いやー 本当に早く過ぎる一年でした。
人生、本当に一年一年と過ぎるスピードが速くなっていくのはなんでなのでしょうか。ほんっとに今年は早かった。
2006年の1月のエントリからさくっと読んでいくと、そうそう、2月にアスキーから「やまけんの出張食い倒れ日記東京編」が発売されたのでした。そのために年末年始もずっと原稿を書いていた、、、
んで、フジテレビの「スタメン」の人物コーナーで採りあげられて、サーバがパンクしそうだったのでした。
2月、3月にはかのカレー事件が発生しました。大変だった、、、
4月には兄弟分の工藤ちゃんの店「井のなか」がオープン。先日、忘年会に出かけたら、この井のなかの開店に多大なる貢献をしたイタバシ師匠が「まさかここまでスゴイ店になるとは、、、」と仰っていた。よかったです。
6月、新潟県長岡市のイタリアンの元祖「フレンド」に遭遇。今年一番気に入った郷土食かもしれません。
7月、シチリアに一緒に遊びに行った重ことキーコシェフが独立、「アルキメーデ」を神泉に開店。
8月、僕の母校である自由の森学園の食堂の食事を紹介したところ、かなりの反響をいただきました。
10月、食い倒れオフ会in富士宮を開催!200名を超す大きな宴になりました。
11月、12月は出張がむちゃくちゃ多かったので、エントリを各時間がなかった、、、
本当にいろいろありました。今年はそれにしても更新頻度がちょっと下がり目になってしまった年でした。
おかげさまで、2004年の独立以来、仕事も順調にいただくことができ、今年は本当に繁忙な一年でした。ありがたいことです。人材募集もしましたが、現在数人の方に来て貰って、仕事の負荷を分散しているところです。ふと思い出すと仕事のことしか思い出にない。これは佳くない!来年は、仕事だけではなく人とのつながりの思い出をもっと創り出せるように頑張りたいと思います。
でもって
師走、今年も仲良くしたみんなと一緒に過ごす。

「アルキメーデ」の重一家と、吉祥寺の焼き肉「李朝園」にて焼き肉を食いまくり。

やっぱりここの肉はプライスパフォーマンスが高い!

肉・テグタン・冷麺で腹一杯になったところで、阿佐ヶ谷のトルコ料理「イズミル」へ移動。















実はこのイズミル、この12月をもって女将のエリフとシェフのスレイマンの店に正式になった。おめでとう、エリフ! スレイマンとエリフは今日からトルコに買い付けも兼ねて1月中旬まで帰国中だ。

この店、本当に「トルコ料理ってこんなに旨いの?」ということを知らしめてくれる店だ。高円寺にドネルケバブサンドの店も開いたということで、これから快進撃を続けていって欲しい。
さて阿佐ヶ谷といえば「阿佐ヶ谷バードランド」。ちょうど北千住バードコートの野島さんから「今阿佐ヶ谷につきましたよ~」と、いい感じに酔っぱらった声で連絡あり(笑)

行ってみたら、肉焼き界の大重鎮である和田さんもご一緒である!ひえええ

乾杯のビールは、「アウグスビール バードランドバージョン」。綺麗な酵母の香りが鼻を抜ける、旨いビールだ!
※間違えて「バードコートバージョン」と書いていましたが、「バードランドバージョン」です! バードランド和田さん、大変に失礼いたしました!


阿佐ヶ谷バードランドは、天才・和田さんの元で修行をした茅野(ちの)さんが、もともとバードランドが銀座に移転する前にあった場所に出店。

茅野さんの技をじーっと見せていただいた。これは、バードコートから持ち込まれた千住葱。

炭を整えて、火力をならす。
この時に訊いたのだけど、この、炭火を熾す焼き台も色んなモデルがあるそうだ!もちろんバードコートグループむけにカスタマイズされたものばかり。共通するのは通常品よりも高さがあるものということ。炭を多量に入れられるので、火力の安定した時間がより長く続くのだ。

バードコートの野島さんが見守る中、茅野さんが串を焼く。




この日感動したのは、つくねだ。

現在、北千住バードコートでは、ひとかたまりに成形したつくねを、タレで供している。
この日、阿佐ヶ谷バードランドで出してくれたのは現バードランドのバージョン。
※ここも記述間違えていました。バードコートのバージョンが古いバージョンで、和田さんがバードランドで出しておられる現バージョンが最新のつくねのあり方です。失礼いたしました、、、ちなみに どっちも美味しいです。

塩味で、しかも3つの団子になっているものだ。どちらも旨いが、バードランドバージョンだと、より奥久慈シャモの端麗な旨みをじっくり味わうことができる。

若手のジョウコウさんが焼いていると、野島さんの指導が飛ぶ。
「あーあー 焼きすぎだよ。」
「塩を振るときは、串を動かすんだよ!」
等、金言がちりばめられていた!



今年はバードコートにおじゃますることがあまりなかった。うーん3回くらいしか行ってないかな。いかんいかん!野島さんに紹介していただいた店は一流店ばかりだ。ぜひ来年もいろいろ教えていただきたいと思っているのである。

そして、、、

肉焼き名人・和田さんに、素晴らしいお話しを一杯賜った。
野菜のこと、肉のこと、さまざまなことを教えていただいた。
後ろを見ると、みなカウンターに突っ伏して寝ていた、、、
さてあと数時間で年越しだ。
今年の年越しは、銀座「流石」で蕎麦をいただきながら迎える。
お読みいただいた皆さん、来年もどうかよろしくお願いします。
いつの頃からだろうか、クリスマスにケーキを食べるのではなく、ドイツのお菓子であるシュトーレンを食べるようになった。某店のマジパンシュトーレンを愛用していたのだけども、今年、凄まじく美味しいシュトーレンをいただいてしまった。
最近、なにかしらご一緒させていただくようになりつつある、エコール 辻 国立校に、山崎先生という洋菓子の先生がいらっしゃる。
先日お伺いしたら、「やまけんさん、これ、うちで作ってるシュトーレン。クリスマスに食べてください」といただいたのだ。いやったぁ!なんと気の利いたプレゼントなのだろうか!
で、このシュトーレンが、今まで食べたシュトーレンの中でも超絶・絶品なできばえの、もの凄く美味しいものだったのである!
なんといっても生地の部分にしっかりついた味と、ぱさつかない、しかししっとりしているわけでもない、本当に絶妙な食感が素晴らしいのだ!ホロリと崩れそうで崩れないその生地から立ち上る、かすかな洋酒の香りがたまらない。
これまで食べたシュトーレンの中で文句なしに最高に旨いと実感。
山崎先生、小山先生、お金出してもいいので、来年以降も食べさせてください!
どうもごちそうさまでした、、、
岡山県高梁市の職員であり、僕のブログの読者であり、そして昨年の今頃に築地の「うまいもん屋」にて奇跡的に遭遇して意気投合した友達の徳田君が、とある仕事の件で上京。
「はい、おみやげは例のモノ。」
と、どさっと保冷バッグごとくれたのは3-4kgくらいのイノシシ肉だ。
イノシシ肉。そう、あのエントリを思い出す人は何人くらいいるだろうか。昨年もこうしてもらったイノシシ肉をシシカツにして食べたのだが、中身をレアめにして揚げて食べたところ、「寄生虫がいるからしっかり火を通さないとダメ!」とご注意をいただいてしまった、例の事件である。
■いのしし旨い!
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2005/12/post_695.html
■いのししは生で食べてはいけない! という反省。
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2005/12/post_696.html
これをふまえて、今回はもうきっちりびっちりとダレからも何も言われないような食い方をしよう、と決意しているのである!
さていただいた猪肉は実に色んな部位が入っている。脂の乗ったバラ肉は猪汁にして、スネ肉等はラグーに煮込み、そしてロース肉をカツに揚げることにする。今回の猪は若干年齢の高めのものかも知れない。なにせ、ロースにびっちりと脂がへばりついているのだ。この猪の脂をラードがわりに溶かしてカツを揚げることにしよう。そういう意図のもと、ロースを切り分けていく。
左上に脂塊がみえるだろうが、実際にはこの5倍くらいの山盛りの脂身がとれた。これを中華鍋に入れ、じくじくと弱火を入れて脂を出していく。鍋半分くらいの脂がたまり、脂身は肉粕と化した。こいつを焼きそばにいれれば富士宮焼きそば風になるな。
こちらはラグーにする用。赤ワインで数日間煮込んでトマトペーストと香味野菜のソフリットをぶち込み、肉を食べた後、ラザーニャのラグーソースに使う予定。
そういえば徳田君と一緒に来ていた近藤さんから、高梁市のある地域でしか採れないというゴボウをいただいた。
これで作ったきんぴらも持ってきてくださっていたのだが、これがマジ絶品。
ゴボウの香り、歯触りはキッチリとしながら、筋張ったものが全くなく、歯がすんなりと入っていく。しかしそれは「軟らかい」という食感ではなく、ゴボウを食ったという満足感が残るものなのだ。非常に上品なゴボウ。
断面を観ると筋っぽいものがまったくない。美しいゴボウである。品種は特に変わったものではないらしく、とにかくその地域の土質によってこの性質が顕現するらしい。こんど高梁市に行った際にはぜひ産地を訪れてみたいと思う。ちなみにこのゴボウはぶつ切りにして、味噌ベースの猪汁に投入。
猪肉は煮込めば煮込むほど軟らかくなり、味も抜けない。
バラ肉の半量をカリカリになるまで炒りつけて、それで出汁を取ってから、最後の方に半量のバラ肉を投入する。そうして食べてみると、最初に投入して出汁ガラとなったはずのカリカリ肉の方が旨いと感じるのが不思議だ。
そして、、、メインイベントだ!
今年のシシカツはキッチリと火も通し(そのために若干薄切りにした)たので問題なし。
塩も強めにしておいたのでそのままカリッと噛みしめてみる。獣臭ではない、猪のコクのある香りがブワンと口中に満ち足りる!
旨いぜ!
ちなみに僕は亥年生まれ。次の3月で36歳、年男です。その僕が猪を食うのは許されることなのだろうか、、、なんてことは考えず、ひたすら肉を摂取するのであった。
徳田君、ごちそうさま!
あれほどあった猪肉は順調に消費されています、、、
先のカブのエントリでの解説について、京都大学大学院 農学研究科の大石センセイからご指摘アリ!
大石は、上賀茂の生産農家さんの母屋に家を借りて、毎年極上のスグキを漬け込む手伝いまでするという、根っから農業に頭からはまりこんだ研究者であり大学のセンセイだ。そして俺の大切な盟友でもある。
で、何かというと、こういうことらしい。
ところで今日のカブの話。 東洋系と西洋系という区分は、種皮型に基づいた区分で、たしかに一昔前はその区分名を用いていたんだけどその後研究がすすみ、現在では東洋系→和種系という表記に変わっていってます。というのも東洋系の原産地とされていたアフガニスタンで、どうにも東洋系が見つからずA型という型は、どうやら日本にしか存在しないとわかってきたからで す。
なのでA型→和種系という呼び名に。もっとも和種系が、本当に日本古来の在来種なのかどうなのか、という点は実は未解明なのです。カブは輸入された野菜、という説が一般的なので、じゃあ和種型はいったいどこからきたの?という話になるのですが、そこんところが、よくわからない。
この問題、スグキもA型なので、ルーツ探しに大きく関係するんだよね。
ぬぅ~
こういうことがあるからほんとにうっかりものを言えない。失礼いたしました、、、大石センセイ、ご指摘ありがとう!
農学の最新教科書を買い求めたくなりました。

※トラックバックで、「石川では年末より年始の食べ物」というご指摘あり。そうだよねん。ということでタイトル変えました!
※カブの呼称(「東洋種」という言い方について修正しました。
冬の北陸(石川、富山)の名物といえば、かぶら寿司だ。
今年も、石川県の生産者団体である六星(ろくせい)のタケ&ナオから、農家特製のかぶら寿司を送ってもらった。

■かぶら寿司と六星とタケ&ナオ
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2006/01/post_708.html
タケとナオは、上記過去ログにも書いたとおり、東京農大を卒業してからカップルで石川の農業法人である六星に就職し、日々農業生産および営業にいそしむ若者達だ。彼らの紡ぎ出すブログは昨年度に実施した就農塾の一環として書いて貰っているものだが、非農家出身の若者が、プロ農家に変容していくのを克明に観ることが出来る、貴重な資料だともいえるのだ。
個人的にはタケ&ナオの喧嘩とか不仲とかが書かれると一層、盛り上がるのでは?などと乱暴な期待をしていたのだが、二人の仲は極めて順調のようだ。
■僕らの農業就職日記
http://blog.shunoujuku.jp/
さて
前のエントリにも書いたが、かぶら寿司の味の要素は極めて複雑だ。
近江から北陸に渡ったと思われる大きな蕪(かぶ)の味と麹(こうじ)、発酵促進剤と思われる大根とニンジン、そしてバンズ状の蕪にはさむブリの身と、味の決め手が複雑に交錯し、そして醗酵というプロセスを経て全てが融合する。
いろんなかぶら寿司を食べたけど、六星のそれは蕪の味が非常に濃い。さすがは農業生産者団体である。
蕪はアブラナ科アブラナ属の植物だ。大根とは種が違うが、類似点が多く、全国各地に地もののカブ品種が点在している。これからの寒い時期に京都で名物となる「すぐき」もカブである
ちなみにカブには二種類あって、和種系と西洋系に分かれている。和種系は、以前は東洋系と称されていて、アフガニスタン原産とされていたらしいが、現在は日本独特の種ではないかとされているらしい。そして西洋系は地中海沿岸のヨーロッパが原産と言われている。日本には昔、この両方が存在し、地域によってそれが絶妙にミックスされたりして、色んな品種が生まれたらしい。その品種系統を大きく分ける「かぶらライン」というものがあって、愛知と岐阜、福井を結ぶ縦のラインで東西に分かれているという。寒い東日本には耐寒性のある西洋系のカブが根付き、暖かい西日本には和種系のカブが根付いたということらしい。しかし今日、小カブについては全国的に作り易い西洋品種が主流になりつつある状況だ。
大学生の頃、自分の畑で小カブを植えた。品種名は忘れてしまったが、堆肥だけを入れて越冬させたその小カブは、玉の大きさはどうにかMサイズというくらいのものだったが、生のままで洗って囓るとビックリするほどの甘さとジューシーさを感じ、そして大根より少なく含有するイソチオシアネートの、ほのかにツンと来る刺激が鼻に抜けるという極上のものだった。
化学肥料で栽培した一般流通品のカブを食べても、まったくこのような感動はない。カブは有機肥料で栽培したものに限る。
タケ&ナオ、ごちそうさまでした!
新潟市で、畜産関係者さんたちへの講演をした。県の担当者のHさんは僕のブログを読んでいただいているようで、
「タレカツ丼の店で昼食をとり、講演後は三日月でインデアンを食べましょう」
と言ってくれる!
上越新幹線のMAXに乗ると、東京駅を出たら次は終点の新潟まで停まらないという。プレゼンをまとめ、他の仕事を片づけていると、いつのまにか雪景色に変わり、新潟に着いた。さあ、新潟名物のタレカツ丼だ。タレカツ丼についてはこちらをご参照のこと。
「我々はとんかつ太郎も好きですが、もう少し味のこってりした店も好きでした。それが、これから行く「政ちゃん」です。」
実はこの店、いくつか同名店があるらしい。しかしこの店が元祖。よくある仲違いが原因らしいが、元祖だけに11時半になるとどんどん客が入ってくる。
意外にも洋食全般を供する店らしく、ランチメニューには色んな洋食メニューが並ぶのだけど、そこはそれ。タレカツ丼を食うのである。特製カツ丼1520円なり。それと、メニューを見ていて気になったのが「カニ焼きめし」。焼きめしという言葉には弱い!これも注文してしまった。
注文をしている間にもどんどん客が入ってくる。ドカチンの兄ちゃんたち、家族連れ、ご老人など、とにかくあらゆる年齢層の人たちが集ってくるのである。
「はい、お先にカニ焼きめしです~」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
すっげえうまそうなプレゼンテーション! ただのカニチャーハンではない。非常に具だくさんな”焼きめし”なのであるっ!
飯にはなにか仕上げにだし粉のようなものが振りかけられているようだ。こしょうではなく、やはり魚粉のよう。新潟の白米にテラテラと脂が絡んだこのプレゼンテーション、実にソソルではないか。
具材はカニのほぐし身に大ぶりに切ったタマネギ、タケノコの薄切り、キクラゲ、グリーンピースなど豪勢。バクッと食べると、いい感じに濃いめの塩ベースの味付け。脂のまとわりついた飯の旨さと、カニ肉の香り、そしてキクラゲのクニルッとした食感があいまって実にうまい!
「はい、特製カツ丼です~」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
出た!
ドンブリの蓋が閉まらないカツ丼盛りである!
ちなみに特製と普通盛りの差は、これだけあるのだ!
ドンブリの蓋を取って、その飯の厚みをみれば差が一目瞭然だろう!向こうにぼけて見える普通盛りと比べていただきたい。
俺、もうかなり興奮気味。
しかし、ばくつく前に作法を確認する。
「Hさん、福井県のソースカツ丼の文化圏では、ご飯の上に乗ったカツをドンブリの蓋によけて食べるという技法が存在します。新潟のタレカツ丼もそうなんですかね?」
そう、福井県の名物であるソースカツ丼文化では、当然の「文法」として、ご飯を覆い隠すカツをドンブリ蓋によけるという技が存在する。
■越前の国はソースカツ丼の聖地であった!
http://www.yamaken.org/mt/kuidaore/archives/2004/02/post_160.html
この技法が、新潟でも使われているのかと思いきや、僕はHさんの返答に驚愕した!
「いや、僕らはカツを重ねますね」
ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
そんな荒技を使うのかっ!!!!!!
これには心底ビックリした。コペルニクス的展開である!!
テンポラリファイルのようにカツを重ねて、バッファに非難させるのである!
新潟には福井とは違うカツ丼文化がはぐくまれていたのだ!
もう、こういう瞬間が生きてて一番楽しい。
食文化の「差異」に出会う瞬間。それにはもちろん優劣はない。ただ「差異」が存在するのだ。
日本という国は小さいけど、これだけの文化多様性がある。まだ日本も捨てたもんじゃない。
、、、なんてことをこの一瞬で感じたのである!
さてカツにかぶりつくと、もも肉が薄めにカットされ、切れ目を入れられて軟らかく食べることが出来る。以前に食べた「とんかつ太郎」よりも甘めで、そして醤油ベースの味も濃い。甘辛が強く実に食欲を昂進するのである!
この、ご飯にかかった甘ダレが秀逸。醤油ベースで糖分を加えた、いわゆる甘辛味は白飯キラーである!
そして食い進めるうちに、第二の驚愕が、、、
白飯の中にカツが埋まっている!
いわゆる「まむし」である!
しかも二枚。合計で特製カツ丼には6枚のカツが乗っているということになるのだ!
うひゃあ、これは凄まじい物量である。カニ焼きめしとともになんとかがっついて食い終える。
後には深い満足感と満腹感が、、、
後続の人に言っておきたい。
特製カツ丼を頼んだら、他には頼まない方が身のためである。
厨房では3人の調理人が立ち働いている。気持ちよくきびきびと料理をしながら、「ありがとうございましたぁ~」と声掛けをしてくれる。周りのテーブルをみていると、意外にカツ丼以外のメニューを食べている人が多い。この店はタレカツ丼の専門店ではなく、トンカツやさんなのだな、と理解する。
いや、満腹です。
でもって講演終了。
一路、新潟駅へ。その途中で「三日月」の入っているスーパーへいく。
買い求めたイタリアンは、帰りの車中で消えました。同じ車両に乗っていた皆さん、匂いがしたと思いますが、申し訳ありませんでした!
僕も大好きな山形県の蕎麦を、質のいいそば粉を供給するということから支え続けた”神様”がいる。いや、居た。

鈴木製粉所の鈴木彦一社長さんが、12月11日に亡くなられた。享年68歳、まだ早い、、、心からご冥福を祈ります。
山形にて、鈴木さんにお会いしに行ったエントリは下記。ぜひご覧ください。
山形蕎麦の関係者さんから、異口同音に聴くのが、鈴木製粉がなければ山形県の蕎麦の質と、技術向上はなかっただろうということだ。鈴木さんは、一般向けには決して蕎麦を打たないという。製粉所という立場上、お客さんは蕎麦業者さんとなる。その蕎麦業者さんを飛び越えて消費者に蕎麦を打つことは営業妨害になるから、ということらしい。
そして鈴木さんは蕎麦屋の有志に、蕎麦打ちを教えていた。つまり彼は、そば屋に技術を教えるという、蕎麦の超グランドマスターだということになる。僕が先のエントリにあるように、素人ながら教えていただいたことが行幸だと思う。江戸前のその技術で打たれたその蕎麦を、僕は都合4枚くらい食べた。それまでに、自分や同行の人たちが売った蕎麦を5枚食べていた。食べ比べてみて愕然とした。粉もなにもかも同じなのに、打ち方だけでこんなにも、香りのほどけ方や舌触り、全体の印象が変わるものなのか、、、
まさに神業を見た思いだった。
最後までひょうひょうと力み無く、そして淡々と対応してくださった鈴木さんに、改めて感謝を捧げたい。
生前の鈴木さんの蕎麦を食べることの出来たことを幸運に思う。
心からご冥福を祈ります。天国でも素晴らしい蕎麦を打ってください。

今の和歌山といえば、有田ミカンを避けて通ることは出来ない。
愛媛の今治の産婦人科で生まれ落ち、そして関東で育った僕にとって、みかんとは長らく愛媛のものであった。実際、愛媛ミカンは関西以南にはあまり出回らない。流通の関係で、関東より北に出回る。そして和歌山のミカンは関西方面に出回るのが普通だ。だから関西では「愛媛ミカン」のブランドをあまりよく認知していない人が多いくらいなのだ。

醤油の発祥の地として有名な湯浅から山に登る。目指すは、この辺で3町歩、全体で5町歩という広大なみかん園をもつ山下さんの園地(えんち)だ。


この風景に写る斜面の園地すべてが山下さんのものである。右側の方はオレンジのミカンの実が見えないが、早生ミカンをすでに取り終えてしまったからだ。今年は極端な不作。いつもなら残してしまうようなところも採らないと、需給に追いつかないのだ。

凄まじい急斜面を、昔は肥料袋を担いで登ったらしいが、モノラックという、モノレールのように一本のレールを敷設し、レール下部に仕込まれた溝に歯を噛ませながら登るエンジン付きの乗り物で登るようになった。これができたことで果樹の管理は相当に楽になったのだ。
「うちのは30年前から使ってます」
と、若手の山下さんが持つモノラックは、手入れがいいのか30年前のものとは思えない綺麗なもので、すぐにエンジンがうなり声を上げた。

生産者団体の集荷担当の上田君とともに後ろに乗せてもらう。背もたれなんかはついていないので、落ちないように片手でモノラックのフレームを持ち、片手にカメラをもって後ろを振り向いて写真を撮るのは至難の業だ。

ミカンを詰めたコンテナを大量に積載してもちゃんと稼働するモノラックは、人間4人が乗ってもぐんぐんと進んでくれる。そのスピード感は、下の写真の左側の風景のブレからもわかってもらえるだろう。

ミカン山の上に立つ。向こう側の斜面は実がとりつくされて緑色しかない。いまこちら側で収穫しているのは中生(なかて)の品種だ。極早生(ごくわせ)、早生、中生、晩生(おくて)と品種群は連なる。


「うーん、山下さんのところは管理がいいですよ。」
と上田君が感心する中、下の方から再度モノラックが、カメラマンの八木澤さんと編集のI女史を乗せて上がってくるエンジン音がブブブブと響いてくる。




この疾走するスピード感!
モノラックはミカンだけではなく、斜面で栽培する果樹全般と、そしてお茶生産地でよく使われている。

それにしても今年はミカンが不作だ。
もともと今年は裏年といって、ミカンの不作は最初からわかっていたことだった。
ミカン類には裏年と表年というのがある。専門的には「隔年結果」と言って、全国的に一年ごとに豊作と不作になる現象を言う。日本のミカンの樹が一斉に、同じように不作になったり豊作になるのだ。今年は裏年なので、どこの産地もミカンの収量が少ない。

この隔年結果がなんで起こるのか、どうやれば回避できるのかは、実は一部では知られていて、僕も昨晩のクエ鍋を囲む席上で篤農家(とくのうか=優秀な農家さんのこと)であるマッちゃんに、その驚愕の理論を聴くことができた。そういうことだったのかぁ、、、と言う感じだ。
今年は裏年なのだが、ミカンの味は非常に佳い。これもまたよくわからない話だが、温暖化が関与しているかもしれない。実は今回尋ねた農家さんが異口同音に言っていたのが、最近、ミカンの実が収穫前に落果する率が例年より高いのだそうだ。これは温暖化が原因らしい。ミカン産地もこれからやりにくくなるだろう。

それにしてもミカン山は美しい。
有吉佐和子の「有田川」はこのミカン山で起こる悲喜こもごもが美しく描かれている名著だが、その現場だなぁ、としみじみ嬉しくなる。

それにしても山下さんとこは5町歩もみかん園をするなんて、すごい豪農だ。なんといっても5町歩といえば100メートル×100メートルが5つ分なのである。気が遠くなる面積だ。

ため池まで降りていくと、その脇になんと昨日のなれ鮨を巻いていた葉である「アセ」が群生していた。

殺菌力をもった葉でなれ寿司やおにぎりを包むことは、この辺では常識だったのだ。

一路、別の農家さんの園地へ向かう。

これが有田を上から眺めている状態だ。


ここの農家さんは、地元でも有名な篤農家であり、そしてホントに有名な釣り師でもある宮井さんだ。釣り具メーカのシマノのフィールドテスターでもあるらしい。

またもやモノラックでぐんぐんと登っていく。


ほんの5メートル高度が変わるだけでも風景が変わる!



こちらも中生の品種だ、美しい。


帰りのモノラックは、行きと逆で下方向にグワッと傾く。


宮井さんの自宅兼倉庫で、面白い品種のミカンをいただいた。

このミカン、通常のミカン品種に比べて果糖の含有量が高く、甘さが直接的に舌にビビッと強く感じるみかんなのだ。

まだ植えて何年も経っていないので100ケース程度しかでないらしいが、、、これは面白い品種だった。
さて食い倒れの旅は続く。
地元の学生御用達だった洋食「グリルカレー」へ。



カツハヤシ、甘くて深みのあるドミソースが旨い!

一番豪勢なCランチ、ステーキとハンバーグ、そして海老フライという文句なしの合わせ技だ。

オムチーズ海老フライ載せグリルカレー。ルーが足りなくなったら所望。

オムライス大盛りは凄まじいご飯量であった!

でも、これを隣のテーブルのおっちゃんはぺろりと平らげていた。恐るべし和歌山、、、

家族の肖像。長女さん(右)はホテルの厨房で修行していた方で、これから店を継ぐそうである。
「来月には店内の壁のクロスとかを綺麗にするから、また撮りにきてよ!」
はい、了解です。
そして地域のファーストフード店「玉林園」へ。和歌山県人であれば、アイスクリームはここの「グリーンソフト」がスタンダードであるという。それと「てんかけラーメン」。これは僕も初めて食べる。




グリーンソフト、てんかけラーメン、たこ焼き、スタミナラーメン。お味の方は、週アスに書きますです。

最後、和歌山ラーメン(中華)の新星・楠本家へ。ニューウェーブ和歌山ラーメンの旨さがここにあった!






もうはいらん。
この怒濤の一泊二日をアテンドしてくれた津田君、本当にありがとう!
さーてようやく熱も治まったし、今週はバリバリ行くぞ。
ようやく熱がひいた。
3週間にわたる微熱・高熱との戦いですっかり毒素を吐ききったか、身体が軽い!
さてそんな病み上がりの週末、和歌山にアスキー旅三昧取材。

和歌山の旨い魚を食べさせる漁師料理の店・「たかや」では、8Kgの天然クエを準備してくれていた。


これ一本10万円くらいする幻の魚。夜、こいつを囲む宴になるのだ。


その後、まずは名前を聞いて笑ってしまうけど、景色をみれば確かに納得のカフェテラス「コートダジュール」へ。


ここのカレーが、侮りがたく旨い。3日間炊かれているのだそうである。

さて今回の取材の肝が「なれ鮨」である。前々からいきたかった「弥助寿司」へ。

4代目ご主人と5代目に、その目の前で早なれ鮨となれ鮨の双方をつくっていただいた!





久しぶりに食べるなれ鮨の香りは、ウォッシュタイプの強い個性をもつチーズを凌駕する動物性の香りだ。旨い!

しかしこのほかにも郷土の寿司が実に旨い。弥助、持ち帰りが主体だが、これら技ありの和歌山郷土寿司の世界が素晴らしい。




さて和歌山といえばラーメン(地元では中華という)。和歌山ラーメンといえば、、、「丸三」である!

この店、超繁盛店なのにもかかわらず全く味が変わらない!尊いことだ、、、


誰もやらないみたいだけど、早寿司をスープにつけて食べると最高なんだよ、、、


地元密着型お菓子屋である春栄堂にて、名物シューパリとロールケーキ撮影。シューパリ最高!



そして、和歌山ラーメンの元祖一派である車庫前系のマル木へ。

丸三とは対照的にストイックな醤油味がイイ!


そして再びたかやに戻り、懐かしい面々とのクエ鍋の宴だったのである、、、
もう、いうことはない。










熱は相変わらず下がらない。うーん、、、視界がボヤッとするのが非常につらい。
でも少しだけ鼻が通るようになったので、夕食のおかずの香りがきちんと味わえた!これだけでもかなり前進。昨日のおかずは白菜と豚肉の重ね蒸し、これをポン酢で食べるのだけども、あまりに白菜が旨いので何もつけずに何口も食べてしまった! 当然だ、白菜は今年、最適な栽培条件の中でたっぷりの太陽光を浴びて育ったのだから、、、
白菜は今年、買いなのだ。
さて
実は2週間ほど前、いきなりあるラジオ局の番組から電話があり、インタビューを録音することになった。テーマは「大根や白菜を産地で廃棄しているっていうけれど、どうなの?」ということだ。アナウンサーの男性に繋がると、こんな感じのやりとりになった。
「いやねぇ、白菜も大根も美味しいじゃありませんか。なんで廃棄なんてしちゃうんだろう?」
(山)「そうですねもったいないですが、出荷される量に比して買われる量が少ない場合には、市場原理で価格が下がってしまうんですよ。今年後半は天候がかなり理想的に推移したので、収穫量が増加してしまったんですね。しかも暖冬気味(当時)なので、鍋物需要が動かないのか、売れないんですよ。そうなると、産地としては出荷しても赤字になるだけなので、収穫を手控えるんです。」
「うーん わかりますけどねぇ。 でも食べ物ですよぉ。 生産者はなんとも思わないんですか!?」
あ、来た! こういう質問をしてくる人たちの常套手段だ。生産者に責任や悪役を押しつけようとしている。申し訳ないがこういう手合いには荷担できないのだ。
(山)「いや、悔しいに決まってるでしょ。あのですね。生産者さんがいちばん困ってるし悲しいんですよ。自分が生産したものが販売できないんだから。でもね、いま出荷しても、市場までの運賃や箱代にもならないんですよ。出荷するだけ損をするんです。生産者を責めるのはおかしいですよ。」
「うーん そうですか、、、 でもね、漬物にするとかできないの? 白菜の漬け物、美味しいでしょ?」
(山)「産地では大量に白菜が出来ているわけですから、個人的に漬物にするくらいじゃ無くなりませんね。漬物業者はいま、フル稼働で生産していると思いますよ。けど、生の白菜が売れていないのに、白菜の漬物が売れるってこと、ありますかね?問題解決にはならないんですよ、、、」
「それとか、困ってる人にあげるとか、、、」
うわーーーーー 出た!
究極のキーワードである。
(山)「ええとですね、困っている人に届けるという役目を誰がやってくれるのか、ということが問題になりますね。段ボールに詰めて出荷するだけでも赤字になるというのがいまの状態です。で、困っている人にあげるというコストを、産地にもてというのでしょうか。難しいと思いますよ。」
「うーん じゃあどうすればいいんでしょうか?」
そして僕は、彼や番組制作者さんがおそらく予想していなかった、そしてあまり望ましくない答えを述べるのだった。想像通り、「なるほどぉ!それは名案ですね!」とは言われなかった。
そして先日、ある大学で農業の今後に関する講演をしたときのことだ。ある男子学生が僕のところに来て、義憤に満ちた顔で、さきのアナウンサーのような質問をしてくれた。
「困っている人にあげるとか、どこかに送るとかできないんですか?」
(山)「それにかかる予算を誰がお金出したらいいと思う?」
「うーん、、、国とか、、、」
彼にも僕はある答えを述べた。 「うーーーん」 といいながら彼は頷いて帰って行った。
ちなみに彼は真摯な態度。さすが加藤先生の大学の生徒であると思った。
さて
そうしてさきほどある新聞社から、同様の質問が来たのである。熱があって上手くはなせないので明日以降にしてくださいと連絡したのであった。
さて
産地で大量に野菜が廃棄されているというニュースを見ている人は多いだろう。トラクターなどで潰される野菜の映像をみて、胸の内で「食べ物が廃棄されるなんてもったいない」と思う、これは至極当然のことだ。僕も悲しくなる。
しかし問題は、その悲しみが、あらぬ方向へ怒りとなって向くことが多いことだ。そして、生産している側に矛先が向くことが非常に多い。
「農家はいったいなにをしているんだ!」
そして先ほどのやりとりのような話になるのだ。
しかし、農家の立場は先に書いたとおりだ。彼らが一番苦しいのだから、そうやって責めることは全くなんにもポジティブな結果を生まない。
ちなみに農家がなぜ廃棄しているかというと、農水省が定める重要野菜緊急需給調整事業における処理だ。ごくごく簡単に省略して説明するが、国として定めた野菜の重要品目というのがある。国民生活上、この野菜が一気になくなったらマズイだろう、という品目群で、とうぜん大根とキャベツも入っている。
この法律では、その重要野菜の需給が逼迫、つまり不作で市場である程度以上の高値をつけるほどになった場合(数年前にキャベツが異常な高値になった、ああいう場合)には、事業に参加する農家に補助金で補填をするので、安く市場に放出するようにということになる。
そして今年はその逆だ。農家が、まったく生活できないほどのダメージになるくらいの安値が市場でついてしまった場合、廃棄処分をすることで需給を調整し、農家には補填金が交付されるというものだ。ただしその交付金で食っていけるというレベルの高額なものではない。農水省のWebなどに事業の内容があるので、関心のある人は読んでみるといいだろう。
農家の仕事では、毎月定収入が入ってくるということはありえない。
米の生産なんざ、一年に一回しか収穫できないわけだから、収入のタイミングも一年一回なのだ。それではあまりに大変だから、農協という組織が前渡し金というのを払い、米を収穫・販売したときにそこから差し引くという制度ができているのだ。
キャベツや大根が、今年のように豊作になりすぎると、一作分を放棄することになる。最近の産地は巨大化しているから、その年キャベツがダメならもう後半の収入はほぼ無しという人だっているかも知れない。そうした人たちが泣く泣く潰すのがあの光景なのだ。それを理解して欲しい。
残念ながら現在の科学では、今年が不作になるか豊作になるかということを予測することは不可能だ。半年先の天気予報がビシッと当たるようになればこんなことは回避できることになるだろう。だから産地廃棄をイヤだと思う人は素晴らしい気象予報士になってください。
で、 消費者ができる、産地廃棄をなくすための方法が、一つある。 それは誰にでも可能なことだ。
それは、、、
白菜や大根等、豊作になっているものを、いつもなら一つ買うところを2つ買うこと。
だ。
ずっこけた人もいるだろうが、、、
そもそも 野菜の価格は需給のバランスによって決まる。買う人がいないからこのようなことになっているのだ。だから、今年は積極的に白菜と大根を食べまくって欲しい。実はそれが最良の方法なのだ。
でもきっとこういわれるだろう。
「一人(または二人)暮らしなのに大根2本、白菜2個なんて食べきれない!」
「料理をする暇なんか無い!」
「余らせて腐らせちゃう、、、」
と仰るなら、産地廃棄という行為を憎む矛先を、自分にも向ける必要があるのではないだろうか。
食べきれなくても買うことによって支えられるものがあるのだ。
家で腐ってしまった白菜は、でも産地で腐るよりも尊い。生産者にいくばくかのお金が渡るからだ。
そして、「白菜一個売れた」という実績が、スーパーなどのPOSデータに残る。
10万人の消費者が、いつもより余計に白菜を1つ多く買えば、10万個の白菜消費になり、絶望していた市場が活性化する可能性がある。
また、「料理をしないから」というのが実に難しい問題だ。
実は白菜や大根が売れ残るのは豊作だからというだけではない。料理をする家庭が減り、大根一本、白菜一個という単位で買い求める家庭が無くなってきているからということが大きいのだ。今、東京圏で白菜を丸ごと売っているスーパーは少ない。半分もいい方で、1/4カット、悪くすると1/8カットが主流だろう。
最近の主婦は「食材が余るともったいない」という感覚が強くなってきているそうだ。僕からすれば、余ったら翌日のおかずに回すか、白菜なら塩をふって浅漬けにすればいいじゃん、と思うのだが、そう言うことを実行する人はあまりいないらしい。
ということで丸ごとの野菜が売れていないのだ。外食・中食を自分の食の中心にしていると、どんなに野菜メニューを中心にとっても、野菜を食べる量は知れている。野菜をたっぷり食べる、と言う行為は、究極的には家庭でしか為し得ないことだと僕は思う。
料理といったって、この時期には「鍋」という方法がある。白菜と大根と豚肉だけで鍋は成立するではないか。
それに白菜や大根を漬物にするのは死ぬほど簡単だ。でかいボウルか綺麗なバケツに、重量の3%の塩をふった白菜・大根を入れて、上に重しを載せておいておくだけだ。日の当たらないベランダに置いておけば温度もちょうどいい。
、、、と一気に書いていて疲れてしまったのでこの辺にするが、とにかく産地廃棄をよくないと思う人がいたら、その品目を少しでも多く食べて欲しい。根本的にはそれ以外の方法はない、と僕は思っています。
日本の農業生産者は凄まじい勢いで減少しつつある。儲からないんだから当然だ。このままいくとおそらく10年後、国産農産物というものがすごい高嶺の花になり、他国の野菜や穀物ばかり並んだスーパーばかりになる。たしか日本人は、BSE騒動や鳥インフルエンザ騒動の時に「食の安全を!」と叫んだはずだ。
あれは幻だったんだろうか? そうでないと思いたい。
「やまけんさん、ぼんぼりの方で、駿河若シャモを使った新しい料理を出すんですよ。」
と、東京バルバリとぼんぼりグループのオーナーである小林さんが言う。最近、事務所から徒歩数分ということもあって、東京バルバリにしか足が向いていなかったのだけど、駿河シャモに特化した料理をすると言うことならかなり興味がある。
「駿河シャモ」は、これまで僕のブログでは「駿河若シャモ」と呼ばれてきた、静岡県の中小家畜試験場が育種してきた鶏だ。先日の富士宮オフ会でもみなが舌鼓をうった、これから大きく羽ばたくであろう新しい地鶏品種である。その名前から「若」をとって「駿河シャモ」となり、しばらくしたらJAS規格の地鶏へ申請をする運びとなっているそうだ。そう、この国では地鶏と名乗るにはJAS規格をとらなければならないのである。そのためには、血統、飼育密度(1平米に何羽まで、と決まっている)、そして飼育日数70日以上というように、ブロイラーの飼い方とは全く違う体系にしなければならない。ブロイラーの倍以上の長い期間を育て、その間の餌代がかかるわけだから、高くなって当然なのである。
その駿河シャモ料理ってなんなのか。
「鶏しゃぶなんですよ!」
うーーーーーーーーーーむ
しゃぶしゃぶかぁ、、、
実は僕は、駿河シャモは炭火での塩焼きに限ると思ってきた。身肉に旨みがたっぷり含まれている駿河シャモ、塩をして焼くだけで何も要らない旨さなのだ。しかし、煮るとなんだか、その旨みがくどくなる感じで、食感の強さと相まって今ひとつ、と感じていた。
「ええ、ぶつ切りで茹でるとそうかも知れないんですけどね、ちょっと違う方式にしてあるんですよ。ルイベ状に完全凍結しない程度に冷やして、スライサーで極薄に切るんです。そうすると極薄なんで、サッと火が通ってちょうどいい食感と美味さなんですよ。」
おお、なるほど!
「しかもですね。しゃぶしゃぶした駿河シャモの身を、飯尾醸造の富士酢のポン酢でいただくんですよ!これが最高なんです!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
まじですか?原価大丈夫?
もうお馴染みの「富士酢」の醸造元である飯尾醸造が出しているポン酢は絶品である。これを使うなんて、自家製のポン酢を使うよりも豪勢なんじゃないのか?
ということで、試作段階の鶏しゃぶをいただきにあがったのである。
しかも今回は、東京バルバリで友達になったミュージシャンのTINGARA(ティンガラ)の石島さんとつぐみさんともご一緒である。
キーボードの石島さん(右)はずっと前から僕のブログを読んでくださっていたそうで、バルバリで小林さんから紹介して貰ったときには、ぶんぐらぶんぐらと握手をされた。京橋にギャラリーも持っているというやり手音楽家なのである。PODCASTもしているので、関心があれば聴いてみてください。かなり癒されます。
■TINGARA
http://www.tingara.com/profile/
「じゃー食いましょう!」
ということで小林さんの発案、薄切り駿河シャモしゃぶしゃぶである。
たしかにルイベ状の肉をスライスした駿河シャモは、実に薄造り風のテクスチャだ!
昆布だしにしゃぶしゃぶと軽くそよがせてから、飯尾醸造のゆずぽん酢につけていただく。
ふんわり軟らかく火の入った駿河シャモの肉は、焼いたときの食感とは大きく違って軟らかい!
しかし、ブロイラーのようなブワブワとした膨満な柔らかさではない。しっとり絹のような質感を保ったうえでの柔らかさだ!
しかもその肉に旨みが湛えられているのに相乗して、飯尾醸造のゆずポン酢が効く!
これは反則である。だってこのゆずポン酢を使えばなんだって美味しくなるんだもん。それに駿河シャモを掛け合わせるのは、かなりTooMuchである。しかし、当然ながらむちゃくちゃに旨い。
「旨いッスよぉおおおおお、旨い!このやり方はそりゃあ旨くなりますよぉ!」
「むふっ そうでしょ?旨いんですよねぇ、、、僕も試作してて、にんまりしちゃったんですよ、、、」
ちなみに貴重なキンカン(まだ生まれていない段階の卵と卵管)も具として食べることが出来る。
これがまた絶品! 卵管の部分も全く臭みがない。あたりまえか。駿河シャモは内臓こそがまた旨いのである。レバーやハツも、しゃぶしゃぶだと余計な手が加わらないのでしっかりその風味の美しさを味わうことが出来る。
ちなみにこの日はぼんぼりの地下にストロボを持ち込んだはいいけど、光を拡散させるアンブレラを持ってくるのを忘れ、ちょっと光が強めに当たってしまったので、あまり美しく撮れてないのはご勘弁。
石島さんと小林さんは、仲のいい兄弟分といった感じ。実は石島さんの方が年上というのはちと信じられない感じだが、、、(笑)
「今回、厨房に新しく和食の経験のある料理長がやってきたので、こういうことができたんですよ」
と小林さんが言うように、実はこのぼんぼり日本橋店の店長は数回変遷している。僕が通っていた時期は山下君という北イタリア料理出身のシェフだったのだが、今回は”和”である。かなりイイ線いっているんじゃないだろうか。
(向かって右が料理長さんです。)
創作系の和食一品料理も中々に旨い。
そんな中、どんぶり飯メニューの創作に関しては異様に素晴らしい感性を持つ小林さんが、また新たなメニューを考案していた!
「やまけんさん。黄身飯(きみめし)っての食べませんか? これ、旨いですよぉ、、、」
「まずその黄身の味噌漬けをご飯に載せていただいて、、、」
「黄身を割ってご飯にまぶしちゃってください」
「で、別皿の肉そぼろを混ぜて、、、」
「あとは掻っ込んでください!」
ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
これは旨い!
黄身のネットリした油分とひしお系の香り、そぼろで足された肉系の旨さとご飯が一体となって、無茶旨である! すぐさまお代わりをしてしまった!
小林さんのつくるドンブリは、以前に東京バルバリがまだぼんぼり京橋店だったころ、旨油ご飯という絶品で悶絶したことがあったが、アレをまた上品にした感じである。
いや満足。
駿河シャモのしゃぶしゃぶが2000円台。それに〆でこの黄身飯を食べるというのが、実に最高なコースではないか。この日は完全に小林さんにご馳走になってしまったのだけど、旨かったからここまで書く。駿河シャモ料理を都内で食べられる貴重な店であるぼんぼり日本橋本店、このしゃぶしゃぶ料理で隙が無くなった! まだ駿河シャモを食べていないという人にはぜひお勧めしたい。
日本橋ぼんぼり本店
03-3664-2777
東京都中央区日本橋蛎殻町1-5-1 オイスター1-5ビル1F

以前も書いたとおり、日本最大の調理学校である辻調グループ校と、仲良くさせていただき始めている。きっかけは小山先生との出会いで、なんと彼は食い倒れ日記を読んでくださっていた。その後いろいろとお話しをする中で、色んな話が詰まりつつある。実に素晴らしき出会いであった。
「ヤマケンさん、うちがいま力を入れている事業で、グループ・アラン・デュカスの料理学校を、日本で共同プロデュースしているんですよ。通常は10回または4回連続できていただくんですけど、一日だけでも参加可能だから、来てみませんか?」
それがADF+TSUJIだ。ADFはAlainDucasseFormationの略。
ちなみに値段を聞いてびっくらこいた。なんと一回4万円である! ただし内容をきいてみたら、朝10時から夕刻の4時までびっちりとレクチャーを受け、手も少し動かし、そして出来た料理はもちろんいただくという豪勢な勉強会なのである。
僕はもちろん料理好きなのだけど、正式に勉強をしたことはない。これはぜひ行きたいなぁ、と思い、エイヤっと清水の舞台から飛び降りるつもりで参加させていただくことにしたのだ。
ADF+TSUJIは、日本橋蛎殻町(かきがらちょう)にある。実はそのすぐ裏に、日本橋ぼんぼりの本店があるのだ!ちょっとびっくり。なぜか僕の家(木場)から自転車で20分圏内に、新しい出会いが待っている(笑)
実は一回、日本カボチャの品種を分けてもらえないかという依頼があって、ADF+TSUJIに自転車をこいでいって(笑)、手持ちのものを持ち込んだことがある。そのとき、厨房にはまるで修行僧のような坊主頭で、鋭い眼光をした人が、背筋の伸びた姿勢でそっと立っていた。静かで柔軟そうな、しかし鋼のような印象をした、本当に修行僧というイメージがよく似合う人。それがこのADFの先生であるケイ・コジマ氏だ。
「うわー眼光するどい人だぜ、怖い~」
と思っていたが、物腰柔らか。一言発するのに数秒の間をおき、自分の中でGoサインが出てから声を出す、というような感じの、とにかく慎重さを感じる人だった。彼はグループ・アラン・デュカスの名店であるモナコのルイ・キャーンズの副料理長を務めていた人で、今回のプロジェクトのために日本に帰ってきたとのこと。三ッ星レストランのNo.2である! 一体どんな料理を出すんだろう? いやどういう料理をするんだろう? そう思いつつ、スクールに参加させていただいたのだ。

10時スタートだが、出来れば早めに来てくださいということで20分くらいまえにつくと、お茶とクロワッサンをサーブしてくれる。

「長丁場なので、朝ご飯というかんじでお茶を飲んで貰ってるんですよ」
と先にきていた小山先生。

なんと今日は、女性陣ばかりの中にヤマケン一人では寂しかろうということで一日つきあってくれるという。ありがとうございましたぁ、、、
この日の参加者は7名。僕と小山先生以外は女性。一人はなんと兵庫県から来ているという!
「こんなにすごい料理教室は関西にはないんですよぉ~」
と言うが、毎週兵庫から東京に来るなんてスゴイなぁ。
さてクラスが始まった。

「今日はデュカスのガストロノミーの世界というコース料理を学びます。前菜にアンショワイヤードという、野菜をアンチョビベースのソースでいただくもの、次にカリフラワーの繊細なヴルーテというスープ。アンコウをアイオリベースのソースでいただくブリッド・セトワーズ、そして子牛肉のロースト・アンシエンヌ風という4品です。」
なんか、むちゃくちゃに本格的なコースである。コジマ氏、まずは子牛肉を手にとり、”肉の掃除”から教授してくれる。これがまた実に面白いのだ!


塊肉で仕入れたものを客に出すために掃除・成形するわけだが、たんに形を整えるだけではないディティールへのコダワリが随所に観られるのだ。まず骨の端についている肉を刮いで、指でつかむことができるとっかかりをつくる。

その後、余分な部分の肉や脂を削いでいくのだが、骨に沿って少し黒ずんだ血管を浮き出させた。

「ここに血管があります。普通の店ではこの部分はつけたまま料理しますが、ルイ・キャーンズでは取り去ります。加熱すると血や体液が溶け出して、味や見た目に好ましくない影響を及ぼすおそれがあるからです。」
さらに、少し出っ張った骨をのこぎりでカット。

そしてタコ糸で肉を縛って形をととのえる際も、自然な肉の形になるようにわざわざ骨の間に針を通し、成形する。

「より自然な形に成形するために、この一手間をかけます」
肉を取り出しでから10分程度、説明をしながら600gの骨付き仔牛肉の”掃除”が終わる。

”掃除”と言うが、実に実に、念入りに計算され尽くした下ごしらえなのである。実はこのあと、ガルニチュールの野菜のカットなどもあるのだけど、万事この調子でディティールにこだわった”掃除”がなされているのをつぶさに見せてくれるのである。
まさに目から鱗、ということばかりなのだ。
素材に佳い物を選ぶのは当然として、その素材をどのようにカットし、どのように成形することが、その素材の持っている味を最大限に花開かせるかということを考え抜いた上での”掃除”なのである。いや、びっくらこきました。

例えばジャガイモのガルニの下準備は、半分より少し小さいくらいの面積だけ皮を剥いて丹念に面取りをする。皮も美味しいから残しておくが、バターの味をしみこませるために皮を剥いた部分もつくっておくということだ。


ニンジンのグラッセも、無造作に見える斜め切りをした後に丹念な面取りをする。そうして合わせてみると、すべて同じ厚みに仕上がっていた!って、きっと三ツ星レベルのシェフであれば当たり前なのだろう。全てに理由があるのだ。

カリフラワーのヴルーテは、細かく房に分けたカリフラワーを、淡い鶏のフォンで煮て、これをミキサーにかけて滑らかに漉す。




隠し味にカレー粉を少し入れるが、カレーの風味はそれと言われるまではほとんどわからない微妙な量だ。

クルトンも、たっぷりのバターで、焦がすことなく一定の火を入れ、香りをつける。



泡立てたミルクとクリームを引いた皿にスープを注ぎいれ、クルトンを添えてできあがり。



「それではお食べください」
と、テーブルのセッティングがなされ、ワインをのみながらいただく。なんていい料理教室なんだ!(笑)


極上のオリーブオイルをまわしがけ、香り高いクルトンをチラしていただくカリフラワーのヴルーテ、美味しいという以外にあるわけがない!


しかし、この一連の料理に共通することがある。それは淡い鶏のフォンを多用しているということ。実はこれがデュカスの料理のベースにあるらしい。それ単体でスープとしていただくには薄く、しかししっかりとした旨みアミノ酸類に満ちた出しゃばらない液体。これを至る所で使用していたのだ。結果的に、鶏スープ
の旨さとは全くわからない形で、料理の味のベース部にひっそり存在しているのだ。日本における昆布だしのようなものだろうか。
さて仔牛肉は塩をふられ、ココットで焼かれている。



300g塊の子牛肉2本は、ココットの中で丹念に加熱され、焼き色をつけられている。ここではオーブンは使わない。

「オーブンでは肉の全体に加熱することができますが、その際、肉に大きなプレッシャーをかけてしまいます。ココットでは火は軟らかく一面にあたり、上部は常温に保たれていますから、熱のプレッシャーを逃がすことが出来ます。そして、肉の内部の液体をまんべんなく回していくことができるんです。」
うおっと
これは銀座バードランド・北千住バードコートの、奥久慈シャモの焼き鳥技法で感じ入ったものと同じだ!ちなみにこの肉を焼き上げるのに、ココットで30分をかけている。
これに合わせてガルニチュールの小タマネギ、ジャガイモ、ニンジンがすべて別々の鍋で調理されている。ジャガイモはバターで、ニンジンはオリーブオイルで、小タマネギは子牛肉のジュをかけながら火を入れていく。



ソースはジュを使ったものだが、味のベースにあらかじめとっておかれたある種のフォン、ゼラチン質に固まったものを冷蔵庫から取り出し、投入していた。これをつくるのがむちゃくちゃに時間がかかるのだそうだ。


肉が焼きあがる瞬間からのスタッフの手際がすごかった。

熱せられた皿がならび、ガルニチュールが整然と盛りつけられる。ちなみにケイ・コジマ氏の他、女性のアシスタントシェフが3名いて、そうがかりで盛りつけしている。




肉に包丁が入ると、焼き色の入ったウェルダンな層が5ミリ近く、そしてそこから明瞭に滑らかなロゼ色の、加熱されてはいるが肉汁をたっぷり湛え、旨みが活性化しているのが手に取るようにわかる部分が続く。

ジュをベースにしたソースがかけられ、テーブルに供される。


「さあ、お食べください」
写真を撮るのももどかしく肉をカットする。

いやー
もう何も陳腐な台詞が出てきませんな。肉の加熱具合のビシッと決まった様。
肉に由来するもの以外はほとんど入っていない、にもかかわらず旨みと深みがこっくり効いたソース。そして付け合わせのガルニの素晴らしい旨さ。

ガルニチュールの一つ一つが、添え物ではなく料理であることを思い知ったのだ。
野菜ラブな俺としては、こんなにも野菜一つ一つに愛情を注いで料理してくれるコジマ氏が神々しく見える。
なんといっても、野菜の下ごしらえ(やはり”掃除”と仰っていた)ひとつみても念が入っている。ニンジンの皮をピーラーで剥き、秒速で肩の周りを削いで成形するその丹念さには本当に恐れ入ったのだ。
「いやぁ~ 美味しい!」
と唸っていると、コジマ氏が僕や他の参加者の眼をじっとのぞき込んで、こう問うのだ。
「本当に、美味しいですか?」
一瞬、その真意がわかりかねた。なにかを引っかけているのかと思ったのだが、そうでもないだろうと思い「ええ、本当に美味しい!」と言うと、少しほっとしたように
「そうですか、よかった、、、」
と言うのだ。
いやぁ
参るね!
ケイ・コジマ氏のレッスン、何と言っても印象に残るのは彼のお人柄。実に最高だ。
煌めく三ツ星レストランのNo.2の地位に居ながら、彼は全く奢ることなく、食べ手に「本当に美味しいですか?」と素直に訊いているのだ。タマラないではないか!
レッスン後、小山先生が言っていた。
「彼は18歳から料理の道に入って、とにかく料理が大好きでずっとやってきてますからね。アジア人としては初めて、デュカスの下でNo.2の立場を獲得しているんです。何もビジョンのない料理人とは訳が違いますよ。デュカスもこのスクールのような新しい試みには、最もキレる人物を送り込んでくるんですが、コジマさんはその決め手ですよ。本当に。」
いや全くそれがよくわかる料理ぶりなのである。

ケイ・コジマ氏の風貌・たたずまい・言動すべてが実に静逸で、とぎすまされている。写真だときっと冷たい印象を受けそうに思うだろうが、実物は違う。冷たさではなく、何に対しても真摯な態度なのだ。
肉を食べたけど、授業は続く。アンコウの下処理。皮をはぎ、肉をカットしてソテー。

これを野菜と煮てブイヨンをつくるのだけど、なんと味を出す野菜群にはサラダ菜がある。



仰天して「サラダ菜を、煮込み料理に使うんですか?」と尋ねると、
「サラダ菜やアンディーブなどを煮込む際に使うことはよくあります。ちょっと清涼感のある風味がつくんですね」
と言っていた。料理とはなんと自由なものなんだろう。思いもよらなかった!
もう一品、前菜のアンショワイヤードに使うための薄焼きパンをつくる。

パスタマシンで15分ほど発酵させたパン生地を薄く薄くのばし、オーブンでパリパリに焼いて添え物とする。



一方でアンチョビソースを造りながら、それをつけてたべる野菜を準備。


この野菜の下準備の様が、本当に丹念を通り越して緻密なのである。そう、野菜の”掃除”。ニンジン、大根、カリフラワー、フェンネルなどが、本質的な味と香りと食感の部分のみを残して削られ、純化されていく。


アンショワイヤードという、前菜料理の完成。
イタリアにおけるバーニャカウダのようなものだが、ソースは冷たい状態だ。これも美味しい。何気なく出された野菜だが、凄まじく手がかかっていることをしっているから、おいそれとバクバク食べられない(笑)
アンコウの仕上げ。身肉に火を入れ、アイオリソースをフォンで伸ばしたソースで味をつける。




本日最後の皿だ。アンコウの旨みたっぷりの正肉が、熱を通されることで緩やかに活性化し、ニンニク風味のアイオリソースと合わさって実にふくよかな味わいに拡張される。


いやー 至福至福。
実はこの間、参加者も手を動かす。ガルニチュール用のジャガイモとニンジンのカット(面取りだけ)と、グラッセに脂を回しがける(アロゼという)のお手伝いとか。実習中心ではないが、静かに、本当に必要な言葉のみで構成されたコジマ氏のレクチャーを聴きながら、自在に動く手元を観ていると、自分でも作りたい!という感覚が呼び起こされる。実際、家に帰ってニンジンのグラッセを作ってしまった。なかなかに旨かった(笑)
時刻は定刻の16時を過ぎ、17時をまわろうとしていた。テーブルにはシャンパンが並ぶ。
「今日で卒業される方がいらっしゃいますので、シャンパンでお祝いをしたいと思います」
最後まで素晴らしい。