授精などで妊娠させ、産ませる行為と、牛を太らせる行為は、それぞれ専門領域の知識と経験、設備が必要になる。だからそう簡単ではない。今、一貫でやっている人達は本当にご立派。

かくして、①の繁殖農家が減り、子牛が少なくなっているので、日本の牛は減っている。黒毛和牛だけではなく、ホルスタインなども減っている。牛肉ブーム、ステーキブームだが、日本の牛はこれからどんどん減っていきます。

もちろんお肉も高くなるでしょう。けど、それは仕方の無いことではないか。思えばここ20年ほどは牛肉が驚くほど安い時代が続いてきた。40年前、僕が子供の頃には牛肉はあきらかに高級なご馳走で、毎日など食べることは出来なかった。小中学生の頃、ジャッキー・チェンのカンフー映画を大都市・大宮に(笑)観に行く際には、吉野家で牛丼を食べて帰るのが最大の贅沢で、当時の価格はいまよりもっと高かった記憶がある。

それがいまでは、もちろん輸入牛肉だけども、牛丼がワンコインで食べられてしまう。そりゃ、海外から日本に来た人達が「日本の食事は安くてウマイ」というわけだ。実際に安いんだもん。

ここ2年は、生産者や流通、販売業者が利益を削って牛肉の価格を消費者に手の届く額にしてきたのだ。でもそれも限界、もう店等価格を上げるしかないという状況だ。これは消費者にも分かって欲しい。

そういうことを取材で解説したのに、前日になって先ほどテレビ局から電話があった。何かと思ったら、

「消費者がお得に買えるような場所や店があれば教えてほしい」

という。

「いやそんなのありませんよ」

と言ったら、

「でも高い高いでは消費者の買い控えが起きてしまうかもしれませんし、生産者が直接販売する直売所や、牛肉イベントとかありませんかね?」

という。
バカを言いなさい、買い控えが起こるかどうかなんてあなたの番組だけで決まることはない。それに生産者が直接販売しているケースは非常に少ないし、あったとしてもそうそう、安かったり美味しかったりするものではない。生産者と流通業者が大変だというコメントをした僕が、その人達をさらに買い叩くようなお薦め情報を出すワケがないだろう。

「そんなお得な話しなんてありませんから」

と切った後、なんと15分後にまた電話があった!

「あの、安くと言うのではなくてですね、消費者が買いやすい場所とかですね、イベントとか、、、」

と、さっきとまったく同じことを言っているのだ。よくわかった。この人の上の人間がダメなのだ。とにかくお茶の間の主婦に耳ざわりのいいことばを、視聴率とれるような見出しを出したいために「お得に牛肉を買える情報」というのがあると言いたいのだろう。

そんなのあったらこっちが教えてほしいよ。

ということで、まともな番組なのかどうかわかりませんが、興味のある人は明日のテレ朝、朝8時からの番組をご覧下さい。