ほんとうの練馬たくあんは、ぶっちぎりに太くて旨い。渡戸章さんの練馬尻細大根は、まっとうな作り方の素晴らしきたくあん漬けである!

2014年1月16日 from 食材,首都圏

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宮崎で大根やぐらをみてきたばかりだが、また違う地域の大根について。

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練馬大根には縁がある。数年前、練馬区のフェアで、練馬大根の収穫時期に、練馬種だけではなく全国の大根をずらっと取り寄せて博物館のように展示したいのだが、その手伝いをして欲しいと言われたのだ。そこでその時期に入手できる大根を15種ほど手配しただろうか。無事に納品され、展示は現場でやるということだったので観に行った。そうしたら、さすがは大根で名をはせた地区、練馬大根を干すやぐらが建っており(宮崎ほど大きいものではなかったが)、ズラリと大根がはさ掛けされていたのである。

大根のことをよく識らない人でも、練馬大根という品種があるということは聴いたことがあるだろう。もともと東京は昭和30年くらいまでは農地が多く、とくに練馬は畑作の大産地だった。そしてこの辺りで昔から採種されつづけてきた在来品種が練馬大根。ただし、どうやら練馬尻細という、尻に向かって細くなる品種と、先がいきなり丸くなってとまる姿形の練馬秋づまり大根とがあるそうだ。ただし、いま残っている品種はたくあん用の尻細が多いようである。というより、僕はそっちしかみたことがない。

そのイベントの際に衝撃的なことを聴いた。

「実はもう練馬大根を商用に作っている農家さんは数軒なんです。種が無くならないように、区の方から依頼して、一反部でもいいからと作ってもらっています。収穫されたものは区内の漬けもの屋さんがたくあんにしたりして、あと採種をしてもらい、区の方で配布したりしているんです。」

そうか、練馬大根でさえもそうなのか、、、

野菜の品種は、ニーズがなければ途絶えてしまうものだ。買ってくれるところがなければ、農家は播種しない。というよりできない。自家用に食べる分は作るけれども、売れないものを作ってもお金にならず生活が成り立たないからだ。いま、市場では青首の耐病総太り系の品種がほとんどであり、またたくあん用の品種としては練馬のような抜きにくい形状のものではなく、理想系というスッと一定の細長さをもつ品種が使われている。練馬は、こんにち的な規格では人気がないという分類になるのだ。

でも、それは食べてないからいえることだ。練馬大根のたくあん漬けは、すさまじく旨い!僕は大根のパワーというものを久しぶりに感じたのである。

 

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昨年のこの時期、東京の交通を麻痺させる豪雪があったことを覚えておいでだろうか。あの日僕は練馬区の渡戸家に、たくあん漬けを訪ねていたのだ。もうその時点で雪がしんしんと降っていた。

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もちろんすでに大根はほぼ畑から抜かれている。大根栽培の光景は事前にカメラマンさんが撮影してくれていて、この日はたくあん漬けになったのを取材させてもらったのだ。

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「いいからまずはあったまんなよ!」

と豪快に火をくべる渡戸章(わたど・あきら)さん。実は農家専業の出というよりは、漬物製造販売業を営んでいたという。

「うちは”山一”って屋号の漬けもの屋だったんだよ。俺で6代目なんだけど、昭和32年までは商売で漬物売ってたんだよ。でもね、周りで大根が調達できなくなってね、辞めちゃったんだ。そっからはうちで作れる範囲で漬けて、買いに来てくれた人には売ってるんだ。」

漬物家業の頃は、埼玉の川越や本庄に茨城県あたりまで栽培をしてもらっていたそうだ。しかし、好みのものが穫れなかったりして、結局は自家栽培に落ち着いているらしい。やはり土が変われば同じものはできないのである。

「うちの種は自家採種だよ。だいたいこの辺の農家はみんな自分の好みにあわせて種を選抜してきたんもんだ。俺はネ、たくあんは太い方が旨いと思ってるんだ。だから太いやつばっかり選別してきたんだよね。いまのたくあんは細いのばっかり好まれるから、俺のは流行らないとは思ってる。けどネ、おれは真ん中が太くなってるのが好きなんで、それを作り続けてるんだ。」

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そうか、そういうことだったか。実はこの日、軒から吊り下がっている大根をみて、やけに太いなと思っていたのだ。と思っていたら、

「いやいや、この辺に干してあるのは最後の、どうでもいい、細いやつだよ。もっといい太いのはもう漬け込んであるョ!」

というのだから驚いた!

「真ん中が太くなってるの」を中ぶくら型というのだが、これだと畑で抜く際にそのままスッと抜くことが難しい。真ん中がつかえてしまうのだ。青首大根はその点、首から尻までが同じか、尻に向かって細いのでスッとぬけてくれる。農家もその方が作業性がいいので、普及してきた。同じ理由で先が太い三浦ダイコンも大幅に減っている。それをいまの時代にやるのだから、渡戸さんにはよほどの思い入れがあるのだろう。

「さて、じゃあうちのたくあん、みてくかい?」

と案内されたのは庭の片すみ、風呂桶が石に埋まっている(笑)ような一角で渡戸さんがその石をどけはじめた。

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「これこれ、この石が大事でね。うちの場合、すげー重しをかけるんだ。そうじゃないとたくあんが春まで持たずに腐っちまう。」

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大量の石をどけると、もう下の方までなにもない。年末から年始で、すでにかなりの量が売れてしまったのだという!識っているひとは識っていて、ここに買いに来るのだ!

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なんで風呂桶なんですか?と訪ねると、単純明快。

「いろいろ試したんだョ。けどね、途中で重しに耐えらんなくてぶち壊れちまったりするんだよ。だいたいね、漬けた大根の3倍の目方が必要なんだ。この桶の場合、200キロはおいとくね。」

200kg!残念だが俺のベンチプレス最高記録からほど遠い!(あたりまえか)。それにしてもこの大根の太さ、下の写真をみればわかっていただけるだろう。

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店頭に並ぶサイズの2.5倍くらいだろうか。ただし、これは干して漬けた段階のもの。干す前は水分がぬけていなかったのだから、もっと太かったわけだ!たしかにこんな太い大根を仕込むなら、すさまじい重しが必要だろう。ちなみに渡戸さんの足下にバーベルが見えるだろうが、これはもちろんトレーニング用では、、、ない。

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このぶっといたくあん漬けを切ってその場でいただく。口に入れる前に、もう香り、いや匂いがブンブンブンブンブンブンとすげー臭い!(笑) たくあんを臭いという人が多いけど、僕自身は「臭くない、香りだ」と思ってきた。しかし、ホンモノのたくあんは、これはやっぱり”匂い”だな!

大ぶりに切ったのにかぶりつくとザリリッと強い抵抗のある食感。大根の繊維と細胞組織が僕の歯に抗っているというのがよーくわかる歯ごたえだ!そして、その細胞から染み出てくる汁の甘塩加減が実に絶妙で、匂いとは裏腹に上品ささえ感じる大根ジュースになっているのである!

「う、旨い~!!!!!」と悶絶。これはダイナミックな食感のたくあん漬けだ。逆に発酵味はやや薄め、短期間で糠の味を染みこませたアッサリ系のたくあんの味である。伊勢たくあんのように2年もの暑い土用を越して、発酵させまくった複雑系ではなく、ストレート直球勝負の味という感じ。江戸前気質のたまものなんだろうか。

「うちのたくあんの配合は昔っから変わらないんだ。一般の人は毎年ころころ変えるだろ?プロはそんなことしちゃマズイからね。変わらない味が大事なんだ。収穫したら洗浄して、紐をかけて干す。2週間くらい干して半分以下に水がぬけたら漬け込み。」

なんと渡戸さんから漬け込みレシピを教えていただいた。といっても、真似の使用がない。だって大根250本、糠が20升というレベルなんだもん(笑) 使っている材料は信頼できる新潟県の米ぬかと海塩、そして甘みはザラメでつけるという。それが特徴だそうだ。詳細なレシピは「やさい畑の」バックナンバーの僕の連載に載っている。これから漬けようという人も、干し大根さえ手に入ればまだ間に合うから、ぜひご覧下さい。

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それにしても練馬大根をはじめ、全国の在来大根が無くなろうとしている。これを救う方法はただ一つで、消費者が買い支えるしかない。けれどもさっこんの消費者はたくあん漬けを食べない。だからだろうか、大手量販店の漬物売り場に行くと、たくあん商品は10アイテム以上並んでいても、本当のたくあん漬けがない。「本当の」というのは、糠でつけたたくあんが、という意味だ。最近のたくあん漬けは、たくあん風調味液に干し大根を漬けて吸わせたものばかりなのだ。

たくあん漬けはもう現代人の味覚と合わないのだろうか。それとも美味しいたくあん漬けがないことが問題なのだろうか。この答えがなかなか、出せないでいる。僕はもちろん、ホンモノたくあん漬けが好きなのだ。一度食べればわかる、あの強烈な匂いと芳醇なうま味。それだけで白飯をどんどん消費できるしょっぱさ。たくあん漬けも、食い倒れ文化遺産になってしまうかもな。