ビバ金沢!素晴らしき店、酒と肴と人との出会い 金沢駅百番街「黒百合」

2004年1月20日 from

.jpg 各地でいろいろと美味しいものを食べているが、美味しい食べ物をもっと美味しくするのは、他でもない人との出会いというスパイスだ。電車のボックスシートに座ったらとりあえずそのボックスに座ってる人と仲良くなる方法を考えてしまう僕としては、始めていった土地で、誰か先導人を捕まえることがその土地を楽しくするための成功条件となる。そして本日、これまでの食い倒れ人生においても最大級に痛快かつ魅力的な人との出会いがあった。

 金沢出張の最後、講演終了後にほうと一息つくためだけに立ち寄った、金沢駅構内の飲食店街。そこで一番最初に目についた居酒屋に、今回の講演の招聘元の責任者さんと入る。格別の期待をしていたわけではなかったのだ。それが、この出張で最高の経験と満足と、人の縁を感じることになるとは、夢にも思わなかった、、、

 金沢での講演終了後、夜7時半の飛行機に乗るまでの1時間ちょっとを、かぶら寿司をお土産に買うのと、一杯ひっかけるというくらいの気持ちだったのだ。昨晩の宝生寿司と、本日昼に行った回転寿司で、もう寿司については食傷気味だ。大体のところはわかった感じ。ただ、なんとなく物足りないモノもあった。よく考えてみるとそれは、加熱した料理を食べていないというところにあったかもしれない。そういうこともあって、気の置けない居酒屋で燗酒と温かい皿を所望したいと思ったのだ。

 金沢駅構内にある、おみやげ屋さんが並ぶ一角、その横に飲食店の通りがある。ここを流しながら一番最初に目についた居酒屋の品書きを覗いてみると、「このわた」「たにし」「ふぐの粕漬け」等、僕が今回まだ口にしていない渋~い食べ物達がゾロリと並んでいるではないか。

「いっちゃいますかぁ?」
「いってみようか!」

と、機構の方とのれんをくぐったのだ。

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黒百合
http://kanko.tabimado.net/kanko/go/resource$id=SHIS010091
場所、、、金沢駅構内!簡単ですよん。
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 店内に入ってまずビックリした。超満員なのだ。ちょっとした居酒屋くらいにしか考えてなかったが、店内は熱気に溢れており、客も騒々しく賑わっている。入れるかな、、、と心配になったが、ちょうど2名が勘定をしている最中で、カウンターに座ることが出来た。隣には渋いおっちゃん(60歳過ぎくらいか)が一人でおでんをアテに飲んでいる。

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 カウンターの向こうにはおでんの鍋がグツグツと旨そうに煮立っている。関東では見慣れないタネが多く、その全容が掴めないほどに種類がある。その湯気の向こうの板場では、魚を中心とした料理をさばく板前が3人。そして我々のフロントには、愛想がいいのか悪いのかわからん、オババが数人でサーブしてくれるという布陣だ。

 まずは酒、の品書きを見る。この店、実は加賀の銘酒「萬歳楽(まんざいらく)」が充実している。というかそれ以外の酒が見あたらない。しかも一杯370円から燗で飲める。同行の方はビールで、僕は最初から燗酒を頼んだ。
 そして料理の品書きを見る。そこには、またあの煌めく品書きがあったのだ!過去数度このblogでも登場しているが、いい店の品書きは勢いがあり、煌(きら)めきがあるのだ!

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刺身が食いたいが、「がんどう」というのはなんだろうか?

「がんどうはね、ブリになる前の子供!」

 そう、関東ではハマチだが、こちらではガンドウと言うのだそうだ。食べねばなるまい。それにナマコの内臓の塩からである「コノワタ」、そして超・気になっていた「フグのぬか漬け」、同じく気になっていた「固(かた)豆腐」そして金沢と言えばこれで決まりの「治部煮(じぶに)」を立て続けに頼む。
 この、注文を通していく中で、きっかけは忘れたが、隣に座っていたおっちゃんとの関係が始まった。

「ほう、東京から来てる割りには、金沢の旨いもんを全部しっとるね。」

このおっちゃん、おでんの皿を前に悠々と酒を飲んでいる。格好も崩れておらず、丹田に気が落ち着いた、いい感じの深みをもったおっちゃんである。このおっちゃんが、この後出てくる料理と酒についての導き手になったのである。
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■がんどうの刺身
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 1泊の金沢行で感じたのは、とにかく冬の金沢での魚は、ブリと海老を食べていればいい、ということだ。本当にこの辺で食べるブリは旨い。
 しかし、おっちゃん曰く

「ブリは高いんだよ。この辺の人は実はがんどうを食べてる。こっちの方が安いし、味もいい。」

とのことだ。確かにこの一皿、かなり分厚く切られた刺身が沢山載っていて1000円程度だから安い。写真だとわからないかも知れないが、大ぶりの切り身がゴンゴンゴンと載っているのだ。
 もう一つ面白かったのは、こちらでブリ(やガンドウ)が出てくる時は、必ず大根おろしのあしらいが付いてくる。当然、意味があるのだろうと思っておろしを載せて刺身を食べる。これが実に合うのダ!ブリの刺身にはオロシ! 

 おっちゃん曰く、

「そう、ブリには大根おろしが合うんだ!でも、上品に刺身にのせるんじゃないの。わさびとおろしを一緒に醤油にドロドロに溶いちゃって、それを刺身にまぶしつけて食うのが旨いの。」

言われたとおりにした。ホントに旨~い! おっちゃん、言うことがマジで的確である!

■堅豆腐の刺身
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 この堅豆腐には、ちょっと甘め・濃いめの醤油がついてくる。おっちゃん曰く、

「堅豆腐もね、わさびを醤油にドロドロに溶いちゃって、豆腐をベタベタにして食べるのが一番旨い。」

 おお、本当にその通りである。堅豆腐は本当に堅い。おっちゃんによれば水が旨いからこうなるということなんだが、まあ製法に特徴があるんだろう。大豆の風味が素朴に強く残ったいい味である。

■コノワタ
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おっちゃん曰く、

「この店には常連が一杯居るんだけど、中にはコノワタ一つを前に置いて、何時間もズーッと酒を飲み続けてるヤツもいるよ。磯の香りが口に拡がって、これは本当にいい肴なんだ。」

 オーダーを通す時に、仲居のオババが「卵つけます?」と僕に訊く。おっちゃんに訊くと黙って首を振る。

「まあ人の好みだけど、卵はいつでも頼めるんだから、まずは素のコノワタを味わってご覧。」

まさに道理である。そして食べてみて納得。5ミリ片くらいを口に運んだだけで、ムワッと瞬時に拡がる磯の香り。こいつだけで日本酒が3杯飲めるのは間違いないだろう。

■ふぐのぬか漬け
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 このフグのぬか漬け、そして粕(かす)漬けは、実は昼間に視察したスーパーでもパックに入って売られていた。この辺の郷土食なのだろう。フグの卵巣のぬか漬けは聞いたことがあるが、フグの身もぬか漬け・粕漬けになっているのだ。
 どちらにしようかと悩んだが、庶民的にして酒のアテになりそうなぬか漬けを所望すると、おっちゃんはニヤリとする。曰く、

「そう、格としては粕漬けが上だけど、酒飲みはぬか漬けで行くのが正解。」

ふぐのぬか漬けは薄く切られて出てきた。これをそのまま口に放り込む。強い塩辛さとヌカ臭、噛み締めると芳醇な旨味がじりじりと湧き出てくる。ああ、コノワタが日本酒3杯であれば、このぬか漬けで5杯飲めてしまう。

おっちゃん曰く、

「このぬか漬けはな、薄~く切れば切るほど旨い。どれどれ、、、(パクッ) ん、、、ちょっと厚いな。これをさらにもう二枚に切ると最高なんだけど、、、まあこれでも旨いけどね。

なるほど、、、おっちゃん、かなり厳しい手合いなのである。

■治部煮
 治部(じぶ)煮は、僕が大好きな料理の一つだ。鴨の抱き身に片栗粉かくず粉をまぶし、甘辛い醤油味でトロリと煮付けていく。煮ていくと衣が溶けて「じぶじぶ」と煮立つところから治部煮という名前になったとかいろんな説があるようだが、この「じぶじぶ」という響き、実に旨そうではないか。

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 この店の治部煮、実に絶品だった!具は大ぶりに切った鴨、早堀りのタケノコ、生麩(ふ)、ワカメ、シメジ。以前、料亭かなにかで食べた治部煮は小さなさらにちょこっとしか具が盛られていなかったが、ここのは大盛りである。これで600円てのは解せない、、、

おっちゃん曰く、

「治部煮は殿様料理だぞぉ、、、豪華だろ?鴨、旨いだろ?ここのは、ちゃあんとした鴨を契約で仕入れているから、他の店では冷凍の輸入品だろうけど、この店は生のホンモノの鴨なんだよ。」

ううむ納得だ。

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 ここまで一気呵成に食べて、おっちゃんとの語らいをしてきた。その中で一点気になる印が。それはおっちゃんのジャケットの襟元に付いたバッジだ。花びらのような、文様のそれが、何を示すモノなのだろうかと興をソソル。その筋の人だとしても、意外性はないなぁ。ま、そうだったとしても、別に問題はない。僕にとっては旨い物の素晴らしき先導人なのだ。

 さて魅惑的な皿はまだ続く。

「おっちゃん、あの旨そうなおでんのネタは、何が旨いんかな?」

「まず、この店で絶対に頼まないといけないのは、大根。他のネタはともかく、この大根は鍋を三回替えて煮上げとる。タコとかなんとか、旨そうに聞こえるタネもあるけど、ほとんど出汁ができったカスじゃわ。そんでな、大根を頼むと、いづみちゃん(オババのことである)が、『味噌はどうします?』ってきいてくる。この店では大根おでんに練り味噌か、ゆず味噌をつけてくれるんだ。で、お薦めはゆず味噌。これで行ってご覧。」

うーむ実に含蓄に富んだアドバイスである!
言われたとおりにいづみちゃん(オババ)に頼むと、程なく出てきた大根おでんは、実に芸術的な逸品だった!

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この満月のような大根をはしですうっと割ると、、、↓

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こうなるのダ!
大根は完全に味が染みこんでいるのにもかかわらず、煮崩れることがない。きりっと居住まいの整った大根おでんである。これに、カスタードかと見まごう濃度のゆず味噌が美しい。櫛形に切り分けた大根を口に運ぶ。60年以上も使い続けているというおでんの出汁は、実に深みのある、芯の通った味である。関東でも関西でもなく、金沢のおでんづゆ、という感じだ!

「旨い!旨いですよおじちゃん!」

「よう食べるねぇ、健啖家やねぇ、、、」

本当にここのおでんは旨いのだ。ビックリした。このあと、麩(ふ)とロールキャベツも食べた。鯖のヌタもたべた(おっちゃん曰く「ぬたは当たりはずれがあるんだけど、今日のヌタは旨いなぁ」とのこと)。

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もうこの辺ですでに相当に酔っぱらってしまう。おばばが金属製の片口でつけてくれる燗酒が、しみじみと旨い。
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そうこうしているうちに、空港行きのバスに載らねばならない時間がやってきた。おっちゃんとの別れが寂しいが、、、そこで、意を決して、最後にお名前を尋ねることにしたのだ。

「ん?ああ、ちょっと待って、、、」

と言っておっちゃんが名刺を取り出す。おお、とうとう彼のバッジの身の上が明かされるのか!でも、どんな人だったとしても、俺はこのおっちゃんのことが大好きだぞ!

 と! 真実は小説よりも奇なるものであった、、、

差し障りがあるといけないのでお名前は控えるが、名刺の肩書きはなんと

「石川県教育振興会会長
 石川県退職公務員連盟副会長」

 うええええええ  教育者のトップじゃん!
道理で、、、疑問氷塊である。的確なタイミングにビシッと無駄のないアドバイス。そして、強くお薦めを述べながらも立場は中立を保つ。絶妙なガイドとしてのテクニックは、なんと長きに渡る教員生活からの賜(たまもの)だったのだ。

「いやぁ~ もう退職した人間だから、毎日ここで飲んでるだけだよ。この店がね、20年くらい前にまだ、カウンター5席程度しか無かった頃からだからねぇ。だから、この店のマスターと、仲居のおばちゃんと、跡取りの娘さんと、そしてこの店の先代のおばあちゃんも、ようしっとる。
 まあ、また金沢に来た時にはここにいらっしゃい!招待しますよ。」

 ありがとうございました!

 とてつもなく幸せな気分におぼれそうになりながら、勘定をする。2人で食いまくって飲んで、7500円。一人4000円以下じゃん!うーむ安いのである。
 おっちゃんと固い握手をしながらお別れ。本当に名残惜しい。人間の関係の深さというのは、会ってる実時間は関係ないのだなぁと実感。また来たい、この店。

 帰りの空港行きのバス、飛行機内、そして羽田からの電車の中で、このエントリを夢中になってしたためる。

 断言しよう。金沢に来たら、寿司も旨いが、まずは金沢駅の黒百合にいってみるべきだ。そしてカウンターに座る頑固そうなおっちゃんがいたら、頃合いと距離感をはかりながら話しかけてみて欲しい。

「おでんのタネは何が一番美味しいですかね?」と。