岩手県北を巡る旅 浄法寺・短角牛の素晴らしき世界を観た!

2007年2月14日 from 出張


二戸市は広い。広域の市町村合併をしたわけだが、今回訪れた浄法寺(じょうぼうじ)も二戸管轄となった場所だ。

僕は疎かったのだけど、浄法寺は非常に有名なところで、瀬戸内寂聴さんが住職を務めた天台寺もこの地にあるそうだ。漆の産地として非常に有名だそうで、民家の軒先に積み上がった薪の束は「あれは漆を採った後の木ですねぇ」ということだった。

それにしても雪があまり積もっていない。例年なら道路のコンディションもこんなによくはないそうだ。地球温暖化の影響は計り知れない。今年度は凍み豆腐(高野豆腐)なども、夜間気温が下がらないために一気に凍結してくれず、品質が心配だそうだ。寒締めほうれん草も寒締まらないという話もきく。ちょっと心配だ。

さてこれから行くのは、岩手県が誇る日本短角牛の肥育牛舎だ。短角牛のことはもうこのブログで何度も書いてきたが、多くの期間を放牧で育てることができる頑健な牛で、しかも肉の旨み成分は黒毛和牛よりも高い、非常に食味のよい牛だ。しかもこの周辺の短角牛産地では、冬に牛舎に繋ぐ間も輸入穀物飼料をほとんどやらないで、管内で採れる豆類などの穀物飼料や粗飼料(乾草など、非穀物性の餌のこと)で育ってくれる。つまり完全に国産の餌で育てて満足のいく肉を採ることができる、希有な牛なのだ。

着いたのは短角牛の肥育農家である斉藤さんの牛舎だ。「肥育」とは、仔牛を買って、肉にできるところまで太らせる段階を言う。肉牛生産においてはこの肥育の前に、仔牛を産む「繁殖」と、それを肥育の手前まで育成する段階がある。肥育は最後の段階である。

この日、アテンドしてくれたのは浄法寺の畜産スペシャリスト・杉澤さんだ。

「もう電話してあるから、牛舎に入りましょう」

と斉藤さんの牛舎に入っていくと、薄暗い中、短角牛たちのブフーッ という鼻息が聞こえてきた。

短角牛は人なつこいが、人見知りされた!
鼻息をブフブフ言わせながら僕を警戒して寄ってこない。

と思っていたら、いきなり構えているカメラに向かって突進してくる!

可愛いんだけど、大量のよだれを浴びるので要注意である。

「おお、来だな」

と斉藤さん登場。
おおおおおおおおおおおおおおお
どこからどう見ても農家そのものの鏡のようないでたちである。

しかしやっぱりあれだ。ブラウン管などで観ると、ほおかむりをしているのが「何で?」と思うのだけど、実際に足を運んでみればすぐに体感できる!なんといっても単に露出している部分が異様に寒いのダ。だからほおかむりは、実に機能的なタオルの使用方法なんである。

さて肥育牛ではなく親牛の方へと向かう。

ちなみに短角牛は「夏山冬里」という飼い方をする。子牛を買ってきて放牧できる暖かいシーズンは牧野(ぼくや)に放ち、冬はこうして牛舎で飼う。長いものではもうワンシーズン牧野に放ち2シーズン放牧をして出荷するのである。

優しいまなざしの短角牛。子をはらんでいる母の顔である。

さて斉藤さんの牛舎に別れを告げた後、市が運営する日本短角種種雄牛管理センターというところに、勇猛な種牛をみせていただきに行く。種牛とは読んで字のごとく、種(精子)を提供する牛だ。エリート中のエリート、理想的な体つきの牛が種牛として選抜され、きっちりと名前をつけて飼われている。

ちなみに短角牛は割と牛の世界では幸せな性生活を送っていることをご存じだろうか!? 「本交」といって、きっちりと愛を交わしているのである!

というと何のことかわからないかも知れないが、知らない人のために書いておくと、乳牛や肉牛は、基本的に人工受精なのだ。雌牛が受精可能な発情期になると、人工授精師という資格を持った人がシャコッと精子を雌ウシちゃんにつけるというものなのだ。家畜は色んな楽しみを味わずに我々のカロリーとなってくれているのだ。本当に、牛乳や肉を残すのは申し訳ないことだと思う。

「種牛はでっかいですよぉ!」

と言われたとおり、すごくいかつくてデカイ!

1トンを優に超える体躯の種牛は、人間を軽く吹き飛ばしてしまうこと間違いない。実は短角牛は闘牛用の牛にもなるのだが、黒毛和牛なんぞは及びも付かないようながっしりした骨のため、横綱クラスの牛が多々輩出されているのである。

しかしながらそのがっしり太い骨のため、と畜・解体すると黒毛和牛よりも肉の歩留まりが悪い。それ故、肉の歩留まりとサシの入り具合で格付けする日本の価値基準では評価が低いのである。

どう考えても旨いのは短角牛なのだが、、、

牛肉の格付け基準は現行通りにするしかないかもしれないが、もう一つ、食味基準というようなものをもうける必要があるのではないだろうか。少なくとも料理人はそうした基準で考え、評価して欲しいものだと思う。

この種牛は市の施設で管理している。

「種牛は、数年ごとに近隣区域のものと交換します。なぜなら、この地域でこの種牛の子供達が育ってくると、近親婚の確率が高くなるからです。昨年まで居た種牛はすごいヤツだったんですけどねぇ。別のセンターに貸し出したら返してくれなくなっちゃいました(笑)」

種牛の血統で、産まれてくる仔牛の性質が大きく決定されるのだから、この辺は重要な問題なのである。

さて、短角牛はブランド牛として人気がでてきているが、実はもしかすると飼う人が居なくなってしまうかも知れない、危機的な状況だ。

「もうこの辺の肉牛農家も、黒毛(和牛)を飼う方が多くなってきてしまったんですよ。小売価格も上がってますが、子牛の価格がそれ以上に高騰しています。農家にとっては仕入段階が高いということになります。しかし、短角牛はブランド牛とはいっても、歩留まりが悪く、サシがあまり入らない肉質ですから、巷で言うA5という最高ランクの評価はもらえないため、そこまで高くは売れません。だから、生活のために黒毛を飼う割合が高くなってきて居るんです。」

実は牛肉の小売価格が高いとはいっても、子牛価格も上がっているから、生産農家はそれほど儲かっていないのだ。そのことを知っている消費者はあまりいないだろう。

しかも、重要な問題が起こりつつある。それは飼料価格の高騰だ。日本の畜産はトウモロコシや大豆などの輸入穀物に90%以上頼っている。

そして今、ものすごい勢いで穀物価格が上昇しているのだ。それは、穀物がエタノール燃料になるからである。この辺の話は実はいま本に詳しく書いているところなので、お楽しみに。ていうか、あまり楽しい話ではないのだけど。


短角牛は、先ほどから言っているように、濃厚飼料といわれるものを黒毛和牛より少なくしても育ってくれる牛だ。

しかも岩手県では、短角を肥育する際の粗飼料・濃厚飼料とも国産で揃えようと頑張っている。本当の意味で国産と謳える牛は、本当に少ない。餌まで自給できて初めて「国産牛」といえるのではないだろうか。

「俺たちからしてみれば、牛肉に脂なんていらないんだよね」
と杉澤さんが笑う。

「一年に一度、近隣の人に肉を売るお祭りがあって、その後職員でも食べるんだけど、俺たちは黒毛和牛なんか、旨くないから食えないですよ。」

杉澤さんは農家さんの指導や経営サポートをしているわけだが、その傍らで自分がオーナーとなっている短角牛を持っている。施設が沢山あるのなら、僕もオーナーになりたいと強烈に思ったのであった。

「さてさて!じゃあヤマケンさん、肉を食べに行きましょう!」


おおおおおおおおおおおおおおおおお
ようやく短角牛を食べることができる、、、

「しかもですね、これからいくのは、短角牛の卸として有名な山長ミートさんが直営している、その名も『短角亭』というお店なんですよ。おそらく全国でも、ここしか短角牛の焼き肉専門店はないでしょう。」

ま、マジですか!

「しかもですね、、、 普通は絶対に食べられない、短角の内臓肉を今回はとってもらってるんですよ!」


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

それは初めての経験だ!

通常、と畜・解体された後の内臓肉は自由に取引できない。今夜はそこをなんとか引いてくださったらしい。山長ミートさんに感謝!

そして夢のような宴が始まったのである、、、