やまけんの出張食い倒れ日記

東京宝山が30日間吊し熟成した、黒毛和牛の経産6.8歳、ほとんど牧草と乾草を食べてきた牛のサーロインを食べる。まず、処女牛よりも年を経た経産牛のほうが段違いに美味しいのだということと、吊るし熟成の巧みさ、そしてなにより血統は最後まで「らしさ」を発揮するということ。

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東京宝山という会社は、もともと親会社が肉牛向けの飼料を販売する会社なのだが、その東京事務所は牛好きな荻澤ちゃんというチャーミングな女性が社長となり、ほかにない独自路線を追求する「牛肉企業」だ。

近年、代表的な短角和牛の産地である岩泉・山形町・二戸をさしおいて、もしかするともっとも「短角らしい肉質」と評価されているかもしれない、久慈市の田村牧場の肉を一手に販売するのもここ。だが、短角専門ではなくて、むしろ黒毛がご専門の商社である。

その荻澤ちゃんから、出物があると連絡をいただくようになっているのだが(ありがとう!)、今回は実に興味深い牛があるという。

 

今日、黒毛経産の兵庫系、毎年夏は放牧されてて、再肥育していないほぼ草で生きてきた牛、1カ月枝で枯らした6-7歳の子を●●●●さんで骨抜きしますが、それ、ちょっと小さいのに力が強くて面白いんです、もしご興味あれば、サーロインのところとかちょっと厚めにカットしてきますが、いかがですか?

いやそりゃ一も二もなく食べたいですよ! ちなみに東京宝山は、芝浦市場での買参権や冷蔵設備を持たないので、取引関係にある企業に競り落としてもらい、熟成をその牛に適した設備と技術を持っているところでやってもらっている。

その後、熟成が終わったあたりでこんな感じ。

今回の子は1カ月吊るしてるのに変色のなさにびっくりで●●●●さんの中でもちょっと話題になってました。
たぶん、草、なんでしょうね。本当、小さいくせに、松坂とか近江に挟まれても堂々としてる姿が印象的でした。興味深いお肉だと思います。

おいおいマジで旨そうじゃないか!早く食べたーい! と、手元に送られてきたのがこんな牛さんの肉だ。

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※真空パックのままぬるま湯につけて芯温をすこし上げた状態なので、サシが消えてしまってます。

牛さんのお名前:なぎさ
・21年生まれの6.8歳、福安照ー平茂勝ー北国7の8
・1歳になってからは毎年夏の間(5月~10月)は、山に上がり、放牧。
・4月に最後の子を産んだばかりで、再肥育なしなので、生きてきた期間ずっと、ほぼ牧草・乾草を食べて育っている。
・岩手県八幡平の繁殖農家さんが自家産で生まれた子をずっと母牛として飼っていて、去年の11月に離農する際、雫石の中屋敷さんが引き取って飼っていた子。
・いわちくで枝肉になってから、芝浦に運び、その後、熟成業者さんで枝肉で約1か月間吊るし熟成。

素晴らしいね、、、まず脂の色を観て欲しいが、牧草と乾草を中心にたべてきたことから、草のカロテンが脂肪中に移行し、黄色みがかかっている。この状態で通常の競売にかけられれば、確実に「低級品」として安値にされてしまう。

日本の肉牛業界では、いまだに不文律のように「脂は白いのがよい」とされている。理由としてよく言われるのが「グラス臭がする」というものだが、実際にはグラス臭なる匂いがする個体ばかりではない。だいいち僕はその「グラス臭」といわれるものが、牧草や乾草といった”グラス”によって引き起こされるものではないんでないかい?と思っている。

だって、これまで僕が関与し食べてきた、グラスばっかり食べている牛の個体で、その「グラス臭」なる不快な匂いがするものにあたったことがほとんど無いからだ。

だからお肉の教科書的な特集記事や本に堂々と「脂は純白に近い方がいい」と書かれているのをみると、ほんとうに腹立たしいと思ってしまう。純白なサシにしたければ麦系の餌を多めに与えればよいが、そうなると今度はギンッと角の立った強い脂になり、あまり日本人の好みと合わない味になっていくと感じている。でも、白いのがいいという人が多ければ、農家だってそうしてしまうものだろう。

さて、ではこの草ばっかり食べてきた経産牛、いかがなものか。

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焼いて食べてみたが、いやほんとうに美味しいね!

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吊るし熟成というのは、日本で昔から行われてきた、真空パックをせずに、空気の対流があまり強くない冷蔵庫に吊した状態でじんわり水分を飛ばしていく熟成方法だ。黒毛和牛は他品種に比べてサシが多い、ということは水分が比較的少ない。そこにNYのドライエイジングのように風をバンバンあてると、どうも美味しい肉になりにくい。

また黒毛和牛は乳用種などと比べ風味が強いので、カビをつけて風味を濃くしなくても本来的な味があって美味しい。だから、吊るし熟成ではカビは結果的に生えているかな、ということであり、積極的にカビづけをすることはない。

ただし、含気熟成(空気に触れさせた熟成)をすることで、特徴的な牛の熟成香がほどよく発生する。その強さは熟成期間によって増減するわけだ。

今回のなぎさちゃんだが、「やっぱり黒毛ってすごいなあ」という感想を抱いた。というのは、草ばっかり食べていた(もちろん配合もゼロではないだろう)にも関わらず、脂の味わいは黒毛そのものなのである。どちらかというと、平茂勝のギラつきを感じる。あまり個人的にすきな脂質ではない。

けれども全体的にはその欠点よりも、経産牛らしい肉の奥深いうま味が前面に出てきている。6.8歳って、フランスのシャロレーの特級品で出てくるものと同等だろう。赤身部分にはビーフシチューのような香りが蓄積されている。

牛は、長く生きてくると体内の水素添加能力が落ち、融点が下がることもあるそうだ。そのおかげもあってか、サシのギラつきが抑えられていることもあるだろう。もし再肥育(子を産んだ後、数ヶ月間ふとらせるための餌を与えること)をかけたら、経産とは思えないほど強いサシが入ってしまったことだろう。

面白かったのは、うちの妻は「やっぱり黒毛だ、強すぎる~」と敬遠気味だったことだ。吊るし熟成は赤身部分のうま味と香り、柔らかさを増すが、サシの脂質の改善に関してはドライエイジングよりも寄与しないようだ。まあ、この辺は好みでしょうね。

それにしても、経産牛が美味しいという評価を得ることは今の日本においては重要なことだ。そもそもいまは、全国的に牛の個体が足りないので、経産牛は「結果的に」引き合いが多くなっている。けど、そんなケガの功名のようなものではなくて、もともと経産牛は美味しいものなのだ。

2007年に自分の牛を得たときに、自分なりの目標として「赤身・熟成・経産」の三つのキーワードが美味しさとして認知される世界をつくるぞ、というのを建てた。赤身と熟成は時流もあってか、根付きそうだ。あとは経産牛の本当の価値をもっと世の中に正統に根付かせないといけない、と思っている。

ともあれ、こんな変態チックな肉を食べたいならば、東京宝山という会社に要注目だ。ただし業務向けの販売が普通なので、「300gちょうだい」みたいなみみっちい注文はしないこと。