やまけんの出張食い倒れ日記

完結・食料自給率(カロリーベース)が過去最低の37%に、というニュースをどうみるか。「率」ではなく「食料自給力」を確認する。

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※本稿は2015年に発刊したメルマガの内容を一部手直しして掲載するものです。当時の状況・数字のまま書いていますので、ご了承下さい。

これまで述べたとおり、簡単に言えば食料自給率は「現状の日本人が食べている結果の数字」である。もっといえば「消費者の欲望が反映された結果の数字」といっていい。「自給率が向上するような食生活をしよう」などと考えて食事を採っている消費者はごく少数だと思われ、ほとんどの人が食べたいものを選択している。

一方、戦後からいまに至るまで食生活は洋風化が進んでいる。それは日本では生産しにくい動物性タンパク質や油脂類、麦類などが多量に消費されるスタイルだ。従って消費者が食べたい洋風化された食卓を選択する限り、自給率は向上するはずがない。だから、近い将来に自給率を50%に向上しようと目標を立てても、実現は難しい。「自給率向上のため、洋風な食生活をやめなさい」と国民に強いることができない限り達成できない。食料自給率向上は絵に描いた餅なのである。

だから、それに変わるものとして

「海外からの食料輸入がなんらかの理由で寸断されたとして、日本で農地に転用できる土地をフルに稼働させた場合、どの程度のカロリーをまかなうことができるか」

ということを試算してみよう。それが食料自給力指標なのである。消費者が好き勝手に食べるのではなく、作りやすさとカロリーを優先し、最低限度の食生活で頑張るという前提のもとで、どの程度まかなうことができるのかということである。これこそが新の意味での日本の食の「実力」といってよいかもしれない。

さて実際に指標を観ていこう。


■平成25年度の食料自給力指標を読み解く

食料自給率は「39%」というように具体的な数字がパキッと出てくるのだが、食料自給力については「指標」なので、提示の仕方が変わる。どのように変わるかというと、先のような緊急事態が発生したときに取り得る生産のパターンを4つ考え、それぞれにどの程度の熱量(カロリー)を生産できるかという数字で表す。

生産パターンは、下記の4つだ。


パターンA
栄養バランスを一定程度考慮して、主要穀物(米・小麦・大豆)を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合

パターンB
主要穀物(米・小麦・大豆)を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合

パターンC
栄養バランスを一定程度考慮して、いも類を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合

パターンD
いも類を中心に熱量効率を最大化して作付けする場合

※農林水産省 説明参考資料より


◆食料自給力を求めるための4つの食パターン

先回のメルマガに詳しく書いたが、食料自給力を指標化するにあたって農水省はイギリスの食料自給力指標をお手本にしている。そこではいくつかのパターンに分けて、成人一日あたりの必須カロリーを満たすことができるか否かということを判定するものだった。

このイギリスの指標の中で中心作物となっているのは小麦・大麦・エン麦といった麦類だ。これを日本の食生活や風土に合ったものにするためには、作物の選択から変えねばならない。ということで、米や大豆、いもといった上記のパターンに分けられている。

パターンAとBは米・小麦・大豆という、比較的現代人の食生活に近い形のものを中心に据えたものを想定しているが、パターンCとDはそれすら取り去って、いも類を中心に考えるものだ。

ここで重要なのは、「栄養バランスを考慮する」「熱量(カロリー)中心で考える」という二通りのシナリオがあることだ。パターンAとCが栄養バランスを考慮する、パターンBとDがカロリー中心で考えるというものになっている。短期的には必要なカロリーを摂取できることが重要だが、もし極限状態が長く続くようならば、ビタミンやミネラルといった栄養補給ができなければ、クオリティオブライフが低下することになる。そうしたことも加味しながら、指標をみていく必要があるということだ。

さて、実際に指標を作るにあたっては、そのベースとなる数字がなければならない。そこで、平成25年度の実際の農地面積や、主要な作物の収穫量、畜産の生産能力、そして生産者が何人居るのかということ(これも大事な”生産力”だからだ)が試算の根拠となっている。パラッとでいいのでみておいて欲しい。最後にまたこの指標に関して書くことになる。

図:食料自給力指標を求めるための関連指標
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000000.JPG

↑今回の情報はすべて画像を見てもらった方が把握しやすいと思うので、画像をアップロードしておいた。ネット環境があるならぜひこれを観ながらお読みいただきたい。


◆4つのパターンと、それぞれの農産物の作付体系

次に、それぞれのパターンにおいて、現在ある農地にどの作物を配分して生産させるかという、具体的なシナリオがある。それがこの資料だ。
ただし、この資料は必ず観てもらう必要はない。私のごとき農業マニアには「ほほう、農水省も綿密に考えてるな」と興味深い資料なのだが、一般の人には何が何だか分からないかもしれないからだ。

とりあえず、指標を算出するにあたって、かなり考えられているということだけがわかるといいと思う。


パターンA 栄養バランス考慮で米・小麦・大豆を中心に作付
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000001.JPG

パターンB 栄養バランス考えずに米・小麦・大豆中心に作付
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000003.JPG

パターンC 栄養バランス考慮でいも類を中心に作付け
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000004.JPG

パターンD 栄養バランス考えずにいも類を中心に作付け
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000005.JPG

◆現在の日本の食料自給力指標 パターンA~D

では、実際にパターンごとの食料自給力はどのようになっているか。これは、パターンA~Dのそれぞれが何Kcalの熱量を供給できるかということで表される。

それを表示したのがこちらの図だ。
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000002.JPG

ひらいていただくと、パターンA~Dそれぞれに横棒グラフで、一人あたりに供給できるカロリーが表示されている。「現在の農地で作付けする場合」に加えて「再生利用可能な荒廃農地にも作付けする場合」というのが、それぞれの棒の右先にある黄色い部分だ。これも重要なので、頭の隅に入れて置いていただきたい。

さて、これをみると、パターンAつまり米や麦、大豆を中心に、栄養バランスを考えて作付けをした場合には、一人あたり1495Kcalしか供給することができない。パターンBは栄養バランスを考えずに、カロリーを追求して作付けする場合だが、それでも1855Kcal。一日一人あたりエネルギー必要量が2147Kcalとされているので、パターンAとBはそこには満たない勘定だ。つまり、現在主流のご飯を主体とした食生活を営むのは無理ということである。

まあ、これは想定できたことだ。

希望が持てるのはパターンCとDだ。栄養バランスを考慮して、いも類中心に作付けするパターンCは2462Kcal、エネルギー必要量をなんとか満たしている。したがって、栄養バランスを考えないパターンDは2754Kcalと、ようやく余裕が出てくる数字となる。

さて、この結果をどう見るか。それを考える際にまず知っておいて欲しいのが、日本がお手本にするイギリスの場合、彼らが想定している生産パターン全てにおいて、エネルギー必要量を超える自給力があるという結果になっている。つまり、危機が来てもドンとこい!という状態であるわけだ。日本は世界に誇る美食の国と言ってよいと思うが、それゆえ、現状の贅沢な食事内容をすべて自給することは到底できないという結果なのかもしれない。

でも、「栄養バランスを考慮していも類中心」と言われても、想像がつかないかもしれない。ということで、それぞれの具体的な食事内容がどうなるのか、イメージ的に表した資料がある。


パターンA 栄養バランス考慮で米・小麦・大豆を中心に作付
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000006.JPG

パターンB 栄養バランス考えずに米・小麦・大豆中心に作付
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000007.JPG

パターンC 栄養バランス考慮でいも類を中心に作付け
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000008.JPG

パターンD 栄養バランス考えずにいも類を中心に作付け
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000009.JPG


上記から、パターンCをクリックしてみていただきたい。
意外に、といってはなんだが、想像していたよりは豊かな中身が出てくると思った人もいるだろう。

朝食には8枚切り食パンが一枚。サラダ一皿。焼き芋二本。リンゴ少し。これに5日に一度、コップ一杯の牛乳。

昼食には焼き芋二本、野菜炒め一皿、粉ふきいも一皿、煮豆一鉢。

夕食は嬉しいことに白飯を茶碗一杯、浅漬け一皿、粉ふきいも一皿、焼き魚一切れ。

これに加えて、たまごは34日に一回、一玉だけ。焼肉は15日に一皿食べることができる。

こうしてみると「いや悪くないじゃないか!」と思われるかもしれないが、毎日いも類中心の食生活が続くと、それほどいいものとは感じないかもしれない。

供給可能な熱量が2462Kcalとあるが、より重要なのが栄養成分である。資料の右下に栄養素が記入された黄色と白のマス目があるが、黄色は充足しているということで、白は充足していないということ。つまりこの生活だと、ビタミンAやD、亜鉛やカルシウムは長期的には不足するというのがわかる。

これをみた上で、パターンBをみてみよう。栄養バランスを考えずに、米・小麦・大豆中心にしたシナリオだ。その寂しい内容に驚くとともに、栄養素のマス目がほぼ白い、つまり充足していないものばかりということに気づくだろう。人は、お腹がいっぱいになるだけでは生活できない。栄養は必要なのだ。この状況で数ヶ月、もしかすると一年間生きていくと、どこかでハタと身体機能に重大な障害が出てくる可能性が高いのである。

ということで、これが現在の日本の食の「実力」なのである。

■パターンC・Dで安心してはいけない理由

さて、資料をみながら解説してきたが、ここまで読んで「パターンA・Bが厳しいのは仕方ないけど、パターンC・Dならなんとかなるわけで、日本もなかなかやるじゃないか」と思っている人もいるかもしれない。いまの時点でもし何らかの異変が生じて、海外からの食料輸入がストップしてしまったとしても、日本人が生き延びることはできる、と一安心した人もいるだろう。

しかし、そう安心するのはまだ早いと私は思う。農水省は、そこまではあからさまにいわないけれども、言外にメッセージを込めているような気がするのだ。それが、最初の方に提示した下記の資料にある。

図:食料自給力指標を求めるための関連指標
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000000.JPG

食料自給力指標は、ここに示される数字を元に算出されている。ということは、農地面積は454万ヘクタールだし、作物をさあ作ろうと言ってすぐに栽培可能な灌漑(かんがい)整備をされた畑の面積は46万ヘクタールある、ということが前提だ。

また、グッと下の方にいくと農業就業者が219万人いて、そのうち40代以下が31万人という労働力がある。これが前提となって出てきた数字が前記のものなのだ。

もうここまでくれば私が言いたいことが分かるだろう。日本の農業人口は減少しつづけているし、農地も耕作放棄されるケースが多くなってきている。これが続けば、当然ながら食料自給力は落ちていきますよ、ということである。

実際に、この食料自給力の試算結果をこれまでの過去の指標をもとに、昭和40年代からの推移を折れ線グラフで表したものがある。
http://www.yamaken.org/work/jikyu/WS000010.JPG
これをみれば、どのシナリオでも長期的に減少傾向になっているのがわかるだろう。ここ数年は持ち直しているものの、TPPや補助金の削減などが目前にみえている状況で、生産力が向上していく兆しは無い。

だいたいにおいて、食料自給力指標の試算は楽観的に作られている。実際にパターンCを実行するぞということになった場合、これまでと違うものを作付けすることになる場合も多くなるので、混乱が生じるはずだ。当然、期待していた収穫量に満たないケースも続出するだろう。またしばらく農業に使われてなかった荒廃地を畑にしなおすといったところで、そこが作付け可能に戻るかどうかはやってみなければ分からない。けれども、そこは目をつぶって計算がされているというケースもあるわけだ。

だからこの食料自給力を提示する際には「この数字はすくなくとも現行の農業システムが維持されているならば、という前提です」ということを強く言っていかなければ、世間に誤解されると思う。

こう言うと、食料自給率には意味がないという人達からすれば、自給力指標も「ほら、やっぱり農林水産関連予算を積み増しするための方便じゃないか」ということになるかもしれない。まあそう感じるならそれでも構わない。が、彼らはいざと言うときに食料危機が訪れた場合に、責任をとってはくれないだろう。

実際には、日本の食料事情の今後は不透明だ。ここだけの話だが、私は真剣に、自分のための日本のどこか数カ所に農地を取得したいと考えている。可能であれば南と北の二カ所に。それは、本気で、食料が不足する事態になったときのためである。私には基本的な作物の栽培経験があるし、土地と種と有機物があればなんとか食べて行くだけのスキルはある(と思いたい)。

みなさんはどうだろうか?これは、真剣な話だ。

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ここまでお読みいただき感謝。2015年のものなので、時点が古い。ちなみに今年の食料自給率はこちらを参照されたい。

■農林水産省 日本の食料自給力
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/012_1.html

ちなみに当然のことかもしれないが、2015年の時点よりも、もちろん数値は下がっている状況だ。