やまけんの出張食い倒れ日記

岩手を巡る旅 陸前高田編・八木澤商店の本当に真摯な醤油づくりの現場を観た!後編


さて 八木澤商店は醤油メーカであると同時に、漬物メーカでもある。
そして、、、これが究極の姿といえるのだが、漬物原料を自分で生産する農業経営体でもあるのだ!

「うちはね、自分たちで自根キュウリを栽培してるんです。おそらくこの辺一帯でうちが一番大きな生産者、っていうか、みんなやらなくなっちゃったのよねぇ、、、」


自根キュウリとは、読んで字のごとく自分の根で育つキュウリのことだ。

「え? 作物はみな自分の根で育つのではないの?」

と驚かれるかもしれないが、多くの果菜類は接ぎ木栽培といって、強い作物の台座に接ぎ木をして育てることが多い。キュウリの場合は台木となるのはカボチャ類だ。なぜそんなことをするのかというと、カボチャは耐病性が強く、吸水力も旺盛なため、キュウリの自根で育てるよりも栽培がしやすいのである。

しかし、カボチャはカボチャ。自根で栽培しないことで弊害もある。それは、端的に言うと味が悪いということだ。その理由はブルームにある。キュウリの表面に白い粉を吹くことをブルームという。これを農薬などと勘違いした消費者が多かったことから、ブルームを吹かないツヤツヤしたブルームレスキュウリが主流となった。ブルームレスは、台木の選定によっても可能になった。

しかしブルームを吹かないキュウリは、皮がギシッと硬くなり水分の蒸散を押さえる構造になる。そうなると、皮は硬く果肉は柔らかいという状態になる。これを漬物にすると、硬い皮に歯が入った途端に、中はヤワヤワなのでグニッという歯ごたえになってしまう。これが今日のキュウリの漬物だ。

しかしブルームキュウリは、ブルームが水分の蒸散を押さえるため、表皮は比較的柔らかく育つ。このため内部の果肉との硬度差が少なくなり、塩に漬けた時も浸透圧が均等にかかり、キュウリの全域に「パリッ」という心地よい歯触りを感じることができるのだ。素人考えでは皮が硬い方が歯触りがよさそうに思えるが、違うのである。

そういうことから自根栽培したキュウリが旨いというのは、農家なら誰でも知っていることなのだけど、栽培の安定度、流通上の問題から廃れてしまった。

しかしこの八木澤商店では「やっぱり自根キュウリじゃないとダメだ!」という結論になり、しかし作ってくれる農家さんがあまりいないものだから、「自分でも作るしかない!」という道を選択したのだ!

「ほら、漬物工場の周りにもできるだけ畑を確保してるんですよ!」


この時はまだ冬まっさなかだったので栽培はもちろん行われていなかったのだが、夏の最盛期には蔵人総出で農作業をするのだろうか。富士酢の飯尾醸造が、稲の栽培時期には蔵人総出で作業するのだけど、その風景が眼前と重なった。


漬物担当の方に工場内を案内していただく。

「もう自根キュウリの人気がすごくて、供給が全く追いつきません!今年ももう2トンくらいしか塩蔵の在庫がないんですよ、、、」

と、塩蔵している槽をみせていただいたが、広い工場の隅に申し訳程度に積まれているのが在庫の全てと言うことだった。うーむ すぐに無くなっちゃいそうだ。

売れるならば周りの農家さんも作ればいいのに、と思われるかもしれないが、農産物は収穫できたぶんしかお金にならない。つまり病気や害虫の発生で収穫ができなかったものに対する保証はないのだ。接ぎ木栽培をすれば、技術が確立されているので収穫が無くなるということはない。しかし、自根栽培には非常に高いリスクがつきまとう。農家にしてみればゼロになってしまう可能性は採れないのである。

しかし、結果的に自力で栽培している八木澤商店は素晴らしい。だって有機・特別栽培農産物の自主規格であるRADIXの会長をしていたくらいなのだから、栽培方法は農薬を使用せず、有機質肥料のみを用いているはずである。だからこそ土壌が健全に機能し、自根キュウリでも栽培が上手くいくよな技術を確立しているのだろうと夢想する。

ちなみに工場の排水施設で面白いものを見せていただいた。

「うちは自然環境にインパクトを与えるような排水をしたくないので、ちょっと面白い浄化の仕組みを使ってるんです。この分野の権威といえる先生がいらっしゃったときに相談したら、「いい方法があるぞ」と教えていただいたんですが、、、」

この、何の変哲もないタンク、はしごを登って上から見てびっくりした!

「おおっタンクの中に貝殻がビッシリ!」

そう、この大量の貝殻の凹凸内に、これまた大量の微生物が付着して生息している。汚水を通すと、その微生物が有機物を分解し浄化してくれるのである。

この浄化槽が第一、第二、第三、、、と複数繋がっており、通す毎に浄化できるのである。一端設備を作ってしまえば、貝殻を定期的に入れ替える手間だけで浄化ができるそうだ。いやーなるほど、この八木澤商店のこだわりを見せつけられたようである。

さてこの見学から帰った後日、河野光枝さんから「そういえば漬物を食べていただいてなかったわ。送りますね!」と、同社の漬物製品が送られてきた。

これがキュウリのしそ巻き。

塩漬けしたキュウリをしそで巻き、八木澤商店の醤油ベースのつけ汁に漬け込んであるものだ。

自根キュウリの歯触りは、先ほど書いたように、通常のブルームレスキュウリとはあまりに次元の違う歯ごたえだ。

「カリッ ポリッ」

という当たり前な擬音でしか表現できないのがもの悲しいが、歯に伝わるバイブレーションが快楽ですらあるのだ!

味わいはあくまで綺麗な醤油味。要らぬ旨みは一切無く、これが本当の漬物というべきだろう。大変に美味しい!これらの製品はすべて八木澤商店のWebで購買可能だ。本物の凄みをぜひお試しいただきたいと思う。

■八木澤商店のホームページ!
http://www.yagisawa-s.co.jp/syohin/syoyu/index.html

さてお次は酒造である!

「もう余り時間がないけど、うちは酒蔵もやってるんですよ。ちらっと観ていってください!」

と河野社長の弟さんである河野正義さんがご案内下さる。

蔵の屋号は「酔仙」。酔仙酒造株式会社である。

「はい、このお酒は持って帰ってね」

といただいたのが、酒米として陸前高田産の「ひとめぼれ」、しかも減農薬無化学肥料栽培のもののみを使用した純米酒「多賀多」である。

ひとめぼれは飯米、つまり酒米ではない食用の米だ。飯米で醸した酒で「旨いなぁ」と手放しで言えた酒があまりないのだが、この多賀多には酒にコシがあって、とても美味しいものだった。もちろんビシッと燗に合う酒だ。

この日はもうだいたい仕込みの終盤戦で、しかも休日だったため操業していなかったのだが、なかを一通りみせていただいた。

正義さんは、社長の和義さんと兄弟とはとても思えない(笑)柔らかい人当たりの方だったのが印象的だ。


もろみを見せていただくと、ふんわりとした甘やかな香り、しかし甘すぎない腰の据わった太さのある吟醸香がした。こりゃ、絶対に旨いよね!

すっごい駆け足だったが、八木澤商店と酔仙酒造という二つの醸造現場を見せていただき、やっぱり醗酵技術を司っていた人たちには独特の匂いがあるなぁ、と思ったのだ。それは、単に免許を取って醸造をしているというだけではなく、その地元の独特の文化を継承していく役割を果たしている、ということだ。
八木澤商店グループの人たちには、その静かで力強い自負が感じられた。

素晴らしいお仕事である!

正義さんに御礼をいい、辞する。

「さぁーて陸高も終盤戦ですよ、これから最高の牡蠣を食べに行きましょう!」