やまけんの出張食い倒れ日記

中ヨークシャーをめぐる冒険家達! 豚肉はまさに戦国時代だ!

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中ヨークシャーというのは、豚の品種だ。牛に黒毛やアンガス、あか牛に短角牛などがあるように、豚にも様々な品種がある。世界中で肉豚として育てられているほとんどが多元交配豚。といっても多元交配という品種があるわけではない。純粋種と呼ばれる単一の血統の豚を掛け合わせて、それぞれのよい特性を持つ子を得るというものだ。

最もポピュラーな掛け合わせがLWDというものだ。

Lはランドレース種
Wは大ヨークシャー種
Dはデュロック種

まずLのメスにWの精液を人工授精する。そこから生まれた子供はLとWのよい特質を受け継ぐ交配豚になる。豚の場合はメス:オスの順番で表記するので、LWと呼ぶ。

このLWのメスに、Dの精液をつける。そうすると、LWDとなる。これが、世界中で最も経済性と品質が釣り合った品種だと言われている。

LWDが「一番旨い」とかそういうことじゃない。まず経済性というのは、養豚を行う生産者や販売業者にとっての経済性という意味だ。豚肉を買う消費者が販売時に受け入れられる価格が、生産やと畜、流通、販売をする人達にとって見合うかどうかということを突き詰めたときに、最も合理性が高いというのがLWDということである。

この合理性というのが、一般の人にはちょっとわかりにくいと思う。おそらく消費者としては「よくわからないけど、ぜーんぶ「黒豚」とか「あぐー」とか「イベリコ」とかにしちゃえばいいんじゃない?」と思うだろう。けれどもそうはいかない。ああいう確固としたブランドを有する豚の多くは、経済合理性からいうとかなり成り立ちにくい資質を持っているのだ。

例えば、沖縄の在来豚であるあぐーは、LWDに比べると非常に小型でしかも脂が多い。つまり精肉になる歩留まりが非常に低いということだ。ヘタをすれば2/3位は脂ということも珍しくない。

昔々は、動物性の油脂が非常に高価だったので、みなラードを採るために脂が分厚くなる品種を飼っていたし、血統もそうしたものばかり選抜していた(そういう豚をラードタイプという)。あぐーは脂も滑らかで融点が低く鳴りやすく、肉の部分もとても美味しい豚だけれども、100gあたりの単価をとんでもなく高くしないと釣り合わないのである。黒豚やイベリコはまた性質が違うけれども、飼うコストが高くついたりするので、やはり高くしなければ釣り合わない。

誤解を恐れずに言ってしまうと、美味しい豚というのは、作ろうと思えば作れるのだ。しかし重要なのは飼育時のコストに利益をのせて売ろうした値段が消費者に受け入れられるかどうか、の問題なのである。あぐーや黒豚、イベリコはマーケティングによって高価格が受け入れられるようになった希有な事例なのだ。

もうひとつ、品種の構成だけでは、美味しさは決まらない。僕は畜産においては、下記の公式で味が決まると考えている。

品種×餌×飼い方=味

つまり、よい品種構成をしても、餌がプアで育て方も不味ければ、佳い肉豚にはならない。その逆もまた然り。LWDという普通の掛け合わせであっても、餌と飼い方が高レベルであれば美味しくなりうる。

事実、日本には300以上の銘柄豚(「●●豚」とパッケージに表記されているもの)があると言われているけれども、その多くは普通のLWDを採用していて、餌の中身をグレードアップしたものが多いのだ。

だから、美味しい豚肉を選ぶと言うときには、品種と餌と飼い方に着目しなければならない。まあ、僕にもそんなジャッジはできないのだけれどもね。

さて、ここのところ中ヨークシャー種の復活の話題をよく耳にする。中ヨークシャーはイギリス生まれで、昭和30年代前半までは日本でもっともポピュラーだった品種だ。しかし昭和30年代後半の、日本の家畜(牛も鶏も含む)の改良が熱心に行われた時代に肉を生産する能力が高い品種が多数輸入され、中ヨークの生産は激減した。中ヨークは、肉質はよいのだけれども、脂が多く産肉能力も低いのだ。

ほんとうに日本における純粋種の中ヨークは絶滅危惧種とまで言われていたのだけれども、数年前からそれが「復活してきている」と言う話をよく耳にするようになった。それは「確かにそう言うことだなぁ」という理由で復活してきているのだ。

まず、LWD中心で経済合理性を追求してきた現在の豚肉が、合理性が高くなったゆえ、低価格化への一途を辿っているということだ。一時期のBSE騒動で豚肉価格は非常に上がったのだけど、そこから時も過ぎ、もう豚肉市場も飽和状態なのである。

そんな中、価格競争についていくことができない/または価格競争などしたくないという生産者さん達は、独自の路線を目指さざるを得ない。その独自路線の一つが「品種を選ぶ」ということだ。中ヨークは食味は非常に高く、生産自体も希少だ。高付加価値化の材料としては揃ってるじゃん、ということで取り組みが出てきたのだろうと思う。それも、全国で散発式に。おそらく現在取り組み途上のところも合わせると、再来年あたりには中ヨークの名前を沢山みかけることになるだろうな、と思う。

 

前置きが長くなりました。その中ヨークがらみで連続して二件、食べる機会があったので報告。

冒頭の写真は黒柳種豚場という、静岡県の浜松のほうにある種豚農家さん。黒柳琢生さんという。38歳だから僕の一つ下の学年だ。養豚関連の雑誌があるのだけども、そこの敏腕&キュートな編集者さんから僕の名前を聞いて、面識無しなのにいきなり電話をくれた。

「中ヨークシャーの純粋種を飼ってます。日本で一番うまい中ヨークにしようと頑張っているので、まず食べていただいて、評価をして欲しいんです」

ありがたいことにこういう依頼をよくいただく。断るはず、無し(笑) だいたい僕の実験基地である東京バルバリにて、小池シェフにお願いしていろいろと試作してもらう。今回もそうした。上京してもらい、京橋にて初対面。若くて意欲のある、実に前向きな生産者さんだった!

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とにかく熱心に豚の話をしてくれる。彼の種豚場はお父さんの代からのものだが、彼自身が本当に豚の育種に力を入れていることが伝わってきた。

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ちなみに、彼の中ヨークもいいと思うけれども、本業であるデュロックの種豚の成績が実にすごい。聞いてみたら、かなり有名なブランド豚の生産者に、種豚を供給しているではないか。ちょっとビックリしてしまった。

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「でも、個人的には中ヨークで頑張りたいんです!

中ヨークシャーの系統は、私が知っていて現存しているものだけで10系統以上はあると思います。国内でもいろんな方が飼育されていますが、純粋種を肉豚として出荷する方は非常に少ないと思います。中ヨークを他の経済性の高い品種とかけ合わせた、交配豚の流通がほとんどではないでしょうか。

私の考えでは豚肉の場合、遺伝形質50%、飼料25%、豚の健康度20%、飼育管理5%位の割合で味が左右するのではないかと思っています。また中ヨークも品種の特性は共通して持ち合わせていても、肉として美味しい系統もあればそうでないものもあります。そして人の味覚も様々ですから、単に中ヨークといっても評価も難しいですし、何でも中ヨークが入っていれば差別化できるとは限らないと思います。

飼育頭数は少ないですけど豚にかける情熱・愛情・探究心は誰にも負けたくないと思っているんです!」

いいね! その勢い!

で、僕も彼の豚肉を始めてていただくのだけれども、小池スペシャルコースの始まりだ。

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肩ロース肉と脂のミンチを使ったパテ・ド・カンパーニュ。肩肉は匂いが残りやすいけれども、臭みゼロ。脂の舌触りもいい。

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小池君によれば、最近よくある淡麗系の豚肉より若干脂の融点が高め。でもきめの細かい、くどさのない脂で好感もてるということだった。

今回は内臓肉もドカンと送ってくれた。そのレバーパテ。

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豚レバーは生育のコンディションによって匂いが強くなったりするけれども、これは実に純な風味。ネットリ美味しい。

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高得点です。飼い方がよいのだね。

さて、フレンチの内臓料理の究極といえばこれでしょう、アンデュイエット!

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豚の腸に、豚の内臓を詰めたもの。フランスで以前いただいたことがあるのは、くっさーくてちょっとすごかった。けど、小池スペシャルのこの中ヨークアンデュイエットは、クセもそれほどなく食べやすい。

「いや、実はかなり匂いを抜きました。来たままの状態の内臓はちょっと匂いが強かったです。ただ、匂いがあるのと臭いのとは違う。この中ヨークは野性的な血が残っているのではないか、その豚らしい匂いなのだと思います。句作はありません」

ということ。

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バルバリは肉にコアな趣味をもつ人ばかりではなく一般のお客さんが中心だから、匂いをギリギリまで落とし、でも味があるという一線を目指さざるを得ない。それにしてもこのアンデュイエット、旨いよ。匂い消しだろうがニラが敷いてあって、それをあわせると絶妙。

さて、メインだ!

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手前がロースで、奥が肩ロース。この時点で肩ロースの深みのある赤色が樹になるね。どちらも分厚い脂肪層がついているところが中ヨークのポイント。脂の表面側はカリッと仕上げて、内部はトロリとしている。基本的には低温調理的な質感。

ロース肉をいただいての感想だが、肉の締まりはいい。繊維のきめの細かさも実に高いれべる。脂は融点が少し高めと言うことだが、そのおかげか独特のさくさく、るりるり、とした食感がある。脂好きには堪らない味だと思う。肉の味は淡麗。黒柳君は淡麗系の豚に育てていきたいそうなので、その狙い通りの味はきちんと出ている。僕はもう最近、淡麗系の豚に飽きているので物足りないけどね。

しかし、奥にある肩ロースを一口食べてビックリ。風味がとても濃く、細くきめ細かい筋繊維のおりなす心地よい食感と相まって、極めて佳い!

「じつは肩ロースは脂の美味しくなる加熱タイミングと肉のそれとが微妙に違うので、ローストでは難しい。それで、ブレゼにしました。」

と小池君。細かな火入れをしただけの成果ががちっと出ているではないか。

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いやー 断然、肩ですな。

「はい、僕自身、豚肉はロースやバラなどの、身体の内側の部位はそれほど好きじゃないんです。豚らしさが出るのは端っこの部位ですから、そちらを味わって欲しいなと思っているんです」

実はこの中ヨーク、肉豚としては非常に長い320日間の肥育をしているという。通常のLWDは270日前後だから、それに比べて味が乗るのは当然だ。しかしそれだけ飼うと、応分のえさ代がかかるから、諸刃の剣となる。今後この辺を何とかしていかなければならないわけだ。

小池スペシャルはまだ終わってなかった!カツカレー、、、(汗)

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小池君いわく、「これくらいの薄さでしっかり熱をいれて脱水して食べるのが、この豚の一番美味しい食べ方かも知れませんね」とのこと。うん、そうかもしれないな。

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「個人的には、肉が届いて少し試食した時、なんだか久しぶりに肉っぽさの強い、匂いのある豚だと思いました。けど、今日料理をしてみたら、熟成のせいかもしれませんが、しっとり淡麗系の特質ももっているとは思いました。なかなか面白いですね。あとは価格とのバランスだと思います」

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まったくもってそう言うことだと思う。最終的にはお客さんが得る満足度と価格とのバランスが釣り合っているかどうか、に帰着する。

淡麗系の豚、つまり「脂がすぐ溶けてくどくないんです」とか「しゃぶしゃぶにしてもアクが出ない、透明感のある味なんです」というのが最近の銘柄豚の特色だ。全国、どこの試験場にいっても同じようなフレーズが多々出てくる。

けど、そういうのが多くなってくるということは、同じジャンルの豚は個性を出しにくくなるということでもある。そう言う意味では、淡麗系を狙おうとしている黒柳君の中ヨークは、いろいろと超えていかなければならないハードルがいくつかあるように思う。

けど、肩ロースの旨さはちょっとビックリした。中ヨークならではの脂の旨さも実によくわかった。なによりこれは中ヨークの純粋種なのだ。ラッキーであった。

できれば、デュロック種の販売でガンガン金を稼いで、中ヨークは趣味と割り切って無茶苦茶に高品質、一頭10万円で売れるようなのを目指す。当然、頭数は少なくなるけど、高級店に「それでもいいからくれ」といわせる位のものを目指したらどうかな、と勝手ながら言葉をかけた。

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中ヨークを巡る冒険者、黒柳君の今後の活躍に期待。近いうちに、豚舎を見せてもらいに行こうと思う。

なお、今週中くらいなら、東京バルバリで同じ料理が食べられる、かもしれない。電話等で確認してみてください。

そして冒険者は、愛媛県にもいたのである。(続く)