ADF+TSUJI・三ッ星レストランの料理学校を体験したゾ! そこにはあまりに緻密・精妙な世界がひろがっていたのだ。

2006年12月 7日 from 首都圏


以前も書いたとおり、日本最大の調理学校である辻調グループ校と、仲良くさせていただき始めている。きっかけは小山先生との出会いで、なんと彼は食い倒れ日記を読んでくださっていた。その後いろいろとお話しをする中で、色んな話が詰まりつつある。実に素晴らしき出会いであった。

「ヤマケンさん、うちがいま力を入れている事業で、グループ・アラン・デュカスの料理学校を、日本で共同プロデュースしているんですよ。通常は10回または4回連続できていただくんですけど、一日だけでも参加可能だから、来てみませんか?」

それがADF+TSUJIだ。ADFはAlainDucasseFormationの略。

ちなみに値段を聞いてびっくらこいた。なんと一回4万円である! ただし内容をきいてみたら、朝10時から夕刻の4時までびっちりとレクチャーを受け、手も少し動かし、そして出来た料理はもちろんいただくという豪勢な勉強会なのである。

僕はもちろん料理好きなのだけど、正式に勉強をしたことはない。これはぜひ行きたいなぁ、と思い、エイヤっと清水の舞台から飛び降りるつもりで参加させていただくことにしたのだ。

ADF+TSUJIは、日本橋蛎殻町(かきがらちょう)にある。実はそのすぐ裏に、日本橋ぼんぼりの本店があるのだ!ちょっとびっくり。なぜか僕の家(木場)から自転車で20分圏内に、新しい出会いが待っている(笑)

実は一回、日本カボチャの品種を分けてもらえないかという依頼があって、ADF+TSUJIに自転車をこいでいって(笑)、手持ちのものを持ち込んだことがある。そのとき、厨房にはまるで修行僧のような坊主頭で、鋭い眼光をした人が、背筋の伸びた姿勢でそっと立っていた。静かで柔軟そうな、しかし鋼のような印象をした、本当に修行僧というイメージがよく似合う人。それがこのADFの先生であるケイ・コジマ氏だ。

「うわー眼光するどい人だぜ、怖い~」

と思っていたが、物腰柔らか。一言発するのに数秒の間をおき、自分の中でGoサインが出てから声を出す、というような感じの、とにかく慎重さを感じる人だった。彼はグループ・アラン・デュカスの名店であるモナコのルイ・キャーンズの副料理長を務めていた人で、今回のプロジェクトのために日本に帰ってきたとのこと。三ッ星レストランのNo.2である! 一体どんな料理を出すんだろう? いやどういう料理をするんだろう? そう思いつつ、スクールに参加させていただいたのだ。

10時スタートだが、出来れば早めに来てくださいということで20分くらいまえにつくと、お茶とクロワッサンをサーブしてくれる。

「長丁場なので、朝ご飯というかんじでお茶を飲んで貰ってるんですよ」

と先にきていた小山先生。

なんと今日は、女性陣ばかりの中にヤマケン一人では寂しかろうということで一日つきあってくれるという。ありがとうございましたぁ、、、

この日の参加者は7名。僕と小山先生以外は女性。一人はなんと兵庫県から来ているという!

「こんなにすごい料理教室は関西にはないんですよぉ~」

と言うが、毎週兵庫から東京に来るなんてスゴイなぁ。

さてクラスが始まった。

「今日はデュカスのガストロノミーの世界というコース料理を学びます。前菜にアンショワイヤードという、野菜をアンチョビベースのソースでいただくもの、次にカリフラワーの繊細なヴルーテというスープ。アンコウをアイオリベースのソースでいただくブリッド・セトワーズ、そして子牛肉のロースト・アンシエンヌ風という4品です。」

なんか、むちゃくちゃに本格的なコースである。コジマ氏、まずは子牛肉を手にとり、”肉の掃除”から教授してくれる。これがまた実に面白いのだ!


塊肉で仕入れたものを客に出すために掃除・成形するわけだが、たんに形を整えるだけではないディティールへのコダワリが随所に観られるのだ。まず骨の端についている肉を刮いで、指でつかむことができるとっかかりをつくる。

その後、余分な部分の肉や脂を削いでいくのだが、骨に沿って少し黒ずんだ血管を浮き出させた。

「ここに血管があります。普通の店ではこの部分はつけたまま料理しますが、ルイ・キャーンズでは取り去ります。加熱すると血や体液が溶け出して、味や見た目に好ましくない影響を及ぼすおそれがあるからです。」

さらに、少し出っ張った骨をのこぎりでカット。

そしてタコ糸で肉を縛って形をととのえる際も、自然な肉の形になるようにわざわざ骨の間に針を通し、成形する。

「より自然な形に成形するために、この一手間をかけます」

肉を取り出しでから10分程度、説明をしながら600gの骨付き仔牛肉の”掃除”が終わる。

”掃除”と言うが、実に実に、念入りに計算され尽くした下ごしらえなのである。実はこのあと、ガルニチュールの野菜のカットなどもあるのだけど、万事この調子でディティールにこだわった”掃除”がなされているのをつぶさに見せてくれるのである。

まさに目から鱗、ということばかりなのだ。
素材に佳い物を選ぶのは当然として、その素材をどのようにカットし、どのように成形することが、その素材の持っている味を最大限に花開かせるかということを考え抜いた上での”掃除”なのである。いや、びっくらこきました。

例えばジャガイモのガルニの下準備は、半分より少し小さいくらいの面積だけ皮を剥いて丹念に面取りをする。皮も美味しいから残しておくが、バターの味をしみこませるために皮を剥いた部分もつくっておくということだ。


ニンジンのグラッセも、無造作に見える斜め切りをした後に丹念な面取りをする。そうして合わせてみると、すべて同じ厚みに仕上がっていた!って、きっと三ツ星レベルのシェフであれば当たり前なのだろう。全てに理由があるのだ。


カリフラワーのヴルーテは、細かく房に分けたカリフラワーを、淡い鶏のフォンで煮て、これをミキサーにかけて滑らかに漉す。




隠し味にカレー粉を少し入れるが、カレーの風味はそれと言われるまではほとんどわからない微妙な量だ。

クルトンも、たっぷりのバターで、焦がすことなく一定の火を入れ、香りをつける。



泡立てたミルクとクリームを引いた皿にスープを注ぎいれ、クルトンを添えてできあがり。


「それではお食べください」

と、テーブルのセッティングがなされ、ワインをのみながらいただく。なんていい料理教室なんだ!(笑)


極上のオリーブオイルをまわしがけ、香り高いクルトンをチラしていただくカリフラワーのヴルーテ、美味しいという以外にあるわけがない!


しかし、この一連の料理に共通することがある。それは淡い鶏のフォンを多用しているということ。実はこれがデュカスの料理のベースにあるらしい。それ単体でスープとしていただくには薄く、しかししっかりとした旨みアミノ酸類に満ちた出しゃばらない液体。これを至る所で使用していたのだ。結果的に、鶏スープ
の旨さとは全くわからない形で、料理の味のベース部にひっそり存在しているのだ。日本における昆布だしのようなものだろうか。

さて仔牛肉は塩をふられ、ココットで焼かれている。



300g塊の子牛肉2本は、ココットの中で丹念に加熱され、焼き色をつけられている。ここではオーブンは使わない。

「オーブンでは肉の全体に加熱することができますが、その際、肉に大きなプレッシャーをかけてしまいます。ココットでは火は軟らかく一面にあたり、上部は常温に保たれていますから、熱のプレッシャーを逃がすことが出来ます。そして、肉の内部の液体をまんべんなく回していくことができるんです。」

うおっと
これは銀座バードランド・北千住バードコートの、奥久慈シャモの焼き鳥技法で感じ入ったものと同じだ!ちなみにこの肉を焼き上げるのに、ココットで30分をかけている。

これに合わせてガルニチュールの小タマネギ、ジャガイモ、ニンジンがすべて別々の鍋で調理されている。ジャガイモはバターで、ニンジンはオリーブオイルで、小タマネギは子牛肉のジュをかけながら火を入れていく。



ソースはジュを使ったものだが、味のベースにあらかじめとっておかれたある種のフォン、ゼラチン質に固まったものを冷蔵庫から取り出し、投入していた。これをつくるのがむちゃくちゃに時間がかかるのだそうだ。


肉が焼きあがる瞬間からのスタッフの手際がすごかった。

熱せられた皿がならび、ガルニチュールが整然と盛りつけられる。ちなみにケイ・コジマ氏の他、女性のアシスタントシェフが3名いて、そうがかりで盛りつけしている。




肉に包丁が入ると、焼き色の入ったウェルダンな層が5ミリ近く、そしてそこから明瞭に滑らかなロゼ色の、加熱されてはいるが肉汁をたっぷり湛え、旨みが活性化しているのが手に取るようにわかる部分が続く。

ジュをベースにしたソースがかけられ、テーブルに供される。

「さあ、お食べください」

写真を撮るのももどかしく肉をカットする。

いやー
もう何も陳腐な台詞が出てきませんな。肉の加熱具合のビシッと決まった様。
肉に由来するもの以外はほとんど入っていない、にもかかわらず旨みと深みがこっくり効いたソース。そして付け合わせのガルニの素晴らしい旨さ。

ガルニチュールの一つ一つが、添え物ではなく料理であることを思い知ったのだ。
野菜ラブな俺としては、こんなにも野菜一つ一つに愛情を注いで料理してくれるコジマ氏が神々しく見える。

なんといっても、野菜の下ごしらえ(やはり”掃除”と仰っていた)ひとつみても念が入っている。ニンジンの皮をピーラーで剥き、秒速で肩の周りを削いで成形するその丹念さには本当に恐れ入ったのだ。

「いやぁ~ 美味しい!」

と唸っていると、コジマ氏が僕や他の参加者の眼をじっとのぞき込んで、こう問うのだ。

「本当に、美味しいですか?」

一瞬、その真意がわかりかねた。なにかを引っかけているのかと思ったのだが、そうでもないだろうと思い「ええ、本当に美味しい!」と言うと、少しほっとしたように

「そうですか、よかった、、、」

と言うのだ。

いやぁ

参るね!

ケイ・コジマ氏のレッスン、何と言っても印象に残るのは彼のお人柄。実に最高だ。
煌めく三ツ星レストランのNo.2の地位に居ながら、彼は全く奢ることなく、食べ手に「本当に美味しいですか?」と素直に訊いているのだ。タマラないではないか!

レッスン後、小山先生が言っていた。

「彼は18歳から料理の道に入って、とにかく料理が大好きでずっとやってきてますからね。アジア人としては初めて、デュカスの下でNo.2の立場を獲得しているんです。何もビジョンのない料理人とは訳が違いますよ。デュカスもこのスクールのような新しい試みには、最もキレる人物を送り込んでくるんですが、コジマさんはその決め手ですよ。本当に。」

いや全くそれがよくわかる料理ぶりなのである。

ケイ・コジマ氏の風貌・たたずまい・言動すべてが実に静逸で、とぎすまされている。写真だときっと冷たい印象を受けそうに思うだろうが、実物は違う。冷たさではなく、何に対しても真摯な態度なのだ。

肉を食べたけど、授業は続く。アンコウの下処理。皮をはぎ、肉をカットしてソテー。

これを野菜と煮てブイヨンをつくるのだけど、なんと味を出す野菜群にはサラダ菜がある。



仰天して「サラダ菜を、煮込み料理に使うんですか?」と尋ねると、

「サラダ菜やアンディーブなどを煮込む際に使うことはよくあります。ちょっと清涼感のある風味がつくんですね」

と言っていた。料理とはなんと自由なものなんだろう。思いもよらなかった!

もう一品、前菜のアンショワイヤードに使うための薄焼きパンをつくる。

パスタマシンで15分ほど発酵させたパン生地を薄く薄くのばし、オーブンでパリパリに焼いて添え物とする。



一方でアンチョビソースを造りながら、それをつけてたべる野菜を準備。


この野菜の下準備の様が、本当に丹念を通り越して緻密なのである。そう、野菜の”掃除”。ニンジン、大根、カリフラワー、フェンネルなどが、本質的な味と香りと食感の部分のみを残して削られ、純化されていく。


アンショワイヤードという、前菜料理の完成。

イタリアにおけるバーニャカウダのようなものだが、ソースは冷たい状態だ。これも美味しい。何気なく出された野菜だが、凄まじく手がかかっていることをしっているから、おいそれとバクバク食べられない(笑)

アンコウの仕上げ。身肉に火を入れ、アイオリソースをフォンで伸ばしたソースで味をつける。




本日最後の皿だ。アンコウの旨みたっぷりの正肉が、熱を通されることで緩やかに活性化し、ニンニク風味のアイオリソースと合わさって実にふくよかな味わいに拡張される。


いやー 至福至福。

実はこの間、参加者も手を動かす。ガルニチュール用のジャガイモとニンジンのカット(面取りだけ)と、グラッセに脂を回しがける(アロゼという)のお手伝いとか。実習中心ではないが、静かに、本当に必要な言葉のみで構成されたコジマ氏のレクチャーを聴きながら、自在に動く手元を観ていると、自分でも作りたい!という感覚が呼び起こされる。実際、家に帰ってニンジンのグラッセを作ってしまった。なかなかに旨かった(笑)

時刻は定刻の16時を過ぎ、17時をまわろうとしていた。テーブルにはシャンパンが並ぶ。

「今日で卒業される方がいらっしゃいますので、シャンパンでお祝いをしたいと思います」

最後まで素晴らしい。

証書が渡され、そしてシャンパンで乾杯をしたのち、スタッフ全員が「おめでとうございました」と挨拶をしている。なんだか、日本一贅沢で真摯な料理教室といえるのではないかと、思ったのだった。

今度お金が貯まったら(いつだ?)10回のレッスンに通ってみたい。お世辞抜きでそう思った一日だったのである。