やまけんの出張食い倒れ日記

続・食料自給率(カロリーベース)が過去最低の37%に、というニュースをどうみるか。

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前回、むかしメルマガ向けに書いた記事をひっぱりだして来たが、受け取るひとによって反応が違うのが面白い。読んでくれている人はちゃんと僕の言いたいことを読んでくれているようだ。そう、カロリーベース自給率は消費者行動の結果を表す数字なのである。

ちなみに5年前の文章なので、だいぶいまからすると書き直したい部分もあるのだけれども、時間もないので軽く引用(フードロスという言葉は当時あまり言われていなかったので新たに手直しした)。まだ続きます。

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日本の自給率と自給力を考える(中編)


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■先回のおさらいと食料自給率にまつわる誤解


先々週お送りしたリニューアル創刊号では、食料自給率に関するおさらいをした。今回はいよいよもう一つの自給力の方にも踏み入って行こうと思うが、その前に数点、解消しておきたいことがある。

前編の最後に、食料自給率という数字を巡っては様々な議論があるということを書いた。
例えば、下記のように言う人もいる。
「そもそも、食料自給率などという指標を問題にしているのは日本くらいで、他の国はそんなことで騒いでいない」
念のため、前回も掲載したが、先進国13ヶ国のカロリーベース自給率を計算すると、このような順位と数字になる

カ ナ ダ 258%
オーストラリア 205%
フランス 129%
アメリカ 127%
スペイン 96%
ド イ ツ 92%
イギリス 72%
スウェーデン 71%
オランダ 66%
イタリア 61%
ス イ ス 57%
韓 国 41%
日 本 39%

日本はぶっちぎりの最下位で、これで大丈夫?と言っているわけだが、そもそも食料自給率なんてことを問題にしている国は少ない。こんな数字を出してくること自体が、農水省や農協が自分たちの生き残りのためにこねくり回して出してきた数字なんじゃないか?という陰謀論がある。

■自給率の高い国では自給率は問題にはならない

ただ、これについては思考実験で答えが出る。そもそも世界には食料自給率が高い国が多く、そうした国々には食料安全保障の問題は存在しない。それらの国々で食料自給率に対する関心が低いのは当然の話なのだ。

たとえ話で説明しよう。日本国内で、飲み水が不足しているということが問題になっているだろうか。いいや、日本は水資源が比較的豊富で(ヴァーチャルウォーターの問題はここでは置いておく)、水道も普及しているので、そうしたことは問題視されてない。これが、いざ飲み水不足が全国的な問題となれば、「どうにかしなければ」と問題が社会化されるはずだ。

つまりはそういうことだ。日本は異常に食料自給率が低いので、問題として提起し、ちょっとは向上しようという方向に振れこかないと、いざというときに危ないんじゃないの?ということなのである。

実際、ヨーロッパの各国は今でこそ問題のない食料自給率を達成しているものの、第一次大戦のあとに深刻な食料難を経験している。そこで、自給率を向上させる政策を発令し、また隣国や友好国との通商条約等で食料安全保障体制を徹底的に構築したという経緯がある。それがあってのイギリスの食料自給率72%なのである。

■海外でも自給率は論じられている


そして当たり前の話だが、「食料自給率」を示す英語は存在しているし、よく使用されている。

Food self-sufficiency ratio

である。これでインターネット検索をすれば、FAOなどの公式文書で普通に使われていることがわかるだろう。

また、北欧のフィンランド・ノルウェー・スウェーデンなどでは自給率計算をし、食料の安定供給のための政策決定のための基本指標としている国々がある。

食料自給率という問題が、海外では議論されていないという認識はいったいどこから出てきたのだろうか。

ただし一点だけ付け加えると、食料自給率上位の国では、カロリーベース自給率ではなく金額または重量ベースの自給率を話題にしていることが多い。つまり、カロリーベースの議論だけをするのは、偏りがあるということである。筆者もずっと、カロリーベース自給率に野菜が組み込まれていないことに釈然としない思いを抱いてきた。現状の栄養学でカロリーを重視し、自給率換算の指標としている部分には限界があるとも思う。

ただ、前回も書いたように、カロリーベース自給率は「国民が食べたいものを食べた結果、自給率がどうなったかがわかる指標」であるということに変わりは無く、その意味・意義は大きい。

ちなみに、下記の疑問についてはどうだろう。

■フードロス分をカウントするか否か

「自給率の計算は、国内への消費仕向け量がベースとなっていて、廃棄されている食料分がカウントされていない。廃棄分をまだ使える資源とみなせば、自給率は上がるはずではないか?」

これは、近年とみに問題視されている食品廃棄物や食料残渣の問題である。平成23年度のデータをみると、一般家庭から出る家庭系廃棄物のうち、可食部分(つまりまだ食べられる)ものに関して言えば500~800万トンあるという。(参考:http://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syoku_loss/)この分を食べることとすれば、自給率は上がるはずだという議論である。これに関しては、先回も登場していただいた農林水産省のA氏に伺ってみた。

「食料に関わる廃棄物の統計もきちんと把握されていますが、それを足し込んで計算したとしても自給率は変わらないと思われます。なぜかというと、廃棄物の国産率・輸入率はおそらく、捨てられずに食べられている食品の国産率・輸入率と同じだと考えられるからです。」

なるほど、捨てられている食品にも輸入品由来のものがあり、この率自体は捨てないで食べているものと同等であると考えるのが自然だ。だから、自給率自体は変わらないと言うことである。

ただ、問いの趣意は、フードロスを活用できるなら少しでも向上するはずということだ。たしかに現在フードロスとなっている廃棄食料の39%を食べられる勘案すれば、自給率は数パーセント上がるかもしれない。が、そうしたとしてもおそらく10%増加するなんてことはないだろう。(もちろん、食品廃棄物のことを考えなくていいと言う問題ではない!)。

■現在の食料自給率は欲望の反映である

先回に触れたように、食料自給率が低いということに対し不安感を抱く国民が多いと言うことは、調査等で明らかである。しかし、実際には食料自給率が向上することはこれまでなかった。カロリーベース食料自給率は消費者にとっての自給率という言葉が先回も出たが、まさにそうだと思う。というのは、消費者が食べたいものを食べ散らかしている結果がいまの自給率そのものだからである。

農業者にとってはありがたいことに、いまのところはまだ国民のカロリー源は米が第一位の位置を占めているものの、年々その摂取量は減っている。そしてカロリー源第二位の畜産物は、その餌の大部分が輸入なので、換算自給率は低い。そして第三位の油脂に至っては3%にすぎない。

しかし、こうした状況に不安を抱きつつも、消費者は自分の食べたいものを食べてしまう。その結果が39%なのである。つまり、日本が食べたいものを自由に選択する社会であり続ける限り、自給率が向上することは考えにくい。

日本も米を一人あたり年間120kg食べていた昭和30年代の食生活に戻れば、自給率はまたたくまに向上するはずだ。しかし、現代の食生活は欧風化し、その結果日本で生産するとコストがかかるものばかりを摂取している。自給率を上げるために国民は食生活を変えよ、と言ったところで、国民の大きな反感を買うだけだろう。

同じように戦後に食料難に遭遇したイギリスなどでは、自国の食文化がかなり保守的で大きく変わることが無く、カロリーベースに寄与する穀物や、自国内で生産される飼料を与えた乳製品・肉・卵を食べるという生活スタイルを保持し続けることができた。そのこともあって70%台を達成している。

しかし、日本人の食生活は多様に花開いてしまったのだし、それがこの国の一つの価値とも言える状況だ。

こうしてみると、食料自給率という数字を産み出した農林水産省は、これによってその存在意義を世に問うことが出来たかもしれないが、永遠に到達しない課題を背負ったと言うこともできるかもしれない。

(続きます)