圧搾菜種油を”旨いから”使うのだ。濃密な花の香り、アブラナ科特有のコクある味わいがマッチする料理がこんなにある。工房地あぶら創始者・伊藤さんと小野寺君の数奇な人生と一緒に天麩羅を味わった!

2011年9月13日 from 出張,食材

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おやつを手に入ってきた方こそ、この工房地あぶら・地しょうゆを立ち上げる原動力となった伊東庚子さん(写真右です)だ。左は、工房地あぶらの菊地公代さん。先のエントリにでてきた菊地孝雄さんのご婦人だ。

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伊東さんは、実は以前この大東町の学校給食を管理する栄養士だったそうだ。その頃からずっと子供に食べさせるべき食とは何か、そしてこの岩手の大東町に伝わる食文化を残していくために何をすべきかを考え、実行してきた。給食の仕事をお辞めになった後、工房地しょうゆを中心に地域でできたものを地域で加工し伝承していくという、まさに地産地消という言葉が出てくる前からそんな活動をしてきたという。今は、大東町の産直センターの事務局長もしておられ、地産地消の強力な推進者となっている。

「まあまあ、いいから手を伸ばしてください」

と出してくださったのは、岩手県南部でよく食べられてきた郷土のお菓子、その名も「油焼き」だ!

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ホットケーキ?蒸しパン?いえいえ、これぞ日本の粉もんですな。工房地あぶらのWebにレシピがあるけれども、焼きたてホカホカの油焼きは実に素朴ながら黒砂糖の複雑な味わいと菜種油のねっとりした香りで、実に美味しい。あまりにうまくて僕はお土産に持って帰らせていただいてしまった。

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その横にあるのは、山形県でも「しそ巻き」としてよく食べられているもの。ここでは「味噌焼き」と称するようだ。味噌と小麦粉、砂糖にクルミ、トウガラシを練ったものをシソで巻いて焼く、というもの。やっぱりここでも粉が入っている。

以前も書いたと思うが、僕が短角牛でお世話になっている県北部と、工房地あぶらがある県南部ではまったく食文化が違う。それはそうだ北海道に次いで面積の大きな県で、しかも縦に長いのだ。県北と県南では別の国といっても過言じゃない。県南では比較的、米が生育しやすく餅を食べる文化があり、県北では季節風の影響で稲作がしにくかった時代があり、耐寒性の強い雑穀や小麦作が中心だった。いまでも県北では麦を練って丸め、エゴマ味噌を塗って炙った麦餅がよく食べられている(→ムチャクチャ旨い)。そういうのを観てきているから、この県南で特徴的な粉ものに出会って非常に興味深かったのだ。

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家族のようにおやつを囲んで談笑。 、、、と思ったら、なんとまあビックリすることを小野寺君が言うのだ!

「僕が子供の頃、伊東さんが給食のおばさんだったんですよ、、、それが巡りに巡って、伊東さんのもとで仕事をすることになるとは思ってませんでしたよ。」

ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?

あなたは、伊東さんの給食を食べてたわけ?

「ええ、その頃は子供ですから地域の食材とかそういうことはわかりませんでしたけど、美味しかったですよ!」

なんと、なんと、なんと、、、

人の輪、縁というのは本当に計り知れないものがあるのだなぁ、と感じ入ってしまった。伊東さんの料理を食べて育った小野寺君が、工房地あぶらの責任者として仕事をする。これほどの絆の深さがあるだろうか。

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ちなみにこれが、伊東さんが仕込んでいる「地しょうゆ」。きっちり仕込みの年月が記載された樽が並んでいる。そういえば、県北だが二戸市で僕がぞっこんの蕎麦屋「米田工房 そばえ庵」の米田カヨさんも、自分でしょうゆを仕込んでいる。そのしょうゆが実に味わい深くすっきりしているわけだけれども、岩手県ではどうやらしょうゆを自力で仕込むという文化がきちんと根付いていたのだな、と確認することができた。

さて一休みしたら、あとはタンクに貯められた油を瓶詰めする行程だ。ここは菊地公代さんが担当する。

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清潔な板張りの空間で、隣のタンクから配管で引っ張られてきた油を、消毒済みの瓶にいれていく。

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ご覧の通り、ぜーんぶ、手作業です。

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計量したら、これまた非常に明快な打栓機でポンと栓をする。

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これにラベルを貼れば、工房地あぶらの菜種油のできあがりだ。

いかがだったろうか?僕が一連のエントリで伝えたかったのは、元来食べ物や調味料を作る工程にブラックボックスはなかったということなのだ。

一番最初のエントリに書いたように、無味無臭のサラダ油は、高度に化学的な手法で精製されてできるものだ。その過程を製油会社の人に教えてもらうと、素人には「な、なんですかそれ」と物怖じしてしまいそうな工程がずらりと並ぶ。技術者にとってはブラックボックスでも何でもないかもしれないけれども、それと同じことを素人が素朴な機械で行うことは難しいだろう。

でも、菜種油の圧搾は実に明快だ。原料を選び、ゴミなどを取り除いて焙煎し、これを絞る。絞った油の不純物は沈殿させ、さらに上澄みを加熱し、濾紙で漉してできあがり。この間、理解できず見えない工程はゼロだ。

でも、大手の製油企業が複雑な処理を行うのは、安全性や健康面への影響があるのではないの?と言う話もある。例えばオリーブオイルを昔ながらの方式で絞った方がよいというのは今や品質面からいえば間違いで、酸化を嫌うオリーブオイルは、できるだけ空気に触れずに絞って貯蔵できる設備が必要だ。同じことが菜種でも言えるのでは、、、

「もともと菜種油はビタミンEなどの抗酸化物質が豊富で、酸化しにくい油なんです。ですからうちは菜種油をメインに搾油しているんです」

ということ。精製すればするほどこの菜種油ならではの特徴は消えてしまうようだが、少なくとも絞りたての菜種油に含まれているものは、高度に精製し無色透明になった菜種油とはまた別なのだな。ちなみに「うちでは菜種油は使ってない」と思っている人も多いかもしれないが、サラダ油にはコーン油、大豆油と共に菜種油もしっかり使われている。だいいち「キャノーラ油」というのは菜種ですからね(笑)。

僕は勿論、これまで書いてきた「高度に精製された油」が佳くない、と言っているわけではない。クセのない油があるからこそ成り立つ料理は多々あるわけだし、これだけ安価に油を買うことができるようになったのは大規模な製油プラント技術があってのことだ。

けれども、牛肉業界でいつの間にか黒毛和牛とホルスタインばかりが日本の牛肉になってしまい、在来種がほとんど生産されなくなってしまったのと同じで、油に関しても大手の、クセのない、味もないものばかりになってきてしまっている現状が非常におかしいと思うのだ。

だって、圧搾の菜種油はこんなにも美味しいのだから

お昼の時間。伊東さんがこの絞りたての菜種油で天麩羅を揚げてくれた。

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「菜種油はね、腰が強いって言われるの。天麩羅に揚げるような使い方も数回できるし、そのあとは漉して、炒め油につかったりすることができるのよ。ビタミンもオレイン酸もたっぷり含まれているし、第一美味しいからね!」

と言いながら、慣れた手つきで野菜に小麦粉をはたき、衣をつけてカラカラカラといい音をさせながら揚げていく。

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果たして、小野寺君の絞った菜種油は泡が湧いて溢れてしまうようなことはない!

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さて、完成だ!

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よく、圧搾菜種油を「くさい」と言う人が居る。「癖が強くて、これで天麩羅なんかしたらもう菜種の匂いしかしないよ!」という料理人がいる。実際ぼくは製油企業の人がそういうのを聴いたことがある。

そんな人たちに、工房地あぶらのこの天麩羅を食べさせてあげたいものだと本気で思った。いわれているような「匂い」や「くどさ」など全くない! フワッと立ち上る花のごとき香りは心地よく、しかもその奥底にはアブラナ科植物のキャベツや小松菜を炒めた時のような美味しそうな香りがする。油のキレは実に軽やかで、くどさなどどこにもない!

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お塩をつけるだけで野菜が美味しい。それは、人間が原初的に快楽を感じる油を摂取したからということもあるけれども、菜種の香りと味がその快楽に奥行きを与えているからだ。

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天麩羅とおうどんをいただくこの空間に流れる空気自体も、ご馳走だった。

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伊東さん、菊地さんご夫妻、小野寺君。ここにもう一人、ふだんの仕事を持ちつつ工房に関わっている石川さんを加えた5人が、工房全体のメンバーだ。家族じゃないの?と思うばかりの親密で温かい空気がそこに流れていた。

ところで、工房地あぶらの菜種油は直接工房から購入することができる。表参道の「ブラウンライス」などでも購入できるのでそちらで買っても佳いと思うが、僕としては下記にある大瓶の方を買い求めることをオススメしたい。

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倍近い量が入っていて、価格は抑えられているからだ。それに、ぜひ揚げ物をして欲しいからだ。それには450g入りの「まごどさ」では少し足りない気がする。送料無料だから、ぜひ菜種油2本入り3600円を、だまされたと思って試してみて欲しい。

サラダ油に比べて高い!というつまらないこという人はどうぜ大量生産されたサラダ油をお使いください。でもね、この菜種油は感動できますよ。油で感動したことってありますか?

お手元に来たら、まずこの油を猪口などにすこしあけて、その香りを嗅いでみて欲しい。そして、口に含んで欲しい。

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くどさ、嫌な匂い、などというようなイメージはすっ飛ぶはずだ。菜種油は美味しい。そんな当たり前のことに気づくことができる製品だと、心から推薦する。

放射性物質が気になるという人もいる。今年の冬までは、昨年度の原料を絞るだけの在庫があるそうだ。そして本年度産の菜種に切り替わってからは、しっかり検査を行い、逐次その値を示しながら絞っていくという方針だそうである。

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メンバー全員が地元の菜種畑で撮った写真を見ている横で、伊東さんがなんと行灯に油を注ぎ入れ、火をともした。

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そうそう、揚げ物にしたあとに炒め物用の油につかって、そんなふうに油を使い回して最後にこんな風流な使い方ができるのだ。

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我々はいま、一人の人間には手の終えない、高度に文明化された世界に生きている。食もまたしかり、基礎的な食品に調味料も、どんな工程で作られているかわからないもので一杯だ。けれども、どんな食品・調味料も、だいたいは人の手によって、素朴な技術で作られたものがほとんどだ。

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手で作られたものは、効率的な機械で作られたものとは、価値が違う。そんな当たり前のことを理解し、価値の違いにお金を払うことができる人があと一割でも増えたら、この社会は変わっていくと思う。そしてそのチャレンジは、思っているほどに苦しいものではない。だって、その方が美味しいのだから―――