エシカルな食の行方を問うことについて、欧米が先行しているのは残念だ。日本こそそこに追いつかねばならないことを思い起こさせる本 ダン・バーバー 「食の未来のためのフィールドノート」

2016年3月24日 from 食べ物の本

書評:
ダン・バーバー
「食の未来のためのフィールドノート」 上・下 NTT出版

食の未来のためのフィールドノート・上: 「第三の皿」をめざして:土と大地
食の未来のためのフィールドノート・上: 「第三の皿」をめざして:土と大地 ダン・バーバー 小坂 恵理

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食の未来のためのフィールドノート・下:「第三の皿」をめざして:海と種子
食の未来のためのフィールドノート・下:「第三の皿」をめざして:海と種子 ダン・バーバー 小坂 恵理

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僕が「エシカル」(倫理)という言葉に出会ったのはたしか2008年の頃。愛媛大学の准教授をしている野崎という親友からきいた話が発端だ。

「やまけん、ヨーロッパやアメリカではエシカル・ソーシング(Ethical Sourcing)という考え方があってやな。倫理的な調達(仕入)をしないといけないということで、つまり相手企業や国の環境に課題な負荷をかけたり、低賃金に貶めたりしてはいけないという考え方が主流になりつつあるぞ」

この流れは西洋からどんどん日本の中にも入ってくるはずだけれども、現時点では日本はエシカルの度合いでいえば、非常に野蛮な未開国であるということを教わった。

例えば絶滅の危機に瀕しているクロマグロやウナギの乱獲は、日本では 「高くなって庶民は食べられなくなるかもしれない」 ということばかりが言われるが、諸外国から観れば「日本が種を絶滅させようとしている」と批判されている。残念なことにその状況はいまだに変わっていないのだが。

日本においては、環境問題は80年代からだんだんと社会的に浸透したといってよく、人権問題や労働者の権利問題については、ちょうどここのところ世論が喚起されるようになってきた。

しかし、国際的に公正な価格や条件で取引をしようというフェアトレードや、取引先企業の選択時に倫理を基準として選ぶと言うことはまだまだ浸透していないのが現状だ。先の例で言えば、世界的に水産資源管理をきちんとしようという意識が共有されているなかで、クロマグロやウナギを平気で食べ続けているし、それについての反省はほとんどされていない。水産庁から漁業規制をするという話しも出てこない。はっきりいって日本は遅れているのである。

ということで、世界でエシカルな食といったときに、どんなことが語られているのかという知識を本から得るというのはなかなか良い方法だと思う。そういうこともあって、この本に関する書評をお送りしたい。

本書の著者は世界的なグルメガイドブックであるミシュランの三つ星に輝く、アメリカ人のシェフである。「ブルーヒル」と冠したレストランを数店運営し、ニューヨークのベストシェフと呼ばれ、世界からも熱い注目を集める存在である。

そんな彼の名声は、ただ単に料理が美味しいということから来ているわけではない。重要なのは、彼が皿の上に乗る食材がどんな背景で生産され、味を産みだしているのかを突き詰めているということなのだ。

ブルーヒルはレストランがぽつんとあるだけではなく、その広大な敷地内に有機農業を営む畑があり、そこへ堆肥を供給する豚や鶏といった家畜もいる。

そういうと、「ああ地産地消みたいなコンセプト?」と思うかもしれないが、そうではない。世界中から佳い食材を探してくるわけだが、その「よい」の意味合いが実に深い考察を伴っている。例えばブルーヒルで出てくる魚はすべて天然かというとそうではなく、養殖魚がメインを張ることもある。しかしその「養殖」とは、通常イメージするような狭い生け簀にぎゅうぎゅう詰めに魚を入れ、病気にならないように投薬をし、、、といったものではない。広大な自然環境の中で粗放に育てる「養殖」が実現しているのだ。

実はこのエピソードはかのTED、各界の有力者が面白いプレゼンテーションをおこなうイベントでも当人の口から語られているのだけれども、本で読むほうが圧倒的に情報量が多く面白いので、ぜひ本を買ってみることをお薦めしたい。

本書のはじまりは、八列トウモロコシという、スイートコーンが主流になる遙か昔に食べられていた、デンプン質の濃いフリントコーンという種類のトウモロコシの種がブルーヒルに来たところから始まる。日本では北海道でのみ、それも数軒の農家さんだけで生産されている、いわゆる在来種とよばれる、昔から受け継がれてきた種だ。それをダンはポレンタにして食べるのだが、あまりの美味しさ、芳ばしさに驚き、種の探求の道に分け入ることになったというエピソードがある。この経験は僕にもあるので共感してしまった。全くの別ものなのだ。

いま、消費者が食品を購入する場といえば、スーパーかコンビニだ。そこでは規格化された野菜や果物などの農産物、そして肉や卵などの畜産物が並ぶ。それらを食べ続けてきたことで培われてきた「食材ってのはだいたいこんなものだ」という感覚があるとおもう。「まあトマトの美味しさってだいたいこんなかんじだよね」という、自分の味覚経験から導き出される感覚だ。しかい悲しいことだけれども、多くの消費者が持っているその感覚は、おそらく食材のポテンシャルよりズッと低いところにあると思う。

例えば、僕は野菜の栽培をしてきたから、ホウレンソウが本当に美味しくなるのは40センチメートル以上に大きく生い茂ってからであって、一般に流通している25cm程度のものでは味がのっていないということを識っている。大きく成長して味がのったホウレンソウを食べれば、きっと多くの人が「ええええっホウレンソウってこんなに味が合って甘くて美味しいの?」と驚くはずだ。けれどもそれを一生口にしない人はそんなことには気づかない。

ダン・バーバーはそうした「食材が持つ本当の美味しさ」を、さまざまなジャンルで追い求めてきた。でも、本当の意味で食べることが好きな人は、そうならざるを得ないのだ。それはよくわかる。


本書でテーマになっているのは、

トウモロコシ
小麦
フォアグラ
鶏肉

マグロ
養殖魚
種子

といったものだ。もちろんそれぞれのエピソードの中に、またいろんな食材や料理が出てくるので、退屈することはない。

また本書は、シェフが書いたということを考えると驚くほどの大作である。上・下巻で、それぞれ300ページを超えるボリュームなのだ。アメリカのドキュメンタリーものにありがちな、登場人物を細かく描写しすぎるきらいがこの本にもあって、それがちょっと煩わしく感じることもあるのだけれども、登場する人物全員が偏執狂的にたべものに真摯に向かい合っている感があって、心地よい。

なお、原題は「The Third Plate」つまり「第三の皿」。彼が目指す究極の食材とメニューを表している。本書の最終章では、ブルーヒルで2050年に提供するメニューが夢想されている。そこでは、筆者が理想と考える食材と料理のあり方が示されるのだ。

ガストロノミーと呼ばれる、ただ美味しいだけではなく技術的に高度で、高い思想性を要求される世界のトップクラスにいるダン・バーバーの思考を読み解くことで、世界に求められる料理というものがどんなものかということがわかるはずだ。

そして、、、
残念なことだが、日本の料理シーンが非常に遅れているということも、分かってしまうと思う。和食が世界文化遺産に登録されたといったところで、多くの日本人の食卓や飲食店の料理をみれば、それは一目瞭然だ。そうしたことを考えつつ読むと、いっそう面白い本である。

上・下巻とも購入すると5000円を超えてしまう高価な本ではあるが、本メルマガを読んでおられるみなさんには、価値がわかるはずだ。ご一読をお薦めしたい。

食の未来のためのフィールドノート・上: 「第三の皿」をめざして:土と大地
食の未来のためのフィールドノート・上: 「第三の皿」をめざして:土と大地 ダン・バーバー 小坂 恵理

エヌティティ出版 2015-09-18
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食の未来のためのフィールドノート・下:「第三の皿」をめざして:海と種子 アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅 人間は料理をする・上: 火と水 人間は料理をする・下: 空気と土 週刊東洋経済 2015年 12/12号[雑誌]
食の未来のためのフィールドノート・下:「第三の皿」をめざして:海と種子
食の未来のためのフィールドノート・下:「第三の皿」をめざして:海と種子 ダン・バーバー 小坂 恵理

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食の未来のためのフィールドノート・上: 「第三の皿」をめざして:土と大地 アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅 人間は料理をする・上: 火と水 これから始まる「新しい世界経済」の教科書: スティグリッツ教授の 日本の食文化史――旧石器時代から現代まで