さてメシである。今回のイタリア滞在は物見遊山ではなくて、日本スローフード協会が主催する、大学生メンター養成講座のスタディトリップである。そこにいろいろあって僕も随行。
プログラムは練り上げられていて、夜ご飯は基本的に自由行動。海外旅行が初めてという学生もいるが、しっかり自発的に行動して楽しんでね、ということになっている。
ブラでの宿泊は、スローフード運動にも力を貸しているというホテル&レストランで、便利な場所にある。ここから一歩ブラの街へ出ると、街のたたずまいがとてもいい感じ。
大学生10人くらいと、予約なしで入れそうなレストランを探るが、事務局から推薦されたリストランテは「そんなに多くは対応できない」と断られてしまう。ので、2班に分かれてお店を探す。
鉄道のブラ駅まで来てしまったのでその辺で探そうということになったのだが、駅のド真ん前にあるこの店、ジェラートを舐める人達がいっぱいテーブルに座っているのだが、飲食の看板も出していた。
朝の風景はこんな感じ。
クレメリアとは、アイスクリーム屋さんのこと。だから僕は「ジェラートしかでないんじゃないの?」と思ってしまった。テラス席のテーブルにはホント、ラフな格好でジェラートをペロペロする人ばっかりだったし。
ただ、メンバーの中で唯一、イタリアに一年留学していたというシンちゃんが中に入って聞いてくれて「入れるそうです。行ってみますか?」と。店構えがぜんぜんおいしい店っぽくなかったが、まあここは大学生のみんなの意向に沿おう、おいしくなかったとしてもまあそれも勉強だしね、とオトナのフリをして同意。
しかし! これが大正解だったのだ!シンちゃんありがとう~
僕が「ちゃちいな」と思った店のエントランスに座ろうとしたら中からおっちゃんが「そうじゃない、中にこい!」という。いやー テラスで食べたいんだけどな、と思ったら、なんと中に入って奥へ抜けるところに、リストランテスペースがあるのだ。そこを抜けるとさらにリストランテのテラスがある!
わーお、シック!
そして出ました。乗りの良いザ・イタリア人カメリエーレ!
この人、英語ぜんぜん話さない。イタリア語だけだが、なんとなーくわかる。メニューをみればだいたいわかるしね。こればっかりは、前回この近くで料理を食べておいてよかった。メニューに載っている郷土料理、すべてわかる。ということで、ガッツリオーダー。
■サルシッチャ・ディ・ブラ
ブラに来たらこれを食べるしかない! 2018年に来た際にも、日本人シェフのヒデさんが働いていたリストランテで食べた一品。生の牛肉を塩や胡椒、香草で味付けしたものを羊腸にいれたサルシッチャなのだが、なんとこれを生で食べてしまうというものだ。なお、羊腸に詰められた牛肉はもちろん地元のピエモンテーゼ種の肉である。
中公新書「イタリア食紀行」(大石尚子著)にも「お腹に自信のない方は食べ過ぎないように」と書かれて紹介されているが、郷に入れば郷に従えである。イタリアでは生食用の肉はふつうにスーパーでも売られているし、肉屋でもその場でスライスしてくれる。この生サルシッチャは、各店で造るのではなく、市内で肉の卸をしている4軒が製造しているようだ。
これがまあおいしい! 大学生からも「初めて食べた!」「おいしい!」と声が挙がる。
そしてこれ。ピエモンテ牛のバットゥータ、つまりタルタルである。
肉質は実にマグロのような柔らかさととろけるような味わい。うま味がしっかりある。和牛肉の生食味との違いは、たんぱく質の結合がゆるやかなのか、とにかく柔らかいこと。このフワトロ食感こそがピエモンテーゼ種の遺伝的な特性なのである、ということが今回よーくわかった。
古代において、在来の白い牛とパキスタンから来たこぶ付きの熱帯系ゼブ種との交配によってこんな肉質になったというが、生食にするのであればこれは完璧によいマッチングである。
牛は大型動物であり、生育期間も鶏や豚に比べ長いので、肉のたんぱく質の結合組織は緊密である。それが時間をかけるとゆっくりほどけていくわけだが、ピエモンテーゼ種の場合は最初からそのたんぱく質結合が緩いらしく、ろくに熟成をかけずとも柔らかい。面白いのは食感だけではなく、柔らかなうま味も存在すること。生けるままに熟成しているというのだろうか。
もうひとつ、2018年にピエモンテーゼ牛のブランドであるファッソーナを扱うオベルト社へ行ったとき、教えてもらったのが「マイクロマーブリング」だ。マーブリングとは霜降りのこと。イタリアの食肉格付は霜降りが入っていない赤身ほど高くなる。ピエモンテーゼ種はダブルマッスルという形質が入っているので、赤身度はもともと高い。しかしそれだけではなく、目に見えない微少なマーブリング(サシ)が入っているのがおいしさの秘密だ、と言っていた。
当時、僕は正直これに対して「うそだろーーーー」と思った。サシのサの字もないじゃん、と。しかし、今回ピエモンテーゼの生肉をいろいろ食べる機会を得て「たしかに、油脂が一切入ってなかったら、この味にはならない」と感じたのだ。なんとなく、油脂を感じる。
ということで、ここまでの時点で「生肉で食べる場合、ピエモンテーゼはうまい!」と認識を新たにした。2018年にもこの認識なのだが、今回は「生肉だとピエモンテーゼは特に旨い!」と言えるなと評価を更新した。
さーて、プリモはもちろん、タヤリンである。タリオリーニをピエモンテ読みではタヤリンと言うが、どこへいっても卵入りの手打ち柔らか麺を、ラグーで和えたものが出てくる。
しかもこのラグーが、先に生で食べたサルシッチャ・ディ・ブラを羊腸から出して炒め、煮詰めたものなのだ。だったら最初から羊腸に詰める必要無いじゃん、と思うが、これが文化というもの。どこで食べても美味しい料理です。
この後、現地案内をしてくれた方が「この辺の人達はどこでも、いつでも、これを食べていて「飽きないの?」と尋ねても「うん、これが郷土料理だし、店によって少し違うし」といって食べ続けてる」と言っていた。ホント、イタリア人は味覚的には食べ慣れた者を好む、保守的な人達が多い印象だ。
そして、このタヤリンに加えて、、、
アニョロッティ・ダル・プリン!
これぞピエモンテの郷土料理筆頭格だ。日本ではイ・ルンガ(二子玉川)の堀江純一郎シェフが得意としているこの料理、マジでブラ中のどこへ行ってもオンメニュー。
さすがにおいしいです。
さあそして!
ピエモンテーゼ種のビステッカを、セコンドで頼んでおいた。けっこうな量が出てきたので学生達も「えーーーもう食べられなーい」となっていたが、、、
やはりピエモンテーゼ種のロースを焼いたらどうなるのか?ということはしっかり体験しないといけない。2018年にモモ肉のタリアータを食べたのだが、その時はピンとこなかった。やっぱりロースを焼き上げないとなんともいえないのだ。
ということでリトライ。
焼きは激レアで来たが、その後も溶岩板に置いておくとじっくりじんわり火が通っていく。
結論からいいましょう。ピエモンテーゼのロースは、、、焼くとむちゃ旨い!
ちょっとびっくりした。特にビステッカを得意とする店ではない(ゴメン)はずなので全然期待していなかったのだが、この肉はマジでおいしい。肉のうま味が十二分にあって、香りもよく、そしてヨーロッパの赤身肉に顕著な、健全な弾力とサクサク感が感じられる。生肉同様、柔らかさがあるので、容易に噛みきることができる。
ピエモンテーゼは果たして焼きで旨い牛なのかという7年越しの疑問、氷解。すばらしく美味しい肉である!
なお、食べ方はオリーブオイルに塩と胡椒をカリカリ引いてソースを作り、そこに肉をつけて食べる。カメリエーレのおっちゃんが説明しようとしたので「わかってる、わぁってるよ!」とばかりに皿に用意したら「わかってんじゃんお前」というリアクション(笑)
このオリーブオイルがむちゃ肉に合っておいしかった! イスナルディていうの?プーリアのオイルらしい。日本にもこのブランドのものは入っているようだが、このラベルのは輸入してないみたい。
さてさて、たらふく食べて学生達も放心状態である。しかし、これはお勘定、けっこう行くな、、、と覚悟していたのだが、勘定書きをみるとさほどでもない。ワインも呑んだのに、一人7000円くらい。実に良心的な店であった!
そんな中、徳島大学生で自身、実家のイチゴ園で働くショウヤくんが、紙のテーブルマットを折って、折り鶴を作り始めた。それができた瞬間、店の奥でまかないをとっていたスタッフのおっちゃんが「ウオッ すげーな!」と拍手。一気に店との距離が縮まる。
そのおっちゃんがジェラートを舐めながら出てきて、、、僕らはもう満腹でドルチェは断ったのだけれども、「ジェラート、俺が作ってるんだ。好きなの食べろよ」と僕の腕を引っ張る。メロンとストラッチャテッラ(チョコ入り)を頼んで食べたら美味しい。学生達も「わぁ」となったところで、おっちゃんが「お前らも食べろよ!」と、これ全部オゴリでいただきました。
いや、マジで一日目からよい体験。楽しくおいしい食事でした。とにかくピエモンテーゼ種に乾杯!