誰もが郷愁に駆られる店 ソースをじゃぼじゃぼかけて楽しむ焼きそば 宇都宮市「やきそば石田屋」

2004年11月17日 from 出張

栃木県宇都宮市といえば、もう数回このblogでも出てきたとおり、餃子の都である。とにかく行けばいつも餃子を食べて大満足している。

「ま、でもたまには違うのを食べさせたいと思ってね。」

と、ノグっちゃんが言う。今日は宇都宮の市場業者であるノグっちゃんと話をした。

「あのね、俺とかがよく食べてる旨い焼きそば屋があるんだけど、そこに行こうよ。焼きそばしかない店なんだけどさ。」

ぴくっと僕の食い倒れ魂が揺れ動いた。

食い倒れの法則その1: 「専門店には入っとけ

「カレー屋」とか「餃子屋」とか、とにかく専門店というのはその料理一本で食っている。従ってそれが存在し続けているということは、ある程度以上の水準に達している証拠なのである。

しかも「焼きそば屋」などという業態は、あまりきいたことがない。もちろん、有名な富士宮焼きそばや、秋田の横手焼きそばのような事例はあるが、栃木県で焼きそば屋という業態があるというのはいかなることだろうか。

「いや、別に他にも焼きそば屋があるっつーわけじゃないんだけどね。とりあえず知ってるのはその店だけだよ。」

ズルッ とにかくこの石田屋という店だけは焼きそば屋という業態を成り立たせているのであろう。駅から車で5分程度の距離の路地に入ったところに、いきなりその店があった。

■やきそば石田屋
栃木県宇都宮市中央5-8-9
028-634-6945

車を駐車しようといったん店を通り過ぎると、店のガラス戸の中から手ぬぐいを巻いた品の良さそうなおばあちゃんが、微笑みを湛えながらジッと外をうかがっている。駐車してから引き戸を開けると、バイトらしい若い女の子2人と一緒に「いらっしゃいませ」と明るく迎えてくれた。

店内はいわゆる定食屋っぽい風情で、パイプ椅子に座るようなざっくばらんさだ。すでに昼時なため、どのテーブルにもお客さんがいて、相席で座ることになった。

メニューを観ると、野菜・ハム・肉・玉子という4種の具があり、その組み合わせがメニューになっているという状況であった。

嬉しいのは、並・中・大・特大という4段階制だ。特大ってどんなのだろう??
期待にワクワクしながら「ミックスの特大!」とおばちゃんに伝える。しかし、何か変だ。ミックスとは、4種の具を全部合わせた物で、メニュー最下段に「おすすめ品」と書かれているのだが、それよりも「肉・玉子・野菜」の方が50円高いのだ。ミックスが一番高いのが普通だと思うんだけどなぁ。謎。保存食のハムと生鮮の豚肉の価格差だろうか、、、うーん気になる。


厨房を見やると、おっちゃんがしきりに鉄板上をかき混ぜている。そのまなざしは鋭い。ちょっとゾクゾクっと来てしまった!


さきほどのおばあちゃん、店の中と外を行ったり来たりしている。店内のオペレーションはほとんど黄色いトレーナーを着たおねーちゃん達がやっているので、もっぱらおばあちゃんは来客出迎え担当なのだろうか。それにしても店の雰囲気を形作っているのがこのおばあちゃんであることは間違いがない。

「おまちどうさまぁ~ ソースをかけて召し上がってくださいね。」

と、やきそばが来たぁ!

綺麗に蒸し焼き仕上げされた目玉焼きが載った焼きそばである!

麺は太麺。それほどソースでギトついていない。のぐっちゃん曰く、「ここの焼きそばは蒸し焼きって感じなんだよなぁ」と言っていた。厨房のおっちゃんの手元が見えなかったのでなんともいえないが、、、

一口啜ってみる。意外とあっさりした味に驚く。そうか、持ってきたおねーちゃんも「ソースをかけて」と言っていたな。卓上にあるソース瓶からさらさらとしたソースをかける。ほとんど粘度のないウスター状のソースである。かけすぎると台無しになりそうだなと思いながら一口啜ってみると、確かにイケル!このソース、市販のモノではなく店のオリジナルソースである!

「このソースはね、麺をびちゃびちゃにするくらいにかけても旨い。」

とのぐっちゃんが言う。

彼の手前に映っているのがソース瓶である。そう、ここのソースは塩分濃度がかなり低い。その分、きっと保存期間は長くないのであろう。しかし一般の加工食品としてのソースではなく、毎日営業で使うわけだから、これは生鮮食品としてのソースなのである。塩分が低い分、野菜の溶け出した柔らかいアタリとスパイスの香りが楽しめる。いや、スパイスの香りって言う感じではないな。とてもはんなりとした優しいソースの味がする。

「なんかさ、子供の頃から食べてるって感じの味でしょ?」

本当にそうだ!しかしながら屋台の焼きそばとは確実に一線を画すものが存在している!例えばミックスには肉が多量に入ってくるが、フカフカした豚ロース肉には、何らかの下味が施されているようだ。表面のザラザラ感を観るとそれがわかる。

この柔らかい豚肉一つとっても、太めでモチモチした麺の食感を損なわない配慮だろうと想像できる。

目玉焼きを崩して黄身を麺に絡めると、黄身がノッテリと麺に絡んでいい感じ。そこにまた、ソースをかける。うー、このソース持って帰りてぇ!と思ったら、ソースは持ち帰り用があった。

よーし買ってくか、と思ったが辞めた。ソースがあったとしても、このもっちり感のある太麺がなければ意味がないだろうし、それに店で旨い焼きそばが食べられるのに家で再現してどうなるというのか。ということで買うの辞めた。 (本当は買っておけば佳かったと後悔しています。) 

しみじみ旨かった。特大盛りは有楽町ジャポネのジャンボくらいの量で僕には少し控えめの量で800円(ミックス)と高目だが、暖簾代だとしても納得できる。なにせ肉の量がハンパじゃないし、いいんじゃないだろうか。近所にあったら週に1回は通っていること間違いない。

「ありがとうねぇ」

とおばあちゃんが優しく微笑む。駐車場(2台分だけある)から出すのに店から出てきて見送ってくれる。

「いやぁ、美味しかったですよ!」

と言うと、ニコニコしながら話をしてくれる。

「うちはね、焼きそば一筋で50年経つのよ。」

おお!そんなに歴史の深い店なのか!ちょっとびっくり。焼きそばという単品勝負の業態で50年の重みは計り知れないぞ。

「おばあちゃん、お顔を撮らせてください」

とお願いすると、

「まあ、そんなに小さなカメラで写るの?」

と驚きながらニッコリ。

ちなみに僕はおばあちゃんという存在が大好きだ。今も父方のおばあちゃんが居るが、彼女のことを思うとしんみりしてしまう。この石田屋も、食べて出てきて、印象に残っているのはこのおばあちゃんと、焼き方のおっちゃんの二名である。この二人が店を形作っているのだ。

「ありがとうございました」

とおばあちゃんに見送られて車を出す。いい店に連れてきてもらった。

市場に行くと、台風直後のしばらく前と違い、葉物など品目によっては供給が回復し始めている。それでもキャベツなどの時間がかかる結球野菜はまだ手当ができないでいる状態だ。そういえば、あの店では焼きそばにキャベツは欠かせないはずだ。結球野菜の生育がよくなることを祈りつつ過ごす午後であった。