やまけんの出張食い倒れ日記

ネギの王様が何かは識らないが、ネギの殿様ならコレだ! 群馬県が誇る素晴らしき一本ネギ 下仁田ネギ はこれから最高に美味しい時期を迎えるぞ!

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識ってるかもしれないけど、僕は大のネギ好きだ。

冷ややっこに納豆、味噌汁の薬味にネギが無いということになったら気が狂ってしまう。家人からは「いっつもネギねぎ葱ネギうるさいなあ」と言われているくらいだ。毎週宅配される『大地を守る会」の箱の中に長ネギがなかったときの僕の発狂寸前のありさまをおみせしたいものだ。

ネギにも色々あるけれども、基本的に関東で食べられている長ネギ、白ネギ、または根深ネギとも言われるネギが好きなのだが、年末辺りから楽しみにしているのが下仁田葱だ。江戸時代には殿様に献上されていたから「殿様ネギ」の異名を持つと言われるが、僕からしたらネギの王様といってよい、素晴らしい品種だと思う。

日本におけるネギ文化は東西で大きく嗜好が違う、ということはご存じだろう。基本的に東日本では、ネギの下部に土寄せをして軟白させる長ネギを好み、西日本ではあまり軟白部分を大きくとらない青ネギを好む。これに、分げつする・しないの違いがあったり、植え方によってちょっと曲がったネギを作ったりと、様々なネギ文化がある。

その中でも、下仁田葱は独特のポジションを持つ品種だ。分げつをしない、いわゆる一本ネギだが、通常の長ネギとは違ってずんぐり太く短い姿形に育つ。一番美味しいとされる年明けの頃になると、軟白されていない青い葉柄(ようへい)部は茶色く枯れてしまい、見た目は「ちょっと大丈夫?」という状態に。けれども変色した葉を落とし、太い軟白部を厚めに切って、すき焼きなどに入れて加熱をすれば評価は一変。トロリととろける身肉は驚くほどの甘さで、ずんぐりした太さが通常の長ネギとは段違いの食べ応えとなって、口の中全体をネギの美味しさが覆うのだ。

この下仁田葱についてよく言われているのが「群馬県の下仁田地方でなければ、この味が出ない」というものだ。そんなの、産地の人が強がりで言ってるだけだよ、と思うかもしれないが、実際に群馬県外の産地で作った下仁田葱を買ってみると、形が妙にスラッとしていたり、粘りけが薄いなと思うことがしばしばある。

果たして下仁田葱は本場・下仁田地方でなければ味が出ないのだろうか?こればかりは現地に行ってみなければわからない。ちょうど隔月刊「やさい畑」(家の光協会)で下仁田ネギを採りあげることになり、満を持して群馬県の甘楽郡、下仁田町に足を運んだのである。

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東京駅から約二時間、上信電鉄の下仁田駅の改札で微笑むのは小金沢章文さん(49)。アパレルメーカーの仕事をしていたのを辞めてUターン、下仁田ネギ生産を継いだ異色の人だ。そしてすぐに疑問をぶつけると、意外な答えが返ってきた。

「この下仁田町でも、場所によってネギの味や特性は変わりますよ。土質が大きく影響してるんです。じゃあ、僕が一番、下仁田葱らしいと思う畑に行きましょう。」

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そう言って向かったのは、駅からそれほど離れていない山の麓の畑。

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これは次年度用の下仁田葱の苗畑だ。ネギの苗はこんなにひょろひょろだが、実に生命力が強くて、この状態でかなりの間もたせることができる。

この圃場の横に、収穫を控えた下仁田葱が2反ほど植えられていた。

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小金沢さんは足下の土にガサッと手を入れる。

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「ほら、みてください。土がゴワッと固まってるでしょ?」

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「この辺は強粘土質でね、とにかく耕土が硬いんです。どれくらい硬いかというと、ネギの根が下に向かわず、途中で向きを変えて上に伸びちゃうくらいなんです。」

と、抜いて青葉の水分を抜くために干していたネギを手に取ると、ホントだ、下の写真をみると、元から伸びる吸水根が途中から上へと方向を変えているではないか!

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「こんな土だから、ストレスがかかって綺麗なネギはできませんし、ギュッと濃密に引き締まった肉質になります。けどね、下仁田葱は太くて短いのが旨いと思うんです。」

なるほど、、、

実は農産物は、その土地土地の土質にモロに影響を受ける。例えば辛みダイコンで有名な、信州の鼠(ねずみ)大根の産地である坂城町(このエントリをご参照)では、なんと耕土として使える土の層が約25センチ程度で、そこからは堅い粘土になってしまう。しかも年間降雨量が非常に少ないため、恒常的に水分が少ない。従って長く太い大根はできず、辛みが凝縮したあのかたちの大根になったのである。

それと同じで、下仁田の土質は非常に緻密な粘土で、ネギにストレスがかかるようになっているのだ。ストレスは、野菜にとっては溜まったもんじゃないだろうが、人にとっては喜ばしい結果が出ることが多い。高糖度トマトを作るときには水を与えないでストレスを与えるが、それと同じようなものだ。下仁田ネギもこの土質のせいでずんぐりした形状になったのかもしれない。

「そうですね、やっぱり土が軟らかい畑のネギより、こっちの手に負えないような硬い土のほうが美味しいネギになると思います。それをちょっと比べてみましょうか?山の上にも畑があるんですよ」

ということで「上の畑」と呼ばれる、山の上の畑に昇る。

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なるほど、観ておわかりのように、こちらの土はホクッホクッとしている感じだ。

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「ここのネギはね、ボクが並べて食べると、やっぱり少し味が違う。けれども、姿形はこっちのほうが綺麗になるんで、どちらも一長一短なんですよ。」

そこで掘り出した下仁田葱は、たしかに「下の畑」のものよりも少しだけスラッとした形状のようにみえた。

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「ここは赤土中心なんで、スッキリした形のよいものができるんですけど、味はどうかな。綺麗な形を求める人にはこれを送るし、味が大事な場合は下の畑のものを出荷することもありますね。」

なんと、本場中の本場である下仁田町でも、下仁田ネギらしいネギができる場所というのが存在するのだ。そしてあの、加熱したときにネッチリねちねちにとろみがつく性質を産みだしているのは、やはり下仁田で代表的な、硬く締まった粘土質の畑そのものなのではないか、そう思ったのである。

もちろん土質だけではなく、下仁田ネギという特異なネギ品種の伝承も大事だ。小金沢さんが栽培する下仁田ネギは中ダルマ種と呼ばれる伝統的な品種、その名の通りずんぐりっとしたダルマのような形状だ。

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実は下仁田ネギには中ダルマ系に加えて西野牧系、利根太系の、三系統がある。中ダルマ種は一番、下仁田ネギらしい形状で食味もよいとされるが、伝統野菜に多い“病害虫に弱い”という特性がある。

他の二系統はそれが改良されてはいるが、形質や味わいが下仁田ネギの特質から少しずつずれるとされている。あ、そうすると、下仁田以外の土地の菜園家の手に入りやすい下仁田ネギ品種は、中ダルマではない血が濃いものなのかもしれないな。

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「基本的にはこの辺の農家さんはみな自家採種です。ただ、それぞれのネギ農家さんでそれぞれのネギの個性が出てきてしまう。そうすると共同選果ができなくなりますので、何年かごとに揃えるため、厳しい基準で種を伝承している『下仁田葱の会』という保存会の種を買って蒔いたりします。」

小金沢さんのご実家にある作業場の奥に、作物を乾燥させるスペースがあったのだが、その片隅に春に採種した下仁田ネギの穂を保管する場所があった。

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これがネギの種子をたたえた葱坊主だ。

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さて土質と品種が守られれば、次は栽培技術だ。小金沢さんが大切にしているのが“二度の植え替え”。10月に播種した苗を4月に定植するが、夏の暑い盛りにわざわざもう一度植え替えを行う。これによって根が更新されてストレスがかかり、肉質がギュッと締まるのだという。

「最近はこれをやらない農家さんも居るんですけど、うちはこれを欠かしません。ネギは締まりが大切、葉の襟元の首っ玉が軟らかいネギはあまり好きじゃありません。」

おおっ 名台詞!

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こうしてできた極太でずんぐりした下仁田ネギ、青い葉がピンと這った状態で出荷するのではなく、茶色に枯れて、所々に黒い染みが浮く、まるで虎皮のような状態になったのが一番美味しいそうだ。

「じゃあ、食べてみます?」とニヤリと笑う小金沢さん。

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薪に火をつけ、もやし出す。

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ネギを何本か掘り上げたのをいきなり、燃え始めたき火の上に並べていく。

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おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

葱の産地であればだいたいどこでもコレをやるのだ。外に泥が着いたままで火にくべて真っ黒焦げになるまで焼くのだ。

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勢いよく燃え上がる炎に包まれて、ネギの表皮は黒こげになっていく。

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5分ほど炙って真っ黒になった下仁田ネギ。

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その皮をを「あち、あちちち」といいながら剥いていくと、内部はつややかな白色が覗く!

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こいつをやけどしないように囓る、、、というけれども、無茶苦茶に熱くてしかもとろみがあるから、暴力的に唇をやけどさせるような凶器である!

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しかし! こいつがもう、塩も何もつけていないということが信じられないくらいの、芳醇な甘さとネットリ舌にまとわりつくようなうま味の塊、いや流体なのである!

「大名焼きって言いましてね。畑の見学に来た人にこれを食べさせたら、みんな下仁田ネギを好きになりますね。」

あまりの美味しさに、ぼくも塩も醤油もつかわずに食べてしまった!

「あ、でもこれだけじゃなくてね、ちゃんと料理した下仁田ネギも食べていってくださいネ。いい店予約してあるから、、、」

と連れて行ってもらったのが、大正元年創業の老舗「常盤館」。
http://tokiwa.shimonita.jp/

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実はこの辺一帯、明治の頃は林業や養蚕業でむちゃくちゃ繁栄していたそうだ。全国から買い付けに来る問屋あいての繁華街がこの辺で、芸者さんがたくさん居たそうだ。この店はその頃からずっと続いている。

その常盤館が12月と1月だけ、下仁田ネギとこんにゃく、上州和牛のすき焼きを出してくれるのだ。美人若女将がてづからすき焼きを作ってくれた!もーシアワセ。

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もちろんネギは小金沢さんのを持ち込み。ネギに焼き目がついたら上州和牛の肉を投入!

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こんどはそこへ割りしたを、、、

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じゅばぁ~っと一気に煮えたぎるすき焼き鍋。そうして甘辛い香りが立ち上りつつ、下仁田ネギの中心部に火が入ると、、、

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うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

下仁田ネギの根元のぶっとい部分がトロリと化学変化を起こして、溶岩流のような甘い流体に変化している!周りのシャキ感は少しだけ残って、でも舌の上にぬめっとトロリンと溶けていくのである!

旨い 旨い 美味しい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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もうね、上州和牛から染み出た肉汁と醤油と酒のうま味をたっぷり吸い込んだ下仁田ネギが、まるでお菓子のような甘さでトロリと溶けだすのですよ。

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もちろん、白飯との相性も抜群中のバツグン!

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これでもか!というほどにいただきました、、、

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ああ、やっぱり他地域で穫れた下仁田ネギは「下仁田のようなネギ」にすぎない。それは下仁田町の下仁田ネギとは違うのである。

野菜は産地と品種と育て方から構成される文化なのだ。全国それぞれの風土と種と、そして栽培の努力が結実してこの甘さに結びつくのだ、とつくづく思い知ったのである。

ああ、いい旅をした、、、小金沢さんの下仁田ネギは、こちらのWebで購入することができる。まだ本場の下仁田ネギを食べたことがないなら、ぜひ味わってみて欲しい。

■下仁田ファーム
http://www.shimonitafarm.com/

ちなみに小金沢さん、どうやら畑で大名焼きを食べさせるツアーなるものを企画しているらしい。一日数人の限定らしいが、、、気になる人は直接連絡してみてねん。

小金沢さん、ありがとうございました!