岩手を巡る旅 陸前高田編・八木澤商店の本当に真摯な醤油づくりの現場を観た!

2007年4月20日 from 出張

「さてさて、じゃあ時間がないから20分くらいで廻らないとね!」

と河野光枝さんがいそいそと白衣をみんなに手渡す。いよいよこれから八木澤商店の醤油造りの現場に立ち入らせていただくのである。

蔵の中は、醤油の前段階の香りのような、濃縮された微粒子が飛び交う空間だった。
そこここにある機械類もいい風合いに醤油のように煮染められたテクスチャである。


ちなみに
味噌は家庭でも作れるが、醤油は難易度が高い。

基本的な工程としては大豆と小麦を合わせて醤油麹(こうじ)というものを作り、塩水を加えて長期間発酵さる。これが「もろみ」で、ある程度熟成されたころにもろみを絞って加熱殺菌したのが通常の醤油だ。

ちなみに「生醤油」というのは、加熱殺菌をしていないものだ。だから風味が刻々と変わる。

そして、仕込みの際に醤油麹に塩水を加えるのではなく、前年度以前につくった醤油を加える(醤油で醤油を仕込む!)という贅沢な手法で醸したものを再仕込み醤油という。


この写真は3階屋上に立っているのだが、こういう蔵では、原料となる大豆とか、日本酒だったら米や水だが、そうした原料を上から下に流すのが効率がよいので、工程ごとに上から下に流れるようになっているところが多い。八木澤商店でも上で豆を洗い、加熱処理し、下に降りてくるというような感じだった。

「さぁ~時間がないからとばしていくわよ」

とすぐさま降りて、醤油麹を覗きに行く。

だいたい僕がこれまでに見学させてもらったどこの醤油蔵でもそうなのだが、発酵槽はコンクリートで造られている。なんだか風情がないなぁとも思うが、理由があるのだろう。しかも円筒形の槽ではなく立方体で仕切られている。単にスペース効率の問題だろうか。

さてこの醤油麹の形状というか、粒状感を覚えておいていただきたい。ていうか光枝さんが「これ、覚えておいてちょうだいね」と仰ったのである。

そうして、さらに奥にある発酵槽に向かい「こっちの見てちょうだい。なにか違いを感じない?」と言う。

こちらの方が色味が深いような気がするが、それはまあ発酵の段階で違うものなのだろう、と思う。しかしなんとなく粒が立って、残っているのがこちらの方が多いなぁ、と思う。

「そうなの! こちらが丸大豆で仕込んでる醤油。さっき見たのは、脱脂大豆で仕込んでる醤油なの。丸大豆を原料にすると、段階が進んでもしっかりと大豆の形状が残ってるわね。」


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
なるほど!
大豆の形状に差がしっかりと出ているのである!
なるほどなるほど

ちなみに脱脂大豆とは、大豆油を絞った後に残ったものをいう。いちおうは滓(かす)ということになるので値段は安い。醤油の製造過程では、最終的に大豆に含まれている油脂分は取り除く。だから、最初から大豆油を絞った後に残る脱脂大豆を使って製造するというのは、広く使われている方法である。

醤油メーカにしてみれば脱脂大豆はとにかく安い!
そして、発酵期間が短縮できて、しかも旨みのアタックの強さには優れている(油脂分がない分、熟成が早く進むからだ)。脱脂大豆はほとんどが輸入になるので、よい素材の確保は難しくなるが、醤油メーカーからみれば経済的だ。大メーカが普及価格帯で販売している醤油のほとんどが脱脂大豆を使っているのはそういう理由だ。以前書いたお酢の世界とあまり変わらないなぁ、と思う。

一方、丸大豆には、脂肪分がタップリ含まれているからこそ、ふくらみのある味、香りにも丸みがあって穏やかになり、色も上品な醤油を作ることができる。その代わり時間もかかるし、発酵の過程では気を遣うことになるわけだ。

「やっぱりね、OEMで製造している醤油とかは、価格の問題やお客さんの嗜好とかもあって、脱脂大豆で仕込むものもあります。けれども、やっぱり原料にもこだわった丸大豆醤油は美味しいわよぉ」

うーん
やっぱりそうだよな。

僕も醤油の舐め比べは結構やっているのだが、脱脂大豆は、いってみればアサヒスーパードライ的な味である。「コクがあって切れがイイ」(←スーパードライに「コク」があるとは実は思えないんだけど)。対して丸大豆はまろやかで香り成分の粒子が脱脂大豆より数倍細やかで、そして一瞬感じるのはスッキリした味なのだけど、舌に残る味わいの余韻は非常に複雑な組成をしている。

何人かで舐め比べをすると、最初は脱脂大豆醤油の鋭いアタックに「おっ」と気を引かれるが、しかしそのアタックが過ぎ去った後にぜんぜん余韻が続かないことに気づく。そして、最初の衝撃は弱いのに、やけに後を引く丸大豆醤油のほうに傾倒していくのだ。

まあ、この辺は好みなんだけれども。

ただし問題なのは、脱脂大豆で仕込んだ醤油の欠点を補うために、アミノ酸を添加したりステビアなどの甘味料を加えている製品が多いことだ。いや、それ自体は「工夫」なのだから問題ではないけど、その表示を見て読んで判断して買う消費者が非常に少ないと思う。それは醤油に何かが添加されたものであって、純粋な醤油と言ってしまうと、、、ムムムという感じのものだと僕は思っている。

とはいいつつ、九州南部で好まれる甘~い醤油も好きなんだけどね。

さて工場然とした蔵から、その隣の建物、つまり最初に足を踏み入れた蔵づくりの奥の方に入る。

「やまけんさん、これなんだかお分かり?」

おっ 同じ厚みで布で圧迫されたもの。これはわかるぞぉ!

「この袋にモロミを詰めて、それを絞ったあとのものじゃないですか!?」

「あら流石ねぇ、そうそう。これが大豆の滓よ。畜産の餌にするの。」

家畜が食べるなら人間も食べられるのは道理である。かけらを口にしてみると、はっきりと醤油の香り。大豆滓はグルミートのようなタンパク質のカタマリと感じるが、旨みはすっかり抜けてしまっている。なるほどねぇ。

「ちなみにね、これで絞るのよ。いまどき古風だけど」


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

日本酒作りなど、発酵といえば必ずでてくる舟である。醗酵食品のルーツというか造り方はやはり共通しているのだなぁ。

それにしてもこの本当の蔵内のモロミは最終段階らしく、さっきまでみていたものとはなにか発しているオーラが違う。

蔵の奥に足を進めると、実に美しい、モロミの王国が拡がっていた!

「最終段階は、杉の樽で熟成させるのよ。」

馥郁(ふくいく)たる香りが漂う、ひっそりとした空間。
無我夢中でシャッターを切った。
漆黒の闇の中に小さなランプがついているだけだから、フラッシュの光を回すのが大変。
だけども、この空間に僕はとても感じ入ってしまった。

ああ、ここが八木澤商店の中枢である。

「さあ、のんびりしていられないのよね。じゃあ次はうちの自慢の自根キュウリの畑をみてもらいましょう!」

光枝さんの声が響き渡ったのである。

ところで八木澤商店の醤油はもっとしられなきゃ、と思ってWebでの通販ページとかを探したのだけど、一切無い、、、

と書いたら、複数の読者さんから八木澤商店のWeb情報が寄せられました。みなさんどうもありがとうございます!

■八木澤商店のホームページ!
http://www.yagisawa-s.co.jp/syohin/syoyu/index.html

「生揚げ醤油」、お奨めである。
何と言っても国内産、しかも県内産の大豆に限定して醸している醤油である、超貴重。