やまけんの出張食い倒れ日記

アメリカやオーストラリアのWagyu生産者は、なにがなんでも100%ピュアな和牛を生産したいわけじゃない。自分達の牛に和牛の性質が備わり適度な霜降り肉になることを望んでいる。それが示すのは、和牛より食べて美味しい牛ができると言うことかもしれない。

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上の写真は、全米Wagyu協会(AWA)の年次総会がクローズした翌日、テキサスで有名なステーキハウスで、本物の神戸ビーフとアメリカ人が生産したWagyuの食べ比べをしたものだ。ここでアメリカ産のWagyuを食べて、僕は考え込んでしまった。

アメリカ産Wagyuの方は、和牛100%ではなく、アンガスと掛け合わせたF1である。アメリカやオーストラリアでは100%和牛遺伝子でなくとも、Wagyuシリーズの一つ(イベリコ豚のグレードみたいなものと考えればいいだろう)としてF1やF2を位置づけている。

「そんなの和牛でもなんでもない!」

というのが日本の和牛関係者の態度だと思うし、僕もこれまでは同様に感じていた。武田さんが1990年代に輸出して以降、日本は法的に輸出ができないよう措置をしたので、これ以上和牛の遺伝資源が外国に出ることは、基本的には難しい。そうなれば、いま海外にある遺伝資源はいずれ、近交係数が上がり(だんだんと近親交配が甚だしくなり支障を来す)、いずれは破綻するだろうという風に関係者は安堵していると思う。

100%の和牛こそが和牛なのであって、F1やF2を生み出したって価値が低い。そう、多くの日本の畜産関係者は思っているのではないか。

でも、そんなことは海外の人達にはあまり関係が無いのかもしれない。というのも、彼らにとって重要なのは「霜降り度合いが高くなる和牛と、アンガスやシャロレー、ホルスタインなどを交配させることによって、これまでよりも改良された肉質の牛ができる」ということだ、と僕は感じたのだ。

そしてそれこそが、日本が脅威に思うべきことなのではないかと思いウーンとなってしまったのだ。

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上の写真の手前側の山が、今回の旅で友人となったケビン(二つ前のエントリのケビンとは別のケビンだ)の生産した肉で、和牛とアンガスのF1である。奥にあるのが本物の神戸ビーフを、ロースの部分肉をチルドでアメリカに輸入したものだ。どちらも店にある熟成庫内でドライエイジド(すばらしい技術だった!)で熟成させたものである。

どちらが美味しかったか。じつを言うと驚いたことに、神戸ビーフもとても美味しかった。というより、美味しくなっていた。さすが本場アメリカのドライエイジング技術は高い!この店のオーナーはNYで修行していた人なので、熟成のイロハを熟知していたのだ。日本から輸出された、証明書付きの神戸ビーフをドライエイジングしたものは、特有の香りがブンブンとついており、脂肪融点も明らかに低くなっており、日本で食べるよりも美味しく処置されていた(笑)

でも、その手前にあるアメリカ産Wagyuを食べて、僕は唸ってしまった。そこには、おそらくアメリカ人がとても美味しいと思うエッセンスが詰め込まれていたのだ。アメリカンビーフの格付最上位であるプライムグレードよりも少し上の霜降り度合い、サシの風味はアメリカのお家芸であるコーンフェッドによってもたらされたものだ。ただ、日本との違いはその赤身の美味しさにある。

日本で2007年以降に赤身肉ブームが来てからというものの、あきらかに赤身度の低い黒毛和牛のA4やA5の肉であっても「赤身が美味しい」という欺瞞的なことを言うようになった。ビタミンコントロールの弊害なのか、もしくはサシ重視の育種選抜による弊害なのかはわからないが、「どこに赤身の味があるんだ」と戸惑うばかりに赤身の味わい、フレーバーがなくなった牛肉が多くなった。

ところがアメリカ産Wagyuには赤身の美味しさがしっかりと感じられた。それもそのはずだ。このWagyuを生産したケビンに尋ねたところ、子牛時代は母牛と一緒に放牧に出し、お乳と草としっかりと食べさせている。そこでしっかり赤身肉の根幹を作っておいて、肥育の中・後期に集中的にコーン主体の配合飼料を与えることでサシを入れる。

そして、重要なことだが、ビタミンコントロールは一切しない。A5の見た目を追う必要が無いからだ。

こうしてできた50%Wagyuの肉は、適度なサシが入り、通常のUSビーフ以上の柔らかさがありながらも、赤身の味わいがしっかりとある肉なのだ。さきの神戸ビーフも悪くはなかったが、一切れ以上は食べられない、というか食べたくない。

ところがこのアメリカWagyuは、一切れ、二切れ、三切れと食べ進んでしまった。Wagyuかどうかなんて関係なく、とても美味しい肉である。

ここでもっとも重要なのは、世界ではどちらの肉の方が好まれるかという観点である。さあ、どちらなのでしょうね?

日本が格付重視の牛作りをしている間に、世界では味わい重視の牛が作られている。日本産和牛が輸出され間もない現在は、「日本の和牛だってさ!」と珍しがられ、最上級と位置づけておいてくれる店もある。

でも、しばらく経って「食べて美味しいのはこっちかもね」と、アメリカ産Wagyuやオーストラリア産Wagyuが選ばれていく可能性があるような気がするのだ。現に、マレーシアの高級百貨店の肉売場でバイヤーにインタビューをしたとき、彼は「日本産和牛は僕らにはちょっとヘビーすぎる」と肩をすくめていた。ブームが去った後、和牛とWagyuどちらが選ばれるだろうか。

日本では、ちょうどここ2~3年が、最も高い子牛価格の時代の牛が肉牛として出荷されているタイミングだ。ここをすりぬけると、徐々に子牛価格が下がっていき、肥育農家も一息つける状況になるかもしれない。ただ、同時に繁殖農家の離農が進んでおり、供給される子牛が少ないため、子牛の高価格が維持される可能性も高く、予断を許さない。

でも、そろそろ霜降り重視だけではなく、黒毛和牛の全体的な味わいを高める施策を打っていかないと、世界から本物の和牛が見放される時代が来てしまうのではないかと思う。

最後にはっきり言うが、明らかにアメリカWagyuの方が旨かった。多くの日本人がそう思うはずの味わいでしたね。

この話題、まだ続きます。