やまけんの出張食い倒れ日記

(10/22朝アップデート)「『野菜の値段の9割は中間マージン』の衝撃」という記事が書かれているが、それ、間違いです。農産物の価格形成というのは、そんなに簡単な話じゃない。

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(画像出典:http://agora-web.jp/sitepolicyより)

あー もう、論文書かなきゃいけないのに、どうしてもスルーできないトンデモ記事が拡散されているので、たまらず書くことにする。

酒井直樹という方(直接は存じません)が表題の記事を書いているのが、Facebookのタイムライン上に流れてきた。その冒頭でこんなことが書かれている。

みなさん、例えばスーパーで200円のキャベツを買ったとします。その「原価」つまり、農家の方が手にする収入はいくらかご存知ですか?ざっくりいって、20円です。つまり、180円が中抜きされています。これが、日本の今の経済社会の歪みを象徴的に表しています。(出典:http://agora-web.jp/sitepolicy

「え? 何かの間違いだろ」と思ってとコメント付きシェアをしたところ、青果業界の仲間たちから続々と「なんだこれは?」「データの誤読じゃないか」などのコメントが寄せられた。ただし、タイムラインをみると、青果流通に詳しくない一般の方々は「そうなのか、これはひどい」というような反応をしている。

これはいかん!と思い、書きます。

野菜の店頭小売価格のうち9割が中間マージンで、生産者には1割しか支払われていないという話しは、いったいどこからそんな数字が出てくるのだろうか。もちろん、青果物は多岐にわたる品目と、北から南まで多くの産地があり、それを扱う中間流通や小売業者も多々いるので、局所的にはそういったひどい話しもあるだろう。けれども、全国的にならしてみれば、そんなひどい状況なら農家はみんな辞めてるでしょう。

(ここから10月22日朝、アップデート)

良識ある青果流通関係者たちからコメントが届く中、「このひと、データの読み方を間違えてますわ」と最初に気づいたのが鈴木辰徳くん。京都大学の農学部・大学院で稲の研究をしていたバリバリの農学畑出身者。大田市場の東一に内定していたにもかかわらず、2000年当時に僕が在籍していた農産物のBtoB取引のプラットフォーム事業を立ち上げようとした会社に入ってきてくれ、生産者と農協組織を小売事業者たちと繋ぐ取引仲介をガッチリやってのけた。その後、青果流通に携わる仕事をいくつかした後に函館で八百屋「すず辰」を立ち上げたという男だ。

鈴木辰徳本人からの許可を得て下記、引用します。

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とあるウェブ上の論考で、タイトルに『「野菜の値段の9割は中間マージン」の衝撃』とあったのですが、青果の流通業界にいる身として、「えっ、本当?? どっからそんな数字が出てくるの?!」といった感じだったのです。コンサル会社マッキンゼーの資料が元になっているというので、元資料をザーッと見てみました。そこで見つけたのが以下の、

『サプライチェーンにおける中間業者のコストは、生産額の約9割にも上る』

『加工用や外食向け以外で、直接、消費者に販売される生鮮食品の生産・輸入額は 3.1兆円だ。驚く べきことに、それに対して実に2.8 兆円の流通マージンが上乗せされている。これらは、主に卸市場 における手数料や配送にかかっている費用である。日本の農業全体に非効率を引き起こしている可能性があり、他国とのさらなる比較を通じて実態を知る必要がある(図表 8)。』

これ気を付けて読まないといけないのですが「 2.8 兆円の流通マージンが上乗せ」されているので、小売額は3.1+ 2.8= 5.9兆円なんです。なので、生産額を100とすると、90の流通マージンが上乗せなので、小売額は190。「スーパーで200円のキャベツのうち、農家さんの手取りは20円でなく約105円」が正解です。200円のうちの20円と、200円のうちの105円では全然違います。

きっと「日本の青果物流通は非効率的で、いろいろ改革しないとしょうがない!」という思い込みが先にあって、ふと見た資料を自分にいいように勝手に変換(間違って理解)して偉そうに論評。。。困ったもんです。そして、そんなでたらめな話が、業界のことを知らないけど影響力のある人が安易に拡散してしまう現代社会。元データを見直す大切さを改めて感じました。

(出典:週刊 すず辰(第362号) ここからダウンロードできます。)

な、なんとぉ~!

(アップデート箇所、ここまで)

まず、彼が文中で指摘している酒井さんが参照したデータというのは、マッキンゼーが日本の農業ビジネスについて書いたレポートの下記部分だ。

「サプライチェーンにおける中間業者のコストは、生産額の約 9 割にも上る」

加工用や外食向け以外で、直接、消費者に販売される生鮮食品の生産・輸入額は3.1 兆円だ。驚くべきことに、それに対して実に2.8 兆円の流通マージンが上乗せされている。これらは、主に卸市場における手数料や配送にかかっている費用である。

えーと、これを読んでどう思うだろうか。マッキンゼーはちゃんと原文に「流通マージンが上乗せ」と書いている。そのマッキンゼーが引用している図を観てみよう。

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(出典:マッキンゼーのレポート https://www.mckinsey.com/~/media/mckinsey/featured%20insights/asia%20pacific/strengthening%20japanese%20agriculture%20to%20maximize%20global%20reach/empowering-japanese-agriculture-report-ja.ashx

酒井さんはこれをみて、3.1兆円が消費額で、そのうちの2.8兆円が中間マージンなんだ!という勘違いをしているのではないか。本当のことは、よーくこの図をみればわかるのだが、生産費3.1兆円+流通経費2.8兆円=5.9兆円が消費額ということである。つまり、ここだけをみると、生産者は5割以上の手取りを得ているというのが、このデータの読み方としては正しい。それって、そんなに難しいことではないと思うんだけれども。

ということで、酒井さんが書いておられること、大間違いです。だからこの元記事はもう拡散するなー

あとこの方の「中抜き」という言葉の使い方にも違和感がある。通常、中間流通をすっ飛ばすことを「中抜き」と言うのであって「中間流通が180円を中抜きする」という言い方はしない。それじゃ使い方が逆というか、変な話になる。

ま、気持ちはわかります。農業が衰退していく中、既存の流通システムの悪弊にその原因があるんだ!と言いたいんですよね。もちろん既存流通にも問題はあるんだけれども、少なくとも冒頭のエピソードは明らかに間違ってます。

で、実際にはどうなのかということは、農林水産省が毎年調査をしている「食品流通段階別価格形成調査」をみるのがよい。

■食品流通段階別価格形成調査
http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/syokuhin_kakaku/

この資料は、僕が非常勤講師を務める日大で、学生に流通段階の価格形成について講義する際にも使っているものだ。

生産者の出荷価格については生鮮野菜の主要16品目を対象に、全国の経営体、それも農協系統へ出荷する農家だけではなく、小売業者や消費者へ直接販売する農家も含めて28,932件の調査をしている。生産者以降は、集出荷団体(JAや独立系出荷団体など)が320件、卸売市場の卸売業者などの集荷事業者19,19件、仲卸業者100件、小売事業者1,334件。

これほど大規模なデータを元にした調査は他にはない。農水のデータはなにか陰謀が仕組まれているはずだ!という人もいるかもしれないけど、いやいや、それじゃ根拠となるデータはどこにも無いことになりますよ。

さて、そこで明らかになっているのは、下図の状況だ。

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調査によれば、主要青果物16品目の生産者受取価格は、小売価格を100円としたら47.5円です。集出荷団体から卸・仲卸までの中間流通が3割程度。そして、小売が20%とっているという構造になっている。品目別に観たらどうなの、とかそういうのは農水の調査の概要をまとめた報告書を見て下さい。それ以外にもかなり興味深い数字が載っています。

というわけで、この記事で明確にしたいのは、酒井さんの元記事は間違ってますよ、ということでした。

ちなみに、勘違いして欲しくないのだけれども、上記の生産者受取価格で生産者がちゃんと利益が出ているかどうか、という問題は、また別です。だって上記は単なる手取り額であって、実際にはそこから生産費がいくらかかって、、、という計算をしなければならない。農水省の他調査で生産費調査もあるのだけれども、ここではそれは引用しません。

多くの野菜の生産者は家族労働で生産を維持させているけれども、その家族全員分の労賃を考えたら、赤字となっているところが非常に多いのが現状。それは日本農業の大問題だ。

ただし、その大問題の根源となっているのが「農協の搾取だ!」とか「中間流通の搾取だ!」とか「小売業者の横暴だ!」といいたい人が多いのだけれども、それぞれ、少しずつ違うと思う。

中間流通の手数料を「高い!」と言う人も多いんだけど、少なくとも卸売市場の卸売業者って5%しかとれてないんですよ。儲かるわけないじゃん。あと仲卸の10%は多すぎって言う人は、仲卸がやってる仕事量と、出荷者への支払サイトは1週間以内で、スーパーからの入金は1ヶ月以上先という、代金決済機能を軽視している。

小売業者の20%は、、、うーん 俺はあんまり小売側には立ちたくないんだけど、彼らはモンスター消費者の矢面に立ってますからね。いろんなリスクと、競合スーパーのみならずディスカウントストアやドラッグストアと消耗戦をしていることを考えると、仕方ないかと思う。

問題の根源は、僕がずっと前から言ってるとおり、消費者が日本の農産物を安くしか買わないことでしょう。また、末端価格を形成する小売事業者や外食事業者などが、消費者の安値マインドに対応しすぎて、安価な食を実現させてしまっているからでしょう。消費者の利得を重視することを目指すならば、その分、生産者には再生産可能となる利益を手にできるよう、社会的な枠組みでサポートしなければならない。実際、ヨーロッパや北米では日本より多額の直接支払を行っている。

いっぽう、日本ではそうした直接支払いを行う品目や要件に偏りがあったりして、生産者の多くが不公平感を抱いている。それ以前に、なぜか社会全体で「補助金は悪」みたいな言い方をする人が多い。

これらの問題はとてもではないが一記事で書ききれるものではない、複雑なものなのだということでした。いろいろまとまってないエントリで恐縮ですが、ここではこれ以上は書きませ~ん。

そんなことより、まっとうな野菜の消費のためにも、ぜひ函館の八百屋「すず辰」で買い物してやって下さい。よろしく。